退職者からも高いクチコミ評価を受けている企業とは
「あなたはこの企業に就職・転職することを親しい友人や家族にどの程度すすめたいと思いますか?」について0~10点のスコア付けをされた指標について、在職中か退職済か、勤続年別などの個人属性別にどのような労働者で高くなっているかを確認する。なお、厳密にはNPS(※1) とは異なるものの、ここでは本指標を広義の「NPS」(ネットプロモータースコア)と呼ぶことにする。この得点は経済学で呼ぶところの勤務先に関する効用に近い概念と考えられる。勤務先の効用が高ければ転職はしないことから、退職者のほうが広義の「NPS」は低い傾向がみられる。
※1)本来のNPS®(ネットプロモーションスコア)は、本設問から推奨と定義される回答者の割合から批判と定義される回答者の割合を差し引いた%ポイントであらわされる。これに対し本分析では便宜上、得点そのものを分析に用いている。
図表1:在職先と退職済先の広義の「NPS」の差
※対象データ:OpenWorkに2007年8月~2024年8月に投稿された会社評価レポート
勤続年が3年未満であると広義の「NPS」が顕著に低く、20代退職者の広義の「NPS」が低い理由にも20代離職者ほど勤続年3年未満の者が多いことがあると思われる。一方で、勤続3年を超えると広義の「NPS」は急激に改善され、他との差がほぼ見られなくなる。勤続年3年未満での退職など、あまりにも勤続年が短い者については、職場に関する情報が少ないこともあり、広義の「NPS」が信頼できない可能性もある。そこで次には、3年以上は勤務した上で退職した「非新人の退職済者」に限定し、広義の「NPS」の影響要因を分析する。
図表2:退職済者の年代別と勤続年別、広義の「NPS」の差
※対象データ:OpenWorkに2016年10月~2024年8月に投稿された退職済者の会社評価レポート
広義の「NPS」を被説明変数に、給与、残業時間、有給消化率などの労働条件と各クチコミ評価スコアを説明変数に用いた最小二乗推定を行うと、働きがい研究所(2019)の相関分析結果(※2) とほぼ同様の傾向が確認でき、給与や労働環境の待遇が良いほど広義の「NPS」も良好になる。具体的には、給与や有給取得率が高いほど広義の「NPS」は高くなり残業時間が多いほど下がる傾向が確認できる。勤続年は比較参照グループの「勤続15~20年」、「勤続20年以上」に比べていずれも有意なプラスであり、「勤続5~10年」と「勤続10~15年」の係数が最も大きい。5~15年で退職した者がそれよりも短期でやめてしまったものや、15年超の勤務を経てやめてしまった者よりも得点が高くなっており、広義の「NPS」推移は勤続年に沿って逆U字で移行する様子が示されている。また、上場企業であるほど広義の「NPS」が0.11高い事も示されている。
以上の変数を統計的にコントロールし、各評価項目得点の分析結果を見ると、各評価項目の中でも特に「待遇面の満足度」の係数が高くなっている。先述のレポートにおいても各評価項目との正相関が既に報告されているが、「待遇面の満足度」が突出している点が新たな発見かと思われる。近年は賃上げが政策課題として扱われているが、賃上げによる待遇面の向上はクチコミ評価の向上にもつながると思われる。これと同時に「風通しの良さ」、「人材の長期育成」の係数も大きい。金銭報酬は重要だが有限でもある。金銭報酬だけでなくそれ以外の項目もNPSに効くという発見も注目に値する。
※2)「どんな人が自社を「いいね!」しているのか」、『次の時代の「働く」論、2019.10.17 14:00』
図表3-A:「非新人の退職済者」の広義の「NPS」の決定要因に関する回帰分析結果
※対象データ:OpenWorkに2018年5月~2024年8月に投稿された「非新人の退職済者」の会社評価レポート。「非新人の退職済者」とは勤続3年を超えながら退職した者を指す。
