第33回直方谷尾美術館 室内楽定期演奏会【案内②チェリスト長谷川彰子さん】
今回のソリスト 長谷川彰子さんについて書かれたかんまーむじーく のおがた代表の渡辺伸治氏の原稿です。かなり長文ですが、興味深いお話なので、そのままどうぞ!
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私が初めて長谷川彰子さんと会ったのは、2016年3月のアクロス福岡での九州交響楽団演奏会の終演後のことでした。
私はある方を通じて、長谷川さんに室内楽定期演奏会の出演依頼をお願いしていたのです。
それは出演依頼と言うより、演奏依頼でした。
現代オーストリア作曲家、バルドゥイン・スルツァーのチェロを管楽八重奏のための室内協奏曲の独奏です。
賭けでした。
室内楽は第3者からやらされてやるものではなく、自分の主体性で取り組むものです。
さらにその曲の録音は無く、日本では30年前に初演されたきりというものでした。
初演とほぼ同じプレッシャーがあります。
唯一の頼みの綱は、日本での初演者が長谷川さんの師の山崎伸子さんであることでした。
私は資料として、初演演奏会を取材した雑誌のページのコピーを渡しました。
表紙には、日本を代表する管楽器奏者たちに囲まれて会心の笑顔を見せる山崎伸子さん。
長谷川さんはそれを見られて「先生、本当にアイドルなんだから」と笑顔で言われたのです。
山崎さんは本当に素敵な方です。
長谷川さんは戸惑いながらもOKの返事を下さいました。
何が長谷川さんを動かしてくれたのでしょう?
未知曲への挑戦。
30年前に尊敬する師が挑んだ曲。
その曲を再演したく、楽譜の所在を30年間探し続けてこの室内楽馬鹿の熱意。
こうしてスルツァーのチェロ協奏曲の日本第2演を巡り、私と長谷川さんとの友情が始まったのです。
しかし、その後に私と長谷川さんを結びつているものがもう一つあることを知ることになったのです。
現在、長谷川彰子さんが愛用しているチェロ、19世紀のフランスの名工、J.B.ヴィヨーム作です。
私が20~30代の時に、弦楽四重奏の魅力を教えてくれた楽器でした。
私とクラシック音楽との出会いは22歳の時。
それまではコテコテのロック&ジャズ好きでした。
しかし1年後にはすでに弦楽四重奏オタクになっていたのです。
それは元・九州交響楽団コンサートマスターの岸邉百百雄さんとの出会いによります。
東京の大学を卒業した私は、九州芸術工科大学(現・九州大学芸術工学部)に進学するため福岡市に移りました。
当地で、岸邉さんは弦楽四重奏団、福岡モーツァルト・アンサンブルを主宰していたのです。
私は岸邉さんの人柄に惹かれ、その定期演奏会に通うようになりました。
1994年の解散までの40数回の演奏会で100曲以上の弦楽四重奏曲に接することができたのです。
幸せな時間でした。
その四重奏団のチェリストは現・東京藝術大学教授の河野文昭さん。
当時、河野さんが愛奏されていたチェロが先のヴィヨーム作でした。
そして長谷川彰子さんが九州交響楽団首席に就かれ、あの音色を再び九州で聴けることになったのです。
20代半ばの私は岸邉百百雄さんの活動に共感し、音楽振興に身を尽くす決心をしました。
1989年、直方市に福岡モーツァルト・アンサンブルの定期演奏会を興したのです。
94年の解散までに20回の定期演奏会、4回の特別演奏会を実施いたしました。
そして94年の暮、直方の会の解散記念として、チェリストの河野文昭さんにリサイタルを開催していただいたのです。
河野さんは私に選曲を任せてくださいました。
光栄なことです。
・ベートーヴェン チェロ・ソナタ第4番
・同 第5番
・シュニトケ 「響き合う文字」~無伴奏チェロのための
・同 チェロ・ソナタ第1番
19世紀の前衛と私たちの時代のそれとで構成したのです。
シュニトケの2作品は九州初演だったでしょう。
またベートーヴェンの第4・5番も久しく九州で演奏されていませんでした。
その当時の九州はそれくらい「地方」だったのです。
偶然にも長谷川さんは2月16日(土)のリサイタルでベートーヴェンの第4番とシュニトケの第1番を選びました。
それらが同じ楽器で奏でられるのです。
長谷川さんとの出会いはこのヴィヨームに導かれているように思ったのです。
ところでこのヴィヨームの以前の所有は巌本真理弦楽四重奏団のチェリスト、故・黒沼俊夫さんでした。
そして黒沼さんは現役を退いた後に、ヴィヨームを愛弟子の上村昇さんに貸与していました。
福岡市では巌本真理弦楽四重奏団は今は無きメルパルク・ホール(郵便貯金会館)のこけら落としを飾ったそうです。
そして1984年、同じメルパルク・ホールで上村さんは九州芸術工科大学のアマチュア・オーケストラの演奏会でドヴォルザークのチェロ