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しのろ駅前医院

介護保険制度のルーツは北海道!? 制度スタートから25年 生みの親に聞く、想定と現実

2024.11.18 21:59

2024年11月18日 11:00(11月19日 1:02更新)


 介護保険制度は2000年のスタートから来春で25年を迎える。私たちの暮らしに浸透した制度はなぜつくられ、どのように変わってきたのか。介護保険制度の立案から施行、最初の改正まで関わり、「ミスター介護保険」と呼ばれる内閣官房参与の山崎史郎さん(70)に、四半世紀を経て見えてきた制度の「想定と現実」、そして山積する課題にどう対処したらいいのかを聞いた。


――制度創設には北海道が関係しているそうですね。

 1992年から厚生省部内での検討に携わり、94年までの2年間、北海道に出向し、制度の基礎となる研究プロジェクトを担当しました。省内の議論の中で、「机上の議論だけでなく、高齢者に届く仕組みを作らないと」という声が高まり、ちょうど出向のタイミングだったので、「北海道でやってみましょう」となったわけです。


ケアプランは北海道で誕生

 ――どのような研究を。

 「道医師会などの協力を得て、特別養護老人ホームなどの高齢者(2年間で延べ2千人)を対象に、一人一人のニーズや身体機能などを把握し、一部の人にケアプランを策定してケアを実践しました。サービス提供者が1人なのではなく、さまざまな職種の人がチームになって一つのプランをつくる。やってみると大変有効ということで、現在のケアプランやケアマネジャーの考え方に結びつきました。実は、ケアプランという名前は北海道で命名されたんですよ」

 ――目指したのは、家族で抱え込まず、社会全体で高齢者を支える「介護の社会化」ですね。

 「制度ができる前は、低所得者向けの『措置』しかありませんでした。家族で支えきれない高齢者は病院に長期入院するしかなく、それが『社会的入院』と呼ばれ社会問題になりました。家族も無理、病院でもケアできないというので、みんなが困っていた。そもそも家族介護を前提とするのは間違いであり、根本から考え方を変えないといけない。パラダイムシフト(価値観の転換)が必要だとして生まれたのが介護の社会化でした」

――制度をつくるに当たって最も重視したことは。

 「本人や家族が選べるだけの量とメニューのサービスを作ることです。創設にあたり、世界最高水準とされたスウェーデンやデンマークなどのサービスに比べても遜色のない水準を目指しました。今、海外で日本の介護のことを話すと、『そこまではできない』と言われます。今も、サービスは世界最高水準だと思っています。仕組みに加え、ケアという仕事に真摯(しんし)に向き合う日本の現場力も世界最高です」

 ――現役世代が減り人口減が進む中、制度は維持できますか。

 「介護保険は、高齢化率に連動して、高齢世代と若年世代の保険料負担の分担割合が自動的に変動する仕組みが組み込まれています。高齢化が進むと高齢世代の分担割合は上がりますが、現役世代の分担割合は下がる仕組みです。人口が減る地域では、医療・介護サービスは『最後の一線』。支える体制が不可欠です。医療・介護・福祉の人材がそこで働きたいと思えるような仕組みを作ることが重要な課題。北海道でもこの問題の先行事例を作るなど、それぞれの地域で進めていただきたい」

保険料の負担感軽減には賃上げを

 ――保険料は当初は約3千円でしたが、40年度には約9千円になる見込みです。想定していましたか。

 「当初の見込みから大きく外れているわけではありません。むしろ、当時想定していなかったことは、賃金や所得が増えない時代が20年以上続いたことです。設計時は、賃金水準も3%延びるという前提でした。賃金や所得が増えないことから、保険料の負担感が高まっていると考えます」

 ――財源はどう確保すればよいでしょうか。

 「社会保険ですから、給付されるサービスが保険料負担に反映されることが基本です。負担面では、金融資産を考慮し負担を求めるべきだといった公平論も理解できますが、いずれにせよ介護保険を維持していくためには、みんなで保険料で支え合うしかありません。そのためにも、経済が発展し、賃上げできる環境を作ることが大事です」

――介護現場の労働力不足はどう解消すればよいでしょうか。

 「人材不足は、少子化の問題もありますが、①介護のマイナスイメージを改め、仕事の価値をきちんと伝えること②元気な高齢者に担い手になってもらうこと-です。高齢者にとっては社会参加もできるし、同世代で気持ちがわかりあえる良さもあります」