※OLSの係数は説明変数の値が1ポイント変化した際に、被説明変数がどの程度変化するかを示す。例えば、「待遇面の満足度」の1ポイント増加は、広義の「NPS」を0.635増加させる。
図表3-B:係数から算出される説明変数の変化に応じた、広義の「NPS」の変化量
上場企業や好待遇という広義の「NPS」が高得点でありながらそこを既に退職したということは、さらにより良い職場を見つけてステップアップ転職した可能性が高い。このような職場は、より良いキャリアにつながる人材輩出企業であるとも考えられ、日本の労働市場で重要な企業となる。そこで上場企業のうち、どのような企業でさらに広義の「NPS」が高いかを確認するため、日本取引所グループのサイトから得た「東証上場銘柄一覧(2024年9月末)」を接合することで業種や市場・商品区分別の特徴をみていく。
上場企業に勤務していた「非新人の退職済者」の広義の「NPS」平均値は、「プライム」や「TOPIX Core30」ほど高くなっており、国内主要企業ほど高くなることが分かる。業種別の上位には、インフラ産業や重厚長大製造業が目立つ。当然かもしれないがビジネス規模との相関が伺われる結果である。
図表4:市場・商品区分、規模区分別および業種別の「非新人の退職済者」に関する広義の「NPS」平均値
※対象データ:OpenWorkに2016年10月~2024年8月に投稿された「非新人の退職済者」の会社評価レポート。「非新人の退職済者」とは勤続3年を超えながら退職した者を指す。
そこで、上場企業の2023年度決算データより売上高の変数を接合し、売上高と「非新人の退職済者」の広義の「NPS」との関係性を回帰分析から確認する。加えて、売上高を統計的にコントロールした際の、広義の「NPS」と各クチコミ評価や産業区分との関係性も確認する。2023年度の売上高を分析に用いている関係から、データは2023年以降のクチコミデータに限定され、データ数は小さくなっている。分析結果を示した図表5を見ると、売上高100億円以下のデータに限定した場合には非有意ではあるが、売上規模を限定しなければ売上高(億円)が大きいほど広義の「NPS」も高くなっている(※3) 傾向が示されている。ちなみに図表には掲載していないが売上高200億円以下のデータに限定して再度分析を行ったところ、売上高の説明変数は5%水準で統計的に有意なプラスの結果となった。売上規模と広義の「NPS」の相関は明確にあると考えられる。
売上規模が統計的に同じであると仮定された場合の各クチコミ評価の広義の「NPS」への影響については、「待遇面の満足度」の1ポイントの上昇が広義の「NPS」を約0.7ポイント上昇させる結果となっている。次いで「風通しの良さ」、「人材の長期育成」、「法令順守意識」のプラス効果が大きい。退職した者からも高い評価を受けている企業ほど人材輩出企業であろうと考えていた通り、待遇も風通しもよく長期的な成長ができる企業ほど広義の「NPS」が高くなっていることが分かる。
産業ダミーの分析結果を見ると、理工系製造業やIT企業を多く含む情報・通信業で有意な正の結果となっている。売上規模100億円以下のデータに限定した場合には製造業がほぼ排除され、1119件のうちサービス業が408、情報・通信業が422件とほぼ2業種で占められるなかで、当該2業種が有意なプラスの結果となった。サービス業の中にはITサービスやコンサルティングが多く含まれ、理工系製造業やIT、コンサルティングなど科学技術やノウハウの進化スピードが速いと考えられるビジネスほど人材の成長余地も大きく広義の「NPS」が高くなっている可能性がある。全データを用いた1列目に比べて、売上規模100億、50億円以下のデータに限定した場合には、「20代成長環境」の重要性が大きく高まることが注目される(※4) 。
※3)係数の1.98E-0.6とは1.98×〖(0.1)〗^6という事であり、売上高が1000億円増えても広義の「NPS」は0.00198しか増えず、係数の値は小さい。しかしながらこれは、売上額が巨大な企業とそうでない企業とに大きな格差があることを示唆するものである。
