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魂の詩人

2024.11.22 05:57

Facebook神尾 学さん投稿記事

こういう詩を書ける人だから、他の素晴らしい詩が書けたんですね・・・魂の詩人。


Facebook穴澤 秀隆さん投稿記事

自分を対象化すること。つまり、「私とは誰か」ということをかんがえることに、谷川俊太郎は、とびきり優れた人だった。この詩には、自分をつくづく不思議な存在として見つめる谷川の視線がひりついている。

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     詩人の墓

  ある所にひとりの若者がいた  詩を書いて暮らしていた

  誰かが結婚するとお祝いの詩を書き  誰かが死ぬと墓に刻む詩を書いた

  お礼に人々はいろいろなものをもってきた  卵を籠いっぱいもってくる者もいた

  シャツを縫ってくる者もいた  貧しいので部屋の掃除をするだけの者もいた

  男は何をもらっても喜んだ  金の指輪をくれたお婆さんにも

  自分で作った髪の人形をくれた女の子にも  わけへだてなくありがとうと言った

  男にもちゃんと名前があったが  誰も名を呼ばずに男を詩人と呼んだ

  初めのうちは恥ずかしそうにしていたが  いつか男はそれに慣れてしまった

  評判を聞いて遠くからも注文がきた  猫好きは猫の詩を

  食いしんぼうは食べ物の詩を  恋人たちは恋の詩を頼んできた

  男はどんな難しい注文も断らなかった  古ぼけてぐらぐらする机の前に座って

  しばらくぼんやり宙を見つめる  するといつのまにか詩が出来てるのだった

  男の詩はみんなに気にいられた  声をあげて泣かずにいられない詩

  お腹の皮がよじれるほど笑ってしまう詩  思わずじっと考えこんでしまうような詩

  人々は何やかやと男に問いかけた  「どうすればそんなふうに書けるんだい」

  「詩人になるにはどんな勉強すればいいの」

  「どこからそんな美しい言葉が出てくるのかね」

  だが男は何も答えなかった  答えたくても答えられなかった

  「ぼくにも分かりません」と言うしかなかった  あいつはいいやつだと人々は言った

  ある日ひとりの娘がたずねてきた  詩を読んで男に会ってみたくなったのだ

  男はひと目で娘が好きになって  すぐにすらすらと詩を書いて娘に捧げた

  それを読むと娘はなんとも言えない気持になった 悲しいんだか嬉しいんだか分からない

  夜空の星を手でかきむしりたい 生まれる前にもどってしまいたい

  こんなのは人間の気持じゃない 神様の気持でなきゃ悪魔の気持ちだと娘は思った

  男はそよかぜのように娘にキスした

  詩が好きなのか男が好きなのか娘には分からなかった

  その日から娘は男と暮らすようになった  娘が朝ご飯を作ると男は朝ご飯の詩を書いた

  野苺を摘んでくると野苺の詩を書いた 裸になるとその美しさを詩に書いた

  娘は男が詩人であることが誇らしかった 畑を耕すよりも機械を作るよりも

  宝石を売るよりも王様であるよりも 詩を書くことはすばらしいと娘は思った

  だがときおり娘は寂しかった  大事にしていた皿を割ったとき

  男はちっとも怒らずに優しく慰めてくれた  嬉しかったが物足りなかった

  娘が家に残してきた祖母の話をすると  男はぽろぽろ涙をこぼした

  でもあくる日にはもうそのことを忘れていた  なんだか変だと娘は思った

  けれど娘は幸せだった  いつまでも男といっしょにいたいと願った

  そう囁くと男は娘を抱きしめた  目は娘を見ずに宙を見つめていた

  男はいつもひとりで詩を書いた  友達はいなかった

  詩を書いていないとき  男はとても退屈そうだった

  男はひとつも花の名前を知らなかった それなのにいくつもいくつも花の詩を書いた

  お礼に花の種をたくさんもらった  娘は庭で花を育てた

  ある夕暮れ娘はわけもなく悲しくなって 男にすがっておんおん泣いた

  その場で男は涙をたたえる詩を書いた  娘はそれを破り捨てた

  男は悲しそうな顔をした  その顔を見ていっそう烈しく泣きながら娘は叫んだ

  「何か言って詩じゃないことを  なんでもいいから私に言って!」

  男は黙ってうつむいていた 「言うことは何もないのね

  あなたって人はからっぽなのよ   なにもかもあなたを通りすぎて行くだけ」

