ピクサー流 創造するちから 小さな可能性から、大きな価値を生み出す方法
マーク・ザッカーバーグ氏がFACEBOOK上で開設した、ブッククラブ 「ア・イヤー・オブ・ブックス」の推薦図書の一冊です。本書は、著者エド・キャットムル氏の子供時代のアニメーションとの出会いから、ユタ大学入学後のコンピューター・アニメーションの開発を経て、ピクサー社創設、最初のピクサー長編アニメ「トイ・ストーリー」の成功から「カールじいさんの空飛ぶ家」までの 自らのPCアニメーション創造における「仕事の流儀」を語っています。
特に感心したのは、ピクサー設立後、制作チームが大ヒット作品を積み重ねていく過程で、さまざまな創作上の問題(企画、予算、アイデア、期間、スタッフ関係、意見交換。。)に直面するのですが、そのたびに原因を分析し、解決していくキャットムル氏の考察力の高さです。キャットムル氏の才能は「ゼロから芸術を創りだす創作者としての情熱と、理数系(PC系)の論理的判断力が見事にブレンドしているところ」ではないか、と思います。
キャットムル氏は、ピクサー創業当時から、PCアニメーション製作において常に心に留めていることがあります。それは、W・エドワーズ・デミング博士が日本で提唱した生産方式「TQC」(Total Quality Control:全社的品質管理」です。キャットムル氏が、この TQC を何より重要だと考えたのは、「ラインの作業員誰もが、製品の組み立てに際し、問題を見つけたらラインが止めることが認められ、その結果、ラインの作業員も誇りを感じることができる」ようになるからです。「私はデミングの功績に大いに影響を受け、その後のピクサーの経営を考える参考にした。トヨタ自動車は紛れもない階層組織だが、その中心には『責任を持つことに許可はいらない』という民主的な信条があった。」(アメリカでは、例えば、1910年頃の「T型フォード製造」において生産性を追求し続けた結果、完全な分業化が敷かれ、その製造ラインの作業員が製品改良、ライン改良に意見することなどありえなかったのです。品質管理は別の部署が担当し、組立ラインの作業員に求められたのは何よりもラインを止めず、与えられた作業をこなしていくことでした。)そして、キャットムル氏は、「TQC」の考え方をPCアニメーション製作という創造プロセスの場で活かしていくことになります。
また、キャットムル氏は、創造プロセスにおけるスタッフの「率直さと正直さ」を何よりも重要視しています。「社員がアイデアや意見を気兼ねなく交換できるのが、健全な創造的文化の証だ。率直さの欠如は、放っておくとゆくゆくは機能不全の環境を生んでしまう。」と主張します。そして、ピクサーでは、スタッフが忌憚ない意見交換できる場を設けています。それが、「ブレイントラスト」という会議です。「ブレイントラストとは、卓越した作品づくりに向けて、妥協を一切排除するための仕組みだ。スタッフがおよそ数か月ごとに集まり、制作中の作品を評価する。その仕組みはいたってシンプルだ。賢く熱意溢れるスタッフを一同に集め問題の発見と解決という課題を与え、率直に話し合うよう促すのだ。ピクサー映画の最初はつまらない。それを面白くしていくのが、ブレイントラストだ。創造にも始まりがある。忌憚ないフィードバックと励ましを受け、何度もつくり直すプロセスは本当に効果的で信用できる。何度も何度も修正を加えてようやく欠陥だらけだった物語に背骨となるテーマが生まれ、空っぽだったキャラクターに魂が宿るのだ。」
キャットムル氏はまた、組織における社員の「恐怖と失敗」についても考察しています。「恐れから失敗を避けようとする組織文化では、社員は意識的にも無意識的にもリスクを避ける。そして代わりに過去にやって合格点だった安全なことを繰り返し行おうとする。そして、その「繰り返し」からでたアイデアは派生的であり、革新的ではない(ので、組織も徐々に衰退していく)。」 では、どうしたら失敗を社員が恐れずに立ち向かえるものにできるのでしょうか? 「リーダーが自らの失敗や失敗に果たした役割について話すことができれば、社員は安心する。失敗から逃げたり、見て見ぬふりをしない。だから私はピクサーの中で起こっている危機的状況についてオープンにするようにしている。そうした経験は、大事なことを教えてくれると思うからだ。問題についてオープンにすることが、そこから学ぶことの第一歩になる。(省略)失敗はあまりたくさんしたくないが、失敗のコストは将来への投資と考えるべきなのだ。」と語っています。
ピクサー社が短期間で成長し得たのはもちろん、キャットムル氏やジョン・ラセター氏(ピクサー共同創設者)のような有能なスタッフに負うところが大きいと思いますが、私的に思うのは、夢と情熱をもった有能な人材というのは常に新しい産業(この場合はPCアニメーション分野)を開拓し、その開拓者の成功にあとには、同じ志を持った、向上心のあるスタッフが集まるということです。本書の中でも語られていますが、キャットムル氏は子供時代からディズニー・アニメが好きで、PCアニメーションを志してからも、(やはりディズニー映画を志向し)ディズニー・アニメーションとの交流プログラムを実現させようとディズニー・スタジオを訪れるのですが、そこで、(当時のディズニー・スタジオの因習体質も含め)コンピュータとアニメーションは「水と油」であったことを思い知らされます。そして、キャットムル氏は、「技術面でさまざまな冒険に挑んだウォルト・ディズニーがいなくなって久しかった。熱弁をふるった私に返されたのは白々とした視線だった。」と嘆くのです。(当時、コンピュータの技術がアニメーションに応用できるほどの技術にまで達していなかった事実もあったのですが、)しかし、後年の2006年、ディズニーはピクサーを買収し、キャットムル氏はウォルト・ディズニー・アニメーション・スタジオの社長を任されます。そして、当時、革新的な精神を忘れ因習体質に陥っていたディズニー・スタジオをピクサーで培った「仕事の流儀」で見事、復活させるのです。
キャットムル氏はとても人間洞察に優れ、共同作業におけるスタッフのモーチベ―ションを引き出し、持続させるのが上手です。おそらく、人でも物でも的確にその特徴を捉える(観察する)のに秀でた才能を持っているのだと推測します。本書のどこかに書いてありましたが、最近は美術におけるスケッチ、デッサンの授業に(州は)お金を出さなくなっている、と嘆いていましたが、もしかすると(彼の)対象物(人でもモノでも)の特徴や性格を的確にとらえる力は、その「デッサン修業」が活きているのかもしれません。(結局のところ、ピクサーを成功させ、ディズニースタジオを復活させたキャットムル氏は「魔法使い」ではなかったのです。)
最後に、キャットムル氏はピクサー元CEOスティーブ・ジョブス氏について彼の経営を弁護しています。ジョブス氏はアニメーションの創作という自分の知らない分野では常に謙虚であった。そして、次に自分が生まれ変わるなら映画監督をしたい、と語っていたそうです。推測ですが、ジョブス氏は、1985年にアップルを追われた当初、このピクサーで本業の巻き返しを図ろうとしたのかもしれませんが、アップルへカムバック(1996年)できたあとは、本業のアップルを離れたピクサーが精神的な心の癒しになっていたのかもしれません。