北朝鮮のロシア派兵はプーチンと金正恩の自滅を促す「闇バイト」
「北の国、ロシア派兵の闇バイト」 ――
これは讀賣新聞10月29日付「よみうり時事川柳」欄で佳作に選ばれた作品。北朝鮮のロシア派兵を「闇バイト」とは、言い得て妙。「うまい、座布団1枚」と手を叩いた。
プーチンと金正恩が「指示役」または「胴元」として結託した北朝鮮兵士のロシア派兵は、確かに「闇バイト」とよく似ている。北朝鮮の兵士にとって、ロシアに行っても身の安全が保障されているわけでも、きちんと報酬が約束されているわけでもなく、戦場ではただ「捨て駒」として使い捨てされるだけかもしれない。
ロシアに送りこまれた北朝鮮の兵士たちは、ロシア東部の訓練基地に集結したあと、ウクライナ軍が越境攻撃しているロシア西部のクルスク州の最前線や、ウクライナ南東部のロシア軍が占領する交戦地域に次々に送りこまれ、韓国の国家情報院によるとその数は今のところ1万1000人だが、今後も増派が繰り返され、最終的には8万人とも、それ以上とも言われている。
しかし、このロシア派兵について、国際社会を揺るがす大きな問題になっているにも関わらず、北朝鮮国内ではいっさい秘密にされ、兵士の家族には何も知らされず、「長期訓練に行っている」などとウソの説明がされているという。そうした説明に納得しない家族は、おそらく口封じのため強制収容所送りとなるのだろう。「ホワイト案件」を謳った口車に乗って応募してみたものの、途中で投げ出せば家族に被害が及ぶと脅され、いわば家族が人質になっているのも「闇バイト」とそっくりである。
大義のないロシア派兵は家族にも秘密
ロシア派兵に「大義」があるなら、秘密にする必要はないはずだが、国際法に違反するプーチンの侵略戦争に加担し、北朝鮮の若い兵士の命を引き換えに、ロシアから兵士一人あたり3万ドル(450万円)の外貨を獲得し、ロシアの最新軍事技術の入手を企む金正恩にとって、国民に堂々と説明できる大義などあるはずがない。
ロシアに送りこまれた北朝鮮兵士は「暴風軍団」と呼ばれる精鋭の特殊作戦部隊だとされるが、ウクライナ側が公開した映像を見るかぎり、彼らは10台後半から20台前半の痩せこけた若者がほとんどで、厳しい訓練に耐え抜き強靱な肉体を誇る「精鋭部隊」には、とても見えない。
米国のランド研究所(RAND Corporation)の報告書によると、ウクライナ侵略戦争に投入された北朝鮮兵士の第1陣1200名の平均身長は160cm、体重は55キロで、健康状態は深刻な栄養不良だという。ロシア語はおろか英語も100%理解できず、学力は中学生(初級中学)レベルだとみられている。
そして北朝鮮軍の指揮通信システムはアナログの無線機による音声通話が未だに主体であり、セキュリティが徹底したデータ通信が何なのかも知らない。従って現代戦の中で使用される先端技術、たとえばAl人工知能、遠赤外線感知システム、顔認識、夜間暗視装置、ドローン無人兵器などに、北朝鮮兵士が精通しているとは考えられず、現代化された戦場で不可欠な技術、システムを、北朝鮮軍が完全に把握し、それに対する防護能力を備えているとも思えない。ランド研究所は、北朝鮮軍の現状は1970、80年代の水準の古い軍隊であり、湾岸戦争(1990~91)当時のイラク軍に比べてもはるかに劣っている軍事技術、兵員の戦闘能力だと見ている。
そして、その報告書では、先遣隊としてロシア西部クルスク州の前線に送りこまれた北朝鮮軍兵士がウクライナ軍の攻撃を受け、全滅したという情報も伝えている。「先鋒大隊」として送りこまれた部隊は、陣地に軍旗を掲げ、拡声器で軍歌を流し、兵士たちは整列して主体思想のスローガンを唱えたというが、この様子はウクライナ軍のドローンによる偵察ですべて把握されることになり、高機動ロケット砲ハイマースによる長距離飽和攻撃とクラスター爆弾による絨毯爆撃を受け、わずか15秒で部隊は全滅したとされる。
<万維読者網10/29 「朝鲜军队致命弱点 网传兰德公司报告」>
現代戦の何たるかを分かっていない北朝鮮兵士
主要メディアはどこも伝えていないので、真偽のほどは分からないが、これと類似した話は、Alex Chenというアカウント名で10月23日に投稿されたX(旧ツィッター)でも伝えられている。その投稿をもとに中文Web News「万維視頻(チャンネル)」の「万維直播間NEWS」は23日、「わずか12秒で朝鮮兵400人がクラスター爆弾で全滅(仅仅12秒 传400朝鲜兵遭集束炸弹团灭)」という情報を伝えている。それによると北朝鮮軍の第一陣「先鋒大隊」の400人は19日にクルクス州に到着していた。ウクライナの消息筋によると、北朝鮮の先鋒隊がロシア領土に足を踏み入れるやいなや、米国の衛星に捕捉され、その一挙手一投足がウクライナ軍によって掌握されていたという。そして、北朝鮮の先鋒隊がウクライナ軍の陣地に向けてスローガンを叫び、攻撃を宣言した時、ウクライナ軍が投下したクラスター爆弾の爆撃を受けたという。その瞬間は映像にも捉えられていて、北朝鮮兵士がスローガンを叫んでからわずか12秒でクラスター爆弾に被弾し、その場面はかなり悲惨だったと言われる。
この情報が真実だとすれば、北朝鮮軍の兵士は、金正恩の命令によってロシアに派遣され、何の大義も正当な理由もないまま、ウクライナとロシアによる戦争の最前線に送られ、金正恩とプーチンの盟約のために、ただ単に人身御供にされたということになる。
Xに投稿したAlex Chenによると、北朝鮮軍は現代戦、特に先端技術戦争に対する知識が不足していて、はるか上空にある衛星によって自分たちの行動が補足されているにも関わらず、何の援護も分散布陣の態勢もなく、現代戦の戦場における常識がまったく欠けていることをただ晒(さら)す結果になった、というわけだ。
ウクライナ国防省の発表によると、北朝鮮からは将官10人、将校500人を含む1万2000人がロシアに派遣され、ロシア東部の5か所で軍事訓練を受けたという。かれらはロシア軍の制服・装備などの支給を受けた他、ロシアのパスポートを受け取り、ロシア国内のアジア系少数民族を偽装している疑いも持たれている。
北朝鮮兵士らはそれぞれ30人の小隊に分かれて編成され、各小隊にはロシアの将校3人と通訳1名が張り付き、完全にロシア軍の指揮下に置かれている。つまり身分はロシアの「傭兵」に過ぎない。しかし北朝鮮兵士とロシア兵の間で、言葉が通じないというコミュニケーションギャップがあるため、互いに不満と不信感を抱き、共同戦線を張るという態勢にはほど遠いという見方もある。また北朝鮮兵士の戦線からの離脱や逃亡を監視・防止するため、専門の「処刑部隊」が派遣されているという情報もある。
傭兵には食糧も装備も供給できないロシア
そもそもウクライナ侵略戦争に際して、ロシアは深刻な物資不足に直面し、ロシア軍兵士の装備は小銃や弾薬はもちろん、ヘルメットや防寒着なども足りず、40-50年前の旧式の装備が支給された。また戦争初期には、食糧も足りず飢えに苦しむ兵士らが民家を略奪したり投降に至るケースが多かったが、地域や部隊によっては相変わらず補給が不足し、今も食糧や衣服など物資の不足が続いているという。とりわけ刑務所の受刑者を集めた部隊や外国人を雇った部隊の場合、ロシア軍の主力部隊よりも補給の優先順位が後回しになるため、今後、前線に投入される北朝鮮軍も同じような問題は避けられないとみられている。
すでに食糧不足を理由に戦線から脱走した北朝鮮兵士がいるという噂が流れる中で、ウクライナ軍は投降すれば3食、肉料理を食べさせ、暖かい宿舎を用意しているという宣伝動画を用意し、韓国もウクライナに心理戦の専門家や監視団を送り、北朝鮮兵士に投降を呼びかける態勢を敷いている。
ロシアに派遣された北朝鮮兵士を取り巻く環境は、北朝鮮国内にいる時よりはるかに情報量は多いはずで、簡単に情報戦、心理戦の餌食になると考えられる。つまり、閉鎖された北朝鮮で金正恩体制の限られた一方的な情報にしか接することができなかった兵士たちが、ロシアやウクライナの現状に接し、あるいは韓国や西側諸国の宣伝攻勢に晒されることで、北朝鮮国内の事情と比較して、何を思い、どう考えるか?端的に言って、それが北朝鮮兵士の戦線からの離脱や「脱北」に繋がることはないのか、が問われている。
ロシア派兵が金正恩体制の転覆に繋がることへの期待
つまり、北朝鮮によるロシア派兵は、すでにK-POPや韓流ドラマに憧れを抱くZ世代の若者を大量に国外に出すことによって、彼らが韓国や西側の情報に接する機会を増やし、金正恩支配体制の北朝鮮の現状に絶望して、そこから脱出したいと思う若者を増やすことに繋がるのではないか、というパラドクスを抱えている。
ロシアと北朝鮮がウクライナ侵攻をめぐって同盟関係を強化したことは、戦争の局面・フェーズを変え、この戦争が欧州の安全保障に関わるだけでなく、東アジア情勢、ひいてはインド太平洋の安全保障にも大きく影響することを示している。金正恩は、ロシア・中国・イラン・ベラルーシなど権威主義体制にある国とともに、これで完全に世界の民主主義国家を敵に回したことになる。
核を持ち、米国にも届くICBMを持つ金正恩独裁国家に対して、日本や韓国をはじめ欧米諸国はいかに向き合い、どう対処すべきか、一刻の猶予も許されない、真剣に問われる時代を迎えている。
それと同時に、北朝鮮のロシア派兵に対抗して、韓国はウクライナに対する殺傷武器の提供を解禁することを検討している。つまり、ロシアとウクライナが戦かう戦場で、韓国と北朝鮮が代理戦争を闘うという、いわば第2の朝鮮戦争といった局面も迎えている。そこで「闇バイト」としての北朝鮮兵士の役割が、どれだけの効果を発揮するのかが、問われることになるが、若くナイーブな自国兵士を国外に出したことによって、金正恩独裁体制の欺瞞がバレることになり、その結果、金正恩に叛旗を翻し、金王朝国家を転覆させることに繋がることを期待する。