 ――制度を振り返り、不十分だと思うところは。

 「認知症の権利保護問題に十分に取り組めなかった点です。介護保険と同じ時期に成年後見制度ができました。認知症などで一人で決めることが不安な方を守り、財産管理や介護サービスの利用契約などを支援する制度です。ただ、利用はあまり進んでいない。これだけ単身の高齢者が増える中、地域全体で認知症の人を見守るような仕組みを介護保険制度に盛り込めなかったことは反省点です」

 ――創設から四半世紀、「介護の社会化」は進みましたか。

 「『社会化』は、個人的な課題が社会全体で支えるものになること。結果として、国民の意識が変わることだと思います。今、介護保険を使うことは『当たり前だ』と誰もが思うようになっているでしょう。その時点で、社会化は進んでいると思います。制度では、従来の社会の介護観を転換できたのが最も大きかった。しっかりとビジョンを示して制度を創ると、国民の意識は変わるということを実感しました。今後は、支え手を広げることが大事ですね」



■介護制度25年の歩みは

 介護保険の制度創設により利用者が介護サービスを自由に選べられるようになった一方、介護に要する費用は年々増大し保険料は上がり続ける。国は制度の維持に腐心し、給付の削減と合理化を進めてきた。介護人材の圧倒的な不足という難題も抱えるなどさまざまなひずみが生じている。

 高齢者の増加は既に1970年代から予想されていた。当時、介護の担い手は同居する家族に集中し、高齢者の長期入院が増えて各地に専門の「老人病院」ができた。

 専門家の間で対応策が検討され、93年に厚生省(現厚生労働省)内にプロジェクトチームが発足した。議論の末、97年に介護保険法が成立した。

 財源は40歳以上が支払う介護保険料で半分、国や都道府県、市町村の公費半分の二本立て。サービスを利用するには、要支援か要介護の認定を受ける必要がある。要支援1、2と要介護1~5の計7段階で介護度が上がるほど使えるサービスが増え、上限額も上がる。40~64歳の人は、特定の病気が原因で要支援・要介護になれば利用できる。

認定者は3・7倍に

 要支援・要介護の認定者は2000年度に全国で256万人だったが、24年7月時点で2.8倍の718万人に増えた。介護保険の総費用は01年度の4.4兆円から23年度には11兆円を超えた。

 利用者の増加とともに、国はサービス事業者に支払う給付費を抑制する必要に迫られ、05年の法改正で介護予防重視のシステムが導入された。

 14年法改正で、希望者の多い特別養護老人ホームの入所基準が要介護1以上から原則3以上に厳格化された。「費用負担の公平」も叫ばれ、当初1割だった利用者負担は、15年には年金収入で280万円以上の人は2割に、18年には340万円以上の人には3割となった。

 民間業者も介護業界に参入するようになった。民間ならではきめ細かいサービスが進められ、利用者が望む介護を選べる時代になった。

 しかし、制度の見直しのたびにサービスが縮小され、負担が増えることを繰り返している。虚偽の申請や報酬の過大請求など不正は後を絶たず、事業者の撤退、倒産も起きている。

 事業者に支払われる介護報酬の改定で24年度、訪問介護の基本報酬が減額された。現場からは、改定の撤回を求める声が相次いだ。

介護職員の不足が深刻化

 厚生労働省によると、23年度の介護分野の有効求人倍率は3.85倍と、全職種平均を2.68ポイント上回った。特に訪問介護のヘルパーでは14.14倍と、人手不足が深刻化し、新規の利用依頼を断らざるを得ない事業者も出ている。

 同省の試算では、40年度に高齢者を支えるために必要な介護職員数は272万人となり、57万人が不足すると見通しだ。

 国も処遇改善を進めているが、22年の介護職の平均年収は392万円で、全産業に比べ104万円低い。賃金差が依然大きく、目立った効果はない。

 介護業界では、業務の省力化を促すため情報通信技術(ICT)や介護ロボットの導入などテクノロジーを駆使した技術開発が進む。

 介護保険制度に詳しい小樽商科大学の片桐由喜教授は「一部とは言え、収益を重視し、法の精神を逸脱するなど公益性の意識が低い民間業者の参入を招き、チェック体制も十分ではない」と指摘。「介護人材の不足も一向に解消していない。もっと働きやすく、サービスを今後も提供できる体制づくりの整備が必要ではないか」と話している。



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