丸編み生地製造の勉強-繊維の話編2(毛の回)-
生地を作っていく上で、繊維の特徴を知っているのと知らないのでは、ものすごく違いが出る。
ビールとホッピーくらい違う。
今回は毛=ウールについて書いてみる。毛織物といえば尾州。
和歌山産地な僕らは丸編み向けにその原料を使用して生地としてまともな商品を作ることができるようになったのはごく最近の話である。ここ10年くらい。
もちろん尾州にも丸編み背景はあるので、いわゆる尾州然としたシャキッとしたウールのカットソーは昔からある。なのでウール関係の製造を頼むなら、カットソーもやはり尾州の業者を当たるのが良い。餅は餅やである。
しかしその昔、未熟だった僕は、無謀にも高級ウール糸を和歌山の工場に入れる。そしてたくさんの失敗をすることになる。
最初にぶつかる問題は編機の速度で糸を切ってしまうということだ。
綿やポリエステルなどの扱いに慣れている和歌山産地は、その高速編機の生産性の高さから比較的工賃が安い。そして工賃が安い理由には編む前に糸の前処理を普段はしないという習慣も理由にある。
そこへ不慣れな高級原料を、生地の最終値段を下げるために安い工賃の工場へ投入する。するとどうなるか。
編めないのである。
正確には編みにくいだけなのだが。
細番手梳毛は繊細で、高速回転では糸を切ってしまう。そしてウールには多少引っかかりのある性質から、前処理でワックスを糸につけないとスムーズに編むことが難しいのである。
工程が多くり、手間がかかるなると、不慣れな現場はすぐ「編めやん」と言ってくる。
なんとか多工程を経て生機を作り上げると次は加工で事故る。
ウールの扱いに慣れてる染色工場に出せば良かったものの、無知な僕は関東の町工場に加工指示を出す。
今はもうなくなっちゃったけど、その染工場のおっちゃんから言わせれば「うちは染め屋だから!染められないもんなんかないから!」らしいので全幅の信頼を置いて加工依頼した。
仕上がりはツヤツヤとウール本来の光沢と柔らかさを遺憾無く発揮した素晴らしい生地が、、、!!
、、、出来上がらなかった。
なんか硬くて、もさもさしてて、バサバサで、ミシミシ音するし、引っ張ると伸びっぱなしで、艶もなくて、なんか痒い。
まぁ染まったには染まったけど。風合いがデッド。
これも繊維質を熟知していれば加工に当たっての注意事項をきちんと伝えることができたのに。
このような失敗をしないためにも、服を作る人たちは「繊維の特性」を知っておいた方が良い。
ということで前置きが長くなったが、今回は毛=ウール。特に梳毛と言う方法で作られている原糸について。
これを繊維利用しようとした人は天才。と言うか知能動物(ヒト)が違う動物(ヒツジ)を見て「それええやん」と思うのは必然だったのかも知れない。
ウールの特徴をさらっておくと
・冬あったかい
・夏は涼しい(これは使用方法による)
・部位によっては非常に柔らかい
・部位によっては硬い
・汚れにくい
・伸縮性がある
・吸湿性がある
・シワになっても蒸気で復元しやすい
そもそも動物性繊維は、その動物が生物的に成立している以上、快適でない訳が無い。
ウールに関して言えば、多少寒冷地に振っているところが多いが比較的四季がある地域で飼育されている。つまり、ヒツジは夏にその毛があっても苦にならないし、冬を乗り越えることができるのである。人が纏う繊維としては最強かも知れないのである。
しかし、生き物相手の畜産で原料を安定供給することが容易でなく、また精紡していく為に多くの工程を踏むことで高額になりがちな高級原料の扱いに慣れない丸編み工場ではその性質を「デメリット」として牽制することで、リスクを避けることに終始して、素材をアップデートすることを避けてきたことは否めない。
ところがヒツジがそうであるように、肌に一番近いところにその繊維をおくことで、ヒトが得られるメリットは非常に多い。スーツ地だけの特権ではないのだ。
みなさんがご存知がどうか、ニュージーランド発のこのようなブランドがある。
ニュージーランドメリノを使用したブランドだ。
彼らのプロダクトはウールの繊維ポテンシャルを生かした商品で、インナーから展開している。
盛夏向けにウール100% の半袖Tも展開している。
先ほどまで書いてきたように、これには適切な理論がある。
梳毛糸の繊維利用されているウールはヒツジの肌に程近い産毛のような部分がほとんだ。(ブリティッシュツイードのようにチクチクゴツゴツしたウールは外側の毛質が太い部分を紡毛と言う方法で紡ぐことで作られているものがほとんど)
この繊維はクリンプといって天然の縮れがあり、弾性がある。これが伸度となって原料自体に伸縮性をもたらしている。
糸を解いて引っ張ってもこれだけ伸び縮みがある。↓
雑で申し訳ないが、繊維のクリンプを図解するとこうだ。↓
故に糸にした時に空気を含んでかさ高性が出る。ふっくらしやすいと言うことだ。
(余談だが、天然繊維の大分類をするときに、糸番手の表記方法が綿、麻、毛とそれぞれ違うのはこのためではないかと個人的には思ってるくらい重要なことだ。)
空気を含むと言うことは、湿度や体温調整をする空気層を肌と外気の間に作ることができるので、エニーシーズン快適とこう言うわけだ。
で、逆に取り扱いデメリットでよく言われる「洗うと縮む」は、ウールの繊維表面にある「スケール」が悪さをしているのだ。
このスケールは鱗のようになっていて、毛先に向かって重なっていくので方向性がある。
この方向性を糸にするとき全て揃えることができたら、きっと世の中もっと平和だっただろうになと思う。
スケールの天地が入り混じることは避けられないにしても、この鱗が互い違いになると当然引っかかる。
そして、この鱗は水濡れとアルカリに弱い。水濡れに関してはこのスケールが開閉することで快適性をコントロールしているのだが、洗濯時にはその特性が仇となる。
水につけたり、アルカリ性にpHが振れるとこの鱗は開いてしまう。開くと当然引っかかりやすくなる。そして引っかかったまま戻らない状態が「フェルト化」だ。
ウールの衣類が縮むのはこのフェルト化である。
この性質を逆手にとって、ウール繊維を絡ませに絡ませて最後にボコボコになった生地をローラーで潰すことで圧縮ウールなどのメルトン生地が出来上がるのである。
このスケールをオフすることで(方法は樹脂で抑えるか、鱗を溶かすか)で防縮ウールと呼ばれるものが出来上がる。
ただ、このスケールが結構ウールとしては大事なので、性質を多少殺すことにはなってしまうのだが、殺さないでスケールオフする技術も最近はある。
簡単だが、このような特徴があるウール素材は、消費者マインドが「ウール=冬」というのが根付いてしまっているので春夏展開で使用されることが少ないが、夏に得られるメリットもたくさんあるので、そういうチャレンジで夏のコレクションにウールを使ってみると言うのもまた一興ではなかろうか。