王家の谷から駐車場へ戻ると、バスでもなく、車でもなく、一台の馬車が待っていた。馬の手綱を握るのは男と、その傍らに立つ幼き息子。
「楽しめたか?」
運転手は、馬の腹部を撫でながら言った。
ぼくは言葉少なに頷く。
感動を英語で伝えようとするも、適切な表現が見つからない。しかし、Sさんは饒舌だった。細部にまで言及し、異国の情景を言葉に変えてゆく。
「それは良かった。馬も少し休めたようだ。」
馬は巨体を揺らし、鼻を鳴らして応えた。
次なる目的地は「ハトシェプスト女王葬祭殿」。
王家の谷の絶壁を隔て、その真裏に位置する遺跡である。ぼくらの乗る馬車は、来た道を半円を描くように戻る。
一箇所目の観光を終えた今、ようやくぼくらは馬車の親子に対し、信頼というものを抱きはじめていた。とはいえ、海外の地では警戒心を緩めるべきではない。旅人はつねに詐欺と隣り合わせにある。
過去の経験上、最初の交渉と異なる金額を持ちかけられるのは、決まって旅の終わりの頃なのだ。
馬車はやがて葬祭殿の駐車場へと辿り着く。
入場券を買い、ゲートを通過すると目の前にはアスファルトの斜面が幾百メートルも続き、その先に神殿が鎮座しているのが見える。
風を切る電動カートに乗り、遺跡へと向かう。
足元の砂が、次第に神話の頁へと変わる心地がした。徐々に迫る石造りの巨構は、ゲームの中の一場面のようにも思えた。
ハトシェプスト——
エジプト史上、初の女王。男装し、権威を誇示したと伝えられる。彼女の神殿は幾度も破壊され、そして再び修復された。
神殿の回廊には、無数の石像が沈黙して並ぶ。その視線は、訪れた異国の旅人を遥か昔の時代へと誘うかのようだった。
回廊を抜け、最深部へと進む。振り返ると、ナイル川の流れが遥か彼方に見えた。その向こうにはルクソールの街。あの彼方から来たのかと思うと、なんとも不思議な気分になった。
時刻はすでに午後2時を過ぎていた。
Sさんとぼくは朝から何も口にしていなかったが、不思議と空腹を感じることもなかった。ただ、少し休もうと、露店でアイスを買い、日陰に腰を下ろす。
つい先ほどまで冒険者の気分でいたのが、一転して気の抜けた昼下がりの安らぎへと変わる。旅とは、かくも不思議なものだ。
次なる目的地は「王妃の谷」。
道すがら、ガイドブックに載らぬ名もなき遺跡が、静かに時を刻んでいた。それらを横目に、馬車はゆるやかに進んでいく。
王妃の谷に到着すると、驚くほどに人の気配がなかった。
目玉となる「ネフェルタリの墓」は、壁画の保存状態が良好なゆえか、入場には別料金が課される。その額、2000エジプトポンド。しかも見学時間は10分間に限定されている。
日本円にして9000円もの入場料を支払う気にはなれなかった。
静まり返る荒野の中、ぼくらはただ、無人の墓を巡る。疲労もあり、どこを歩いたのか、どの墓に入ったのか、それさえも定かでなくなっていた。
王妃の谷の帰路、立ち寄ったのは「メムノンの巨像」。
道路沿いに佇む二体の石像は、入場料も不要のためか、妙に気楽な雰囲気を漂わせていた。かつてこの背後には神殿があったという。しかし時代の流れとともに解体され、別の建造物へと生まれ変わったのだとか。
今日の旅の終わりが近づいてくる。
ナイル川を渡る公共フェリーに乗るべく、馬車は船着き場へと向かった。
夕暮れの中、運転手がぽつりと呟く。
「今日はずいぶん走った。馬のエサ代を少しもらえないか?」
強い訛りのある英語は、ぼくには聞き取れなかったが、Sさんは即座に理解した。
「それは今日の支払いに含まれているはず。余計には払わないよ。」
Sさんが少し強く言うと運転手はそれ以降、何も言わなくなった。
海外での金のやり取りのトラブルはガイドブックやネットなど、様々な媒体でも見聞きしたことがある。
強く言い出せないのは日本人の気弱な民族性か。
ぼくらは約束通りの料金を支払う。Sさんは別れ際に子供へと1ドル紙幣を手渡した。
「お菓子代。」
子供はきょとんとしていたが、その手に握られた1ドルは、確かにその指の中にあった。
その1ドルさえ、父親に取られてしまうのだろうけど、Sさんは言う。
「子供に弱いんだよね」
それは日本人気質なのか、人間のあるべく姿なのか。
馬車を後にし、フェリーへと向かう。
大型ではあるが、大丈夫なのか心配になるほどのボロ船。
1人、わずか30円程度。
船の2階に上がり、ナイル川の風に吹かれながら、ゆるやかに流れる水面を眺める。
時刻は夕刻。
旅をしていると、一日が永遠のように感じられる。
どうして日常はあっという間に過ぎ去るのに、旅の時間はこうも濃密なのだろう。
ぼくはナイルの夕焼けを見つめながら、そんなことを考えていた。