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じぶんという名の宇宙をひらく

ZERO・0・ゼロポイント

2019.02.06 11:56



節分・立春・そして昨日はみずがめ座新月の旧正月を迎えましたね。エネルギーに敏感なわたしたちは、節目を超えて新しいフェーズへと入ったことをそれぞれに感じ取っているのではないでしょうか。



私事ですが、5日にずっと行こう行こうと思っていた産土(うぶすな)神社(生まれた土地の神社のことです)へ詣でてきました。結果、旧正月の初詣となりました。狙っていたわけじゃなかったんですけどね。最高最善のタイミングで事は運びますね。



上の写真はその時に撮りました。カメラ越しに、とても優しく穏やかな光と虹が見えました。あぁ世界って美しいなあ、温かいなあ、見えない存在に護られていて安心だなあとわたしは感じましたよ。カメラのおかげで、わたしたちは不可視な光をこうして見ることができます。ここでみなさんと分かち合えることも喜びです。




ひとつ前の記事で「病氣になるのは心身の偏りを調整するため」と書きました。身体の不調、心の不調。不調というのは不自然と同じことだと思っています。バランスが崩れ、偏った状態のことです。



バランスが調うってどういうことでしょう。わたしは最近「ゼロ」「ゼロポイント」という言葉が氣になっています。氣になっているから次々にその情報が、友人の口からだったり、本からだったり、届いてきているのでシェアします。



右へ傾いたら、今度は左へ傾くと水平に戻ります。シーソーのようです。マイナス1にプラス1を合わせるとゼロになります。マイナス100にプラス100でもゼロです。光があるところに闇がある、強い光には濃い影ができます。その中庸がゼロポイントです。




陰陽図の中の白と黒の境界線、円の中央の一点がゼロポイント。

∞(無限大)

永遠に続いていくこの文字のゼロポイントは右側の〇と左側の〇の交差点。

ゼロには「何にもない」という意味もありますが、ここでわたしが使っている「ゼロ」は「何もない」「空っぽ」ではないです。「プラスとマイナス」「陰と陽」がちょうど同じバランスで引きあっている地点です。そして、わたしたちは「ゼロポイントに立つ」ことで「創造主としての本来の自分で在る」のではないかと、最近感じはじめています。




宇宙のはじまりはひとつの点でした。

生命のはじまりもひとつの点のような受精卵です。

現実化の創造の始まりは、「たったひとりの想い」です。




何もないけどすべてがある場所。

そこから新たな創造が始まる、創造の源。




わたしたちはひとりひとりが創造主として、今までも今この瞬間も、少し先の現実を創造し続けています。例外なく誰もが、です。わたしたちはようやくそのことに氣づいて、集合意識が変わりはじめている時にいます。ようやく、「奴隷」から「神」「創造主」になるのです。



「ゼロポイントに立つ」というのは、創造主としてのわたしたちひとりひとりが「本来の自分という存在」で世界を創造していく時のキーワードになっていくように感じています。



体感でいうと、この記事で書いた「自分が清らかなエネルギーで満たされている」時、ゼロポイントと言えるのかなと感じています。わたしもまだよく分かっていませんが、新しいフェーズのはじまりに、何か感じ取っていただければ幸いです。



ではまたね。

明日も愛ある一日を。



ほづみん