※4)「化学、医薬品、石油・石炭製品」についても有意な正となり係数も大きいが、当該産業に該当するデータは13件のみであり、たまたま広義の「NPS」の高いケースが含まれたためと考えられる。
図表5:広義の「NPS」と勤め先の売上規模、業界との関係性に関する回帰分析結果
※対象データ:OpenWorkに2023年1月~2024年8月に投稿された「非新人の退職済者」の会社評価レポート。「非新人の退職済者」とは勤続3年を超えながら退職した者を指す。
冒頭で確認したように「あなたはこの企業に就職・転職することを親しい友人や家族にどの程度すすめたいと思いますか?」との質問に対しては、既に退職した会社よりも現在の勤務先について得点が高くなっていた。しかしながら、既に退職をした者からも高い得点を得ている企業が存在していることも事実である。既に別の企業に転職しながらも前職企業を他者に「すすめたい」と思っているということは、関係性が良好であっただけでなく仕事を通じた成長ができ、自身のキャリアアップに重要であったと感じているのだろう。このようなキャリアアップに資する企業とはどのような企業か?どのような企業ほど他者に「すすめたい」という広義の「NPS」得点高くなっているのか?クチコミデータの定量分析の結果から明らかになった点を以下にまとめる。
結論を先取りすると、金銭面の待遇が良い、職場の風通しが良い、長期的に成長できる、といった特徴が他者に「すすめたい」という広義の「NPS」得点を大きく高めていた。金銭面については当然のことのようであるが、給与や有給取得率が高い事、残業が短い事、「待遇面の満足度」が高い事、が広義の「NPS」得点を統計的有意に高めていた。金銭面以外では、複数のクチコミ評価項目のうち「風通しの良さ」、「人材の長期育成」が特に大きく広義の「NPS」得点を高めていた。やはり、風通しの良い職場で良好な関係性を保ちながら長期的に成長できることが、退職者からも「すすめたい」と言われる重要な要素であろうと思われる。さらに企業の産業に着目すると、理工系製造業やIT業界やコンサルティングなど、技術やノウハウの進化スピードの高い業界の企業ほど、広義の「NPS」得点が高くなっていた。技術やビジネス展開の進歩に直面することで成長につながっていることが考えられ、成長実感が広義の「NPS」を高めている可能性がある。
これら発見からは、転職当事者へのいくつかのヒントが得られる。まず求人企業にとっては、たとえ製造業やIT、コンサル業界でなくとも新しい技術やノウハウで職場に導入可能なものは積極的に取り入れるべきであろう。例えばAI活用やDX化などについて積極的な職場では、新技術を用いて業務能力が向上し、従業員の成長実感にも繋がると思われる。また近年注目されている、エンゲージメント対策は風通しを良くするであろうし、政策面から求められている金銭面の上昇も重要であろう。その他具体的にどのような取組をすれば底上げができるかについては今後の分析課題であるが、金銭面、風通し、長期的な成長のバランスに配慮することで働き手から「すすめたい」と思われ、採用力も高まっていくであろう。次に求職者に対してであるが、特にキャリアアップが重要な若手にとっては、これら3点のバランスに注意して転職先を見定めることが重要と思われる。ただし、金銭面に比べると他2点については入社してみないと分からない「不完全情報」の問題が大きい。様々な求人メディアの中でも、風通しの良さや長期的な成長についての情報量が多いものを使用することが重要になるだろう。
このレポートの著者:
公立大学法人 高崎経済大学 経済学部経済学科 教授 小林徹氏
株式会社JMR生活総合研究所、独立行政法人労働政策研究・研修機構などを経て2016年4月より高崎経済大学経済学部経済学科講師。24年4月より現職。専門は労働経済学、応用ミクロ計量経済学。