忍たまについて語るよ
どうも観歩です。
さて本日も引き続き、忍たま乱太郎についての講義を始めていきましょうか。
みなさん前回の復習は済んでいますか?
そう、絶賛上映中の「忍たま乱太郎 最強の軍師」の予告は見てきましたね!
映画を観た人はいますか?
ちなみに私は5回観ました(12/27現在)
30秒verと1分verとありますが、どちらでも大丈夫です。
というわけで、忍たま乱太郎の世界観について語らせてください。
あ、映画の話はネタバレしませんのでご安心を。
ただ、アニメや原作漫画、過去の映画2本についてはちょいちょい挟みます。
前回は、忍たまへの思い入れについて語らせていただきました。今回は、忍たま乱太郎の「ギャグ」と「世界観」についてキャラクターの設定を交えて語ります。
子ども向けだけど、時代設定は室町〜戦国あたり。
その中で忍者になるために忍術学園で日夜修行に励む。
忍術学園はだいたい今の関西、兵庫〜大阪周辺の位置にあります。
主人公の乱太郎は、両親ともに(ヒラの)忍者。先祖代々忍者だったと乱太郎自身が話しているので、もちろん忍者を目指して忍術学園に入学したわけなんですね。
忍者だけの仕事では食べていけないから、農業もしている。半忍半農、と言っています。
でもこれはギャグではないんです。実際に(と言ってもなにが実際なのかはおいといて)、よくあることなんですね。
忍者の本分は「情報をもたらすこと」とアニメでも言及されています。忍びだと悟られないように、商人や町人に化けて情報を探る。だから乱太郎のおうちも「村人として溶け込みながら」忍者もやっているんですね。
代々何か別の家業をしているけど、裏では忍びの一面もある。それも立派な忍者の生き方なんです。
1年は組は11人いますが、おうちが忍者の家系なのは2人くらいしかいません。
そして、全員が忍者になるために入学したわけでもありません。
手習いとして、礼儀作法として、教養として入学させた家もあると思います。
前回もちょっと言いましたが、学年があがるにつれて難しく厳しく危険な学習内容となるため6年間在籍し続けられる生徒は非常にまれなんですね。
途中で退学して家業に専念する、そんな生徒も少なくないわけなんです。
例えば、しんべヱ。彼は堺で貿易商を営んでいる大商人のお坊ちゃん。忍者になるため、ではなく、将来的なコネクションを持つ意味でも入学に価値があると考えているのかもしれません。
全寮制の学校で集団生活を学ぶ、というのもメリットの一つですね。
はい、そしてきり丸。
彼は幼い頃に村を焼かれ、戦に巻き込まれて両親を失いました。そのためお金に非常に苦労しているから故のドケチ、と設定されています。
しかし、この時代は戦に巻き込まれることはよくある話で。
前回も話しましたが、1年は組の教科担任である土井先生。彼もまた、幼い頃に家族をなくしています。
ちょっと土井先生について、掘り下げていきましょう。
そもそも土井先生はどんな人物なのか。
まずそれには、もう1人の1年は組の先生も知っておかなくてはなりません。
1年は組実技担当の山田伝蔵。女装を得意(というか趣味?)としている。
山田先生は若い頃は超一流のプロの忍者でした。同じく超一流のくノ一だった奥さんと結婚してからは、現役を退き忍術学園の教師になります。
夫婦でプロの忍者だったため、引退したあとも命を狙われる可能性がある。だから山田先生はかなりの山奥に居を構えるんです。
そこで生まれた1人息子の利吉さん。
忍たまの二大イケメンは言わずもがな、土井先生と利吉さんです。
利吉さんは忍術学園の生徒ではありません。
ずっと山奥の家でお母さんに忍術を教わっていたんです。
たまの休みにしか帰ってこない山田先生も、帰省したときには利吉さんに忍術を教える。
利吉さんは周りに友人もなく、家族3人で暮らしていたんですね。
でもそんなとき。当時利吉さんは12〜3歳。
久々に家族3人でピクニックに来ていたときです。
突然、崖の上からお弁当に向かって人が落ちてきました。
見知らぬ忍者に追われている、手負の忍者。それが土井先生でした。
山田先生はそんな手負の忍者を庇い、追っ手の忍者を追い払います。奥さんは怪我の手当をするべくピクニックそっちのけ。
利吉さんはせっかくのピクニックを台無しにされてヘソをまげます。
ボロボロなのに、迷惑かけまいとその場を立ち去ろうとする土井先生をみて山田先生は悟るわけです。
どこかの忍者隊から逃げてきた、通称「抜け忍」だなと。
自分たちの忍者隊の秘密を漏らされては、と命を狙われている。きっとそうだろう。
そこで山田先生は優しく一言、声をかけます。
「何も言わんでいい」。
そして怪我が治るまで、山田先生の家に居候させてお世話をするんです。
