橙の互ひに触れてまろみたり 五島高資
facebook近藤裕子さん投稿記事🍀🍀好きな言葉をデザインする🍀🍀
「和而不同」【和して同ぜず】と訓読みします。出典は『論語』子路篇です。
【子曰、君子和而不同、小人同而不和】
子曰く、君子は和して同ぜず。小人は同じて和せず。
分別のある大人は、人と協調しても矢鱈と付和雷同することはしない。
ところが小人はすぐに群れたがり、協調することはしない。という意味のようです。
〈和而〉は 親しむ。他人と調子を合わせる事であり、〈不同〉は同じではない。同じにしない。となります。いかなる場合も自分を見失わないことの大切さを思います。
今日の言葉を説明するかのように 美しく咲くピンクのツツジの花の中に一輪赤い花が咲いていました。
http://d.hatena.ne.jp/shins2m+new/20170224/p1【君子は和して同ぜず 小人は同じて和せず(孔子)】より
40歳を前にして、『論語』を読んだとき、不思議な感覚を味わいました。
孔子の言葉の1つひとつが、すべて当時のわたしが抱えていた問題に触れており、しかもその解決策を明快に示しているような気がしたのです。
実例を1つあげれば、当時の私は悪友との飲酒の習慣に悩んでいました。悪友たちとつるんでいたら、仕事の時間が削られてしまうが、腐れ縁はなかなか断ち切りがたいものです。どうしようかと非常に悩みました。そんなとき、『論語』を開くと、「君子は和して同ぜず、小人は同じて和せず」と書いてあったのです。
「和」とは、自分の主体性を堅持しながら他と協調すること。
そして「同」とは、付和雷同のことです。したがって、この言葉の意味は「君子は協調性に富むが、無原則な妥協は排斥する。小人は逆である。やたらと妥協はするけれども、真の協調性には欠けている」となります。
わたしは結局、和と同を混同していたのです。
和が重視され、強調されるのは、それ自体は結構なことです。
でも、その前提として、1人ひとりの主体性がしっかりと確立されていなければなりません。それがあって、初めて本物の和が生まれてくるのです。そのことを悟ったわたしは、きっぱりと悪友との関係を断ち切りました。
わたしは、『論語』によって道を踏み外さずに済んだように思います。
わたしの考え方の基本にあるものは、やはり『論語』です。
https://trunkblg.ti-da.net/e2502240.html【君子は和して同ぜず。】 より
孔子は言った。善き人は、心を合わせるが、調子をあわせることはしない。心の狭い人は、調子は合わせるが、心を合わせることはしない。世の中には、様々な意見や価値感を持った方がいます。意見や価値感が異なるからといって相手に迎合する必要もないし、批判したりする必要もありません。たとえ意見や価値感が異っても人間同士、お互いを認め合ってお付き合いする事はできると思います。もしも進むべき方向が異なるのであれば、一緒にいる必要はありませんが、相手が別方向へ進む事も応援していきたいですね。
逆に相手を認めていないのに無理に迎合するというのは如何なものでしょう・・
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すべては相互作用・和して同せずです。
問題だと感じた時 自分の問題か、相手の問題か(相手への期待外れ)を整理することは大切です。相手に変わって欲しい問題の場合は、コミュニケーションしかありません。
相手を責めるのではなく、アイメッセージで感じていること、望んでいること、自分にできることなどを伝えましょう。
自分の問題の場合は感情への対処が必要か、事柄への対処が必要かを検討しましょう。
否定的な感情を描き変えたいときは怒りを鎮める方法が役に立ちます。
事柄への対処はマインドマップが役立ちます。
詳しくは http://www.asahi-net.or.jp/~nu3s-mnm/lifeskill_souzousei.html
https://ameblo.jp/lifeskills/entry-12307987743.html 【ライフスキルプログラム9&10】
facebookSammaditthi Asakuraさん投稿記事
すべての始まりは自分の心から。by仏陀
健全な人は、相手を変えようとせず自分が変わる。不健全な人は、相手を操作し変えようとする。アドラー
https://okatanku.com/kawarou/ 【【アドラー心理学の名言】相手を変えずに自分が変わろう】より
今回の名言はアドラー心理学から【健全な人は、相手を変えようとせず自分が変わる。
不健全な人は、相手を操作し、変えようとする。】になります。
(アルフレッド・アドラー 人生に革命が起きる100の言葉 引用)
名言から、気づきや言葉の意味を考えることで生きづらさの解消のヒントやワクワクする人生のために心にスッとはいる言葉をさがしていきます。
この名言は【相手を変えずに自分が変わろう】【今、自分のできることを考えよう】
【人を操作しようとして行動しないのはもったいない】ということです。
どういうことかというと、
相手を変えようとするには信頼関係を築いていき大変な労力がいります。
相手を怒りや威圧的な態度で変えようとするとその人だけの前で変わったフリをするので本当の意味で相手は変わりません。
そこで、相手を変えることに意識を向けるより、今、自分ができること、変われることに意識を向けて考えていきましょう。ということです。
私の経験と考え
今回の名言で私が感じたことは私が仕事で部下や同僚にしてほしいこと、相手の考え方を変えたり、教育することは
本当に労力がいることだと思いました。さらに相手を変えようとすると、相手に期待やハードルを設けてしまうせいでそれによって、できる、できない、でしか相手を見れなくなりました。その点、自分のできることだけを考えていると自分と向き合うことになるので、集中して自分の課題に取り組めました。
相手を変えるより、自分を変える方が、大変ラクでした。
例えば、相手に〇〇の作業をやってほしい場合は悪い例は「〇〇お願いします」と普通に見えますが作業を押し付けた感じになりそういったことで相手が嫌な感じを出してきた場合は
いい例といて「〇〇お願いできませんか?」と相手に聞くようなお願いの仕方があります。
(人によって受け取り方は変わります)相手に仕事を押し付ける感じでは反感を持たれるので
やんわりとした感じに仕事をお願いするように自分の伝え方を変えたほうが上手くいく場合があります。
さらに、不健全な人は野球の話題でも野球の嫌いな人は「野球なんて見るものでない、お前も見るな」といったり 野球の好きな人は「野球を見ないなんて人生の損、お前も見ろ」と言います。その人の価値観を押し付けて相手を変えようとする人もいます。
健全な人は自分が野球が好きでも嫌いでも相手に価値観を押し付けないです。
まとめ
【相手になにかあっても、自分が柔軟に変わろう】という名言でした。
相手に思いが伝わらないなら、相手が悪いと思わずに伝え方を変える。などがあります。
あなたは今回の名言を見てどう感じましたか?