  「いまここだけにぼくは生きている」男は言った

  「昨日も明日もぼくにはないんだ この世は豊かすぎるから美しすぎるから

  何もないところをぼくは夢見る」 娘は男をこぶしでたたいた

  何度も何度も力いっぱい  すると男のからだが透き通ってきた

  心臓も脳も腸も空気のように見えなくなった  そのむこうに町が見えた

  かくれんぼする子どもたちが見えた  抱き合っている恋人たちが見えた

  鍋をかき回す母親が見えた   酔っぱらっている役人が見えた

  鋸で木を切っている大工が見えた  咳こんでいるじいさんが見えた

  倒れかかった墓が見えた  その墓のかたわらに

  気がつくとひとりぼっちで娘は立っていた  昔ながらの青空がひろがっていた

  墓には言葉はなにひとつ刻まれていなかった   谷川俊太郎


https://shins2m.hatenablog.com/entry/2024/11/19/150000 【「愛」と「魂」の詩人、旅立つ】より

一条真也です。

19日の朝、ヤフーニュースで詩人の谷川俊太郎氏の訃報に接しました。谷川氏は『二十億光年の孤独』などの詩集で知られ、作詞や脚本、翻訳でも活躍した戦後を代表する詩人でした。13日、老衰のために死去されたそうです。

https://www.youtube.com/watch?v=cvvaxrA2vLs

谷川氏は、東京都出身。哲学者で法政大総長も務めた谷川徹三の一人息子でした。昭和25年に高校を卒業しましたが大学へ進学する意志はなく、詩人の三好達治の推薦で文芸誌に詩が掲載され一躍注目されました。それらをまとめたデビュー詩集『二十億光年の孤独』をはじめ、みずみずしい感性とモダニズムが融合する詩的世界を構築。大岡信さんや茨木のり子さんら有望な若手が集う詩誌「櫂」の同人となり、散文詩から言語実験、日本語の音韻性に着目した斬新なひらがな詩まで幅広く手掛けました。

https://www.youtube.com/watch?v=Mh4Cn20ZbWY&t=4s

アニメ「鉄腕アトム」の歌詞も手掛け、昭和37年には「月火水木金土日の歌」で日本レコード大賞作詞賞を受賞。昭和50年には英の童謡集を邦訳した「マザー・グースのうた」で日本翻訳文化賞を受賞。私生活では、劇作家の岸田國士の長女・岸田衿子さん、女優の大久保知子さん、絵本作家の佐野洋子さん、と3度の結婚と離婚を経験しました。昭和51年、「定義」などで高見順賞を与えられましたが、これを辞退。昭和60年に「よしなしうた」で現代詩花椿賞。平成4年、詩集『女に』で丸山豊記念現代詩賞。平成5年、「世間知ラズ」で萩原朔太郎賞、平成22年、「トロムソコラージュ」で第1回鮎川信夫賞。令和元年に国際交流基金賞を受賞しています。

しかし、わたしが好きな谷川氏の詩はブログ『祝婚歌』で紹介した谷川氏の編著に掲載された以下の「序詩」です。

「序詩」  谷川俊太郎

あなたがいる  私のかたわらに  いま  私がいる  あなたのかたわらに  

花々にかこまれ  人々にかこまれ  星々にかこまれ  私はいる  あなたのかたわらに

いつまでも  あなたはいる  私のかたわらに

祝魂歌

もう1つ、谷川氏の詩で好きなものがあります。ブログ『祝魂歌』で紹介した谷川氏の編著に掲載された「しぬまえにおじいさんのいったこと」という題名の詩です。

「しぬまえにおじいさん  のいったこと」    谷川俊太郎

わたしは かじりかけのりんごをのこして しんでゆく  いいのこすことは なにもない

よいことは つづくだろうし わるいことは なくならぬだろうから

わたしには くちずさむうたがあったから  さびかかった かなづちもあったから

いうことなしだ  わたしの いちばんすきなひとに  つたえておくれ

わたしは むかしあなたをすきになって  いまも すきだと

あのよで つむことのできる  いちばんきれいな はなを あなたに ささげると

わが両親の結婚写真

『祝婚歌』に収められた「序詩」も、『祝魂歌』に収められた「しぬまえにおじいさんのいったこと」も、ともに「愛」の歌です。そして「魂」の歌です。わたしは、9月20日に亡くなった父と残された母のことを想いました。わたしは冠婚葬祭業者として、人間の魂を結ぶ「結魂」と人間の魂を送る「送魂」を心がけています。それらの言葉については明日発売の『心ゆたかな言葉』(オリーブの木)に詳しく書きましたが、まさに谷川俊太郎氏は「愛」と「魂」の詩人でした。最後に、故谷川俊太郎氏の御冥福を心よりお祈りいたします。合掌。