怪我の手当を利吉さんに教え、土井先生の包帯を利吉さんが換えます。初めは、せっかくの家族団欒を台無しにした張本人をよく思わなかった利吉さんですが、暮らしていくなかで父とも母ともちがう存在の土井先生を兄として慕うようになるんです。
名前もしらないから、「お兄ちゃん」と呼び慕う。
そしてそんな利吉さんに、忍術を教える土井先生。
2人のやり取りをみて、山田先生の奥さんは山田先生にいいます。
「あの人は教師に向いてるとおもう」と。
それで山田先生は、怪我が治った土井先生を忍術学園に連れて行き、教職に就かせたわけなんです。
当時、土井先生はまだ19〜20歳でした。
そのため学園長は1年生の担当に就かせて、教壇に立たせます。
そこでも土井先生は、自分の名前を名乗ることは出来ませんでした。抜け忍だから、名前を言えば学園に危険をもたらしてしまうかもしれない。
学園の先生たちも忍者です。だからこそ何か事情があるらしい土井先生に何も聞かず、職員のなかで一番歳下だったこともあり「若い人」と呼ぶようになります。
プロの忍者として殺伐と生きてきた土井先生は、初めはうまく生徒と接することが出来ませんでした。
当時1年生だったのは、今の6年生のメンバーです。
山田先生はいろんなこと、それこそ忍術学園で生きていくために土井先生に日常生活のことも教えます。
今では土井先生がは組の良い子たちに「教えたはずだ!」と胃をキリキリさせていますが、5年前は土井先生が山田先生に「教えたはずだ!」と言われていたんですね。
そして名前がなく「若い人」「若い先生」と呼ばれる土井先生をみて、山田先生は「お前はまだまだ半人前だ。だから半人前の半助だな」と名づけるんです。
(なぜ『土井』なのかは謎)
そう、土井半助とは偽名なんです。
そして土井先生の過去、抜け忍以前のことは誰も知りません。
このね、「土井半助は偽名で、山田先生が名付けた」という事実はね
なんと驚き、つい先週のアニメで初めて明らかになったんです。30年以上続く歴史の上で、です。
忍たま乱太郎は元々は「落第忍者 乱太郎」という漫画でしたが、この漫画は65巻で完結。
でも原作者の尼子先生は、たまにアニメのプロットを担当して「原作者として」アニメで新たな真実を出してくれるんですね。
通称プロット回と呼ばれる回で、土井先生の名前について明らかになったんですね。
そして、一応土井先生の設定としては。
土井先生は元々はとある豪族に生まれました。
幼い頃に焼き討ちにあい、一家離散。父親は死ぬ間際に「復讐なんて考えるな。お前はお前を生きろ」と土井先生に遺しました。
その後は寺に預けられ、忍術を身につけて忍者となります。
そして抜け忍となって、「土井半助」になるわけです。
以前きり丸に聞かれたことがあります。
「先生はどうして、俺みたいな者を家に住まわせるのか」と。
そこで土井先生は一言。
「自分も同じような育ち方をしてるから、かな」
土井先生が自分から自分の過去に言及したのはその一言のみです。
一族を滅ぼされるくらいの豪族の出自ですから、かなりの力を持っていたはずです。
本名を名乗れないということは、名が知れているということ。生き残りだとわかると、また命を狙われる可能性が高い。例え幼名だったとしても、です。
となると、お寺に預けられたときはまた別の名前を与えられたはず。
忍者として生きたということは、そこでも別の名前を名乗った可能性もある。
そして名付けた山田先生は、生徒の前では「土井先生」と呼び、プライベートでは「半助」と呼ぶ。
そして土井先生はかなりの知識を持っている。
1年生とは言え、「教科担当」。兵法や戦法にも長けている。
学園では火薬委員会の顧問でもあり、火薬や火器にも詳しい。
豪族のお坊ちゃんだったから、幼い頃から手習いや手合わせは教養として身につけさせられていたのは想像に難くない。
お寺に預けられていたときも、膨大な書物を読んでいたのだろう。読み書きの基礎はあったのだから。
忍びの道を選んだ時も、貪るように知識を得たのだろう。
やばくないか??
土井先生ってそんなことがあったの???
これを知った上でアニメを観ると、見方がガラッと変わりませんか??
考えてみると、確かにアニメで忍術や武器の説明は土井先生がしていることが多いように思える。
私たちが見ているのは、本当に氷山の一角でしかないんですね。
でもこれが、忍たまの世界の「日常」なんですよね...
かなり長くなってしまいましたね...
でも、忍たまの時代や特に土井先生に関してはある程度の理解は深まったことでしょう。
時間も時間ですし、本日の講義はここまでにしましょう。
宿題として、忍たまのアニメをぜひ観てみてくださいね。
映画を観た人は例外なく単位をあげましょう。
ご清聴ありがとうございました!!