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everyday wacamera

文字だけの世界だからこそあえて言いたい事

2016.02.24 12:41


今日、哲学の木がなくなってしまったと北海道の知人から聞きました。


この画像には哲学の木が写っています。

北海道美瑛にあるこの木は2015年から撮影禁止になり、それ以前から敷地内は立ち入り禁止でした。


私がinstagramにあげた哲学の木の画像を見て、

立ち入り禁止なのに入ってる!撮影禁止なのに撮ってる!あなたのせいで哲学の木はなくなったんだ!

という人がいました。


確かに画像ではいつ撮影したのか、敷地内に入っているのどうか、わからないと思います。


以前からinstagramの中でもその他でも、廃墟などの立ち入り禁止区域に入って撮りそれを堂々と載せている人がいるのは知っています。

物議を醸し出した一連の流れも見てきました。


私も自分のイメージに近づけたい、美しいところで撮影したい、という気持ちがない訳ではありません。むしろそれは強くあります。


ある時、仲間に言われた事がありました。

「マナーやモラルを犯してまで撮影したいのか?」

私の答えはNo。


だからこの場所でも立ち入り禁止のロープの外で撮影しました。

(幸いにもロープがたわんでいて雪の中に埋まっていたので見えなくなっていましたし、この時は撮影禁止ではありませんでした)


もっと木に近づきたいという欲がなかった訳ではありません。でもそれをしたら罪を犯す事と変わらないと思っていたのです。


しかし、そんな心情や状況は画像からでは、なにもわかりません。

画像だけで、注釈がなかったり、または注釈があってもその文を読んでない人には"マナーを守ってないカメラマンがいる"と誤解を生むかもしれません。


実際私もそうやって誤解を生みました。

私が一言、「撮影禁止ではなかったしちゃんと敷地の外だよ」と書けばよかったのかもしれません。

そこは反省すべき点ですし、今後は気をつけなければならないなと思いました。

 


しかし。


それが書いていないからといって

早とちりや、思い込みで正義という名の下で、他人を責めて傷つける事は正しい事なのでしょうか。


それはコンビニからお菓子を持った子が出てきたところに遭遇し、それを見てその子に

「万引きしたでしょ!犯罪だよ!」

と責めるのと同じだと思うのです。


真実を知らずして正義を振りかざす事は、ただの迷惑でしかありません。


その子も万引きしていないのに万引き呼ばわりされたことで傷つくでしょうし、責めた方は正義と思っていったのに真実を知って赤っ恥をかくだけです。

お互い、いい気持ちになりません。


同じく私もそうでした。

罪を犯していないのに犯罪者だと決めつけられた気分になりました。

決して相手を論破したい訳でもないのに、不愉快極まりない思いで真実を伝えなければなりませんでしたし、言われた方も憶測ですがきっとなにも言えないと思います。


私は本業もカメラマンですから、リスクを負うような無理な撮影はしないというポリシーを胸に趣味でも撮影しています。


時に、柵の中に入っていたりする写真を見て私の中の自分勝手な正義がうずいて「それ違反ですよね?」と言いたくなる事もあります。

でも、もしかしたら許可を取っているかもしれない、巧みな合成かもしれない、実は足を踏み入れてないのかもしれない、と様々な可能性を考えて慎重になります。

それが私も相手も不幸にならない術だと思うからです。


十人十色と言いますし、様々な意見があり、見方があり、考えがあります。

けれど「マナー!モラル!カメラマンは守れ!」というなら、顔の見えないネット社会だからこそ最低限文字の配慮は必要なのではないでしょうか?


せっかくの正義がしおれないように。



いい勉強にはなりましたが、非常にモヤモヤが消えない出来事となってしまいました。


(この記事は決してマナーを守りましょう、モラルを持ちましょうという注意喚起ではなく、あくまでもネット上で発言するときはちゃんと相手のことを考えるべきだよね、というお話です。前置きが長くてすみません。)