小説 No Exist Man 2 (影の存在) 第二章 深淵 25
小説 No Exist Man 2 (影の存在)
第二章 深淵 25
「どのように処理しましょうか」
「全て無かったことに」
「無かったこと・・・ですか」
今田陽子は、首相の阿川に訪ねた。
「中国人が中国人を殺した、それも新種のウイルスで殺したということになれば、当然に国内で二つのパニックが起きる。一つは、新種のウイルスに関する道の危機に対するパニックだ。でも相手がウイルスということになれば、当然に、何をしてよいかわからず、過剰な反応を出す人が出てくることになる。その様になれば、家から人が出なくなり、そのまま経済が停滞することになってしまう師、都市機能がマヒすることになる。政府としてはそれを避けなければならない。」
阿川は、あまり悩まないでこの結論を出したのか、基本的にさっぱりした表情を浮かべている。しかし、内心少し緊張しているのか、たったこれだけのことを話すのに、お茶を何回も口に運んだ。
「もう一つは、中国人排斥運動だ。もちろん刑事処分を受けさせるものは全て拘束して取り調べをしなければならないが、多分日本人の気質から考えて、中国人そのものが病原菌であるかのような差別につながってしまうのではないか。そのようになってしまえば、かえって中国政府が日本人が中国人差別していると大騒ぎするに決まっている。その様になれば、中国政府が自分たちを正当化することにつながるではないか。」
阿川は、自分で確認するように、何回かうなづきながら、お茶を口にした。
「それでは、全て隠密に」
今川孝信秘書官は、念を押すように言った。犯罪を隠すということは、ある意味で法をゆがめるということになる。
しかし、横にいる内調の北野は、にやりと笑っている。
「今川さん、阿川総理が知らなかったということにしないとならないのですよ。」
「そうですね。総理が知らないうちに処理されたということで」
「では、誰かに責任を持ってもらわないとなりません。」
今川は、言った。このような事件がもしも明るみに出た場合の政治的な責任者が必要なのである。ここにいる首相、秘書官、内調、参与では、結局首相が絡んでいたことになってしまう。それでは都合が悪いのだ。どこかほかの省庁がやったことにするしかない。
「橘君に聞いてみてくれ」
「防衛ですね」
「その場合は、全てが防衛機密であったということにするという事でしょうか。」
「今田君、よく考えてみたまえ。ハリフというウイグル人がいなくなったとして、誰がその違和感を感じる。そもそも中国大使館は、自分たちが殺したんだから、自分から殺人を自首するはずがない。ましてやその殺害方法がウイルスであるというようになれば、国際的におかしな話になる。ハリフのプライベートの周辺で急にいなくなった、帰ってこなかったというような話はあるが、しかし、外国人の場合は突然の国外追放などがあるから、違和感はない。日本人ではそのようにはいかないが、外国人ならば突然いなくなっても何も問題はない。ましてや何か犯罪に関与しているということになれば、逃亡などもありうるし、また、日本人社会の中では、外国人は基本的には皆同じに見えるので、違和感がなければ記憶に残りにくいものだ。その様に考えれば、通報してくるような人もいない。いたとしてもごくわずかだ」
今川秘書官は、その様に分析した。阿川も目の前でうなづいた。
確かに今川の言うとおりに、中国大使館がンアニカを言ってくることはないであろう。それどころから、中国大使館は人が殺されてるのにそのことを股く報じない日本の政府に何か違和感を感じるはずだ。
「要するにその内容を予想して、そのうえで防衛出動的に機密扱いにするという事でしょうか。通報はないにしても、中国大使館側は何か違和感を感じることになり、そのことから、当然に何か焦った行動をするでしょう。そこがこちらの付け入る場所になるという事でしょうか。」
今田は確認するように言った。今田からすれば、もう一つの課題である中国大使館という化、倉庫への立ち入り検査をいつにするかということが大きな問題になる。事件にすれば、当然にすぐに立ち入り検査をすることになろう。中国大使館が借りていたとしても、大使館や領事館そのものではない日本の倉庫である。当然に治外法権などは適用されない。しかし、同時に以前の九州の暴力団が入ってきた時のことを考えれば、かなりの武装をしていると考えられるので、大きな混乱が考えられる。混乱を覚悟で『死の双子』を葬るようにしなければならない。しかし、逆に混乱が深まれば『死の双子』をばらまく可能性があるので、それは避けなければならない。
逆に中国側があせれば、何かぼろを出す可能性がある。その向こうのミスを使うというのが、確かに常套手段であることは間違いがない。
「多分、向こうさんは、今場所がばれてしまった倉庫からプラントなどを移動するでしょう。その移動中に検挙するのが最も効率が良いでしょう。」
「でもそれでは、東京の真ん中で・・・」
「逆に、東京の真ん中だから向こうも慎重にそして、厳重に放送しているということになるのです。予期しないウイルスの拡散は、東京にいる中国同胞への被害につながります。その様に考えれば、死の双子は厳重に密閉されているでしょう。多少の衝撃にも耐えられることになるはずです。そこを狙いましょう」
「わかりました。」
今田は承諾した。結局は今田が全ての指揮をするということが暗黙の了解になっているのであろう。
「ところで総理」
「何だ」
今川秘書官は、阿川総理に向かっていった。
「橘防衛大臣を使うということは、最終的な覚悟はできているという事でしょうか」
「そうだね。向こうは本気で戦うつもりなんだから、こっちもそのつもりで。」
「では、死の双子検挙後は」
「中国への補償の請求と中国船の臨検を実施するしかないだろうね。当然に中国からくる飛行機もすべてね」
阿川総理は、普通のことであるかのように話をした。今度は緊張しているわけではないのか、お茶を飲むしぐさもない。
「橘大臣にはその旨も」
「ああ、今川君から言ってくれ。それに北野君は都内や大阪の中国人をすべて。あと、飯倉の奉天苑だっけ、あそこの調査も頼むよ。多分、あそこが羽田の倉庫から本丸に代わるから」
「はい」
ハリフの死体は、何事もなかったかのようにして、大宮の自衛隊科学学校に移送された。
案の定、どこからもハリフの死に対する問い合わせはなかったのである。