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誕生日の考え方

2025.01.13 21:54

日本では基本 誕生日の人を祝うスタイルが一般的だけど

自分は十代の頃から その考え方に異議を感じていて

自分の誕生日を祝うべき相手は 産みの母であるべきだ!と

ずっと言ってた。 自分が世に存在する功労者をねぎらうのが筋というもので

その母がいない人の誕生日は 感謝する気持ちがあるなら母を思いつつ

他に介入させず ひとり静かに過ごすべきなんだ。と


30代のとき その考えに近しい有名人がいる事をしった

永六輔である。


そんな考えで初めてネパールで知人の誕生会に誘われていくと

その誕生日の人が まずケーキを切り分けて 父母に食べさせてお礼を言う

というスタイルで、 なんてネパール人は本質を大事にしてるんだ!!::と

誕生会というもので はじめて眉をしかめないで 和やかに過ごせた。


そこから十数年そんな思いで 一般的日本の誕生日の祝い方に嫌悪し続けたのだけど

昔ならもう初老の領域に足を踏み込んで、同級生や近い年齢の友人知人が病気になったり

亡くなったりしていく中で、自分的にも誕生日の意味あいが変わって来た


元気に存在できてる今を祝う。。。まだ生きていてくれる事に順繰りに皆を祝いあうという

考え方。 これなら同意できる。と 近年思えるようになったのだけども

自分のそんな日にカフェ営業があると、いつもとてつもなく忙しくなりすぎて

その1日の労働で数か月の寿命は燃え尽きてる感もあり

疑問だ。 

本当に チャイだけしか出さない日にして しみじみゆったり営業するくらいじゃないと

この日の意義をもって完遂できる気がしないのだが

今年は2デイズで自分の誕生日を祝おうという人達をもてなす事に。。

しかもスペシャルメニューで 地獄の作業量だ。。。