名人との出会い、そして別れ 2024.11.13 13:53 少し前の話になりますが、とある仕立て職人さん(以下 Nさん)のご依頼を受けて、トラウザースとウエストコートを縫わせて頂きました。本来はNさんご自身が三揃一式を縫い上げる予定でしたが、ジャケットを縫い終えた時点で体調の問題により仕事が続けられなくなった為、私が残りを引き継いだ形です。これまでNさんと直接の面識はなかったのですが、私の師匠の紹介で今回初めて仕事をさせて頂きました。Nさんは「現代の名工」や「黄綬褒章」を受章されている大変素晴らしい職人さんです。私にとっては大先輩に当たりますが、ご自分の子供のような年齢の私に対してとても謙虚で穏やかに接して下さいました。体調が思わしくなく、きっと余裕もない中だったと想像しますが、技術者としてだけでなくその人柄に接することによりNさんへの敬意が一層深まりました。大先輩の仕事を引き継ぐに当たり多少の緊張感もありましたが、一生懸命仕事をさせて頂きました。そんな折、Nさんの息子さんから電話がありNさんが亡くなったことを知りました。体調が良くないことは知っていましたが、思いもよらない悲報に心が痛みました。納品の際にはお店に直接伺ってまた色々とお話を聞けるのを楽しみにしていましたが、私のスケジュールの都合により、生前にお届けできなかったことが悔やまれます。きっと色々と惜しみなく教えて下さったのだろうと思います。どの世界でも人材不足は大きな問題となっていますが、私たちテーラーにとっても同様です。そんな中また一人「名人」と呼ばれる素晴らしい職人さんを失ったことは残念でなりません。しかしそれと同時に、そんな名人の最後の作品に携われたことを誇りに思います。素晴らしい機会を頂けたことへの感謝と共に、ご遺族の皆様の悲しみが少しでも癒されるようお祈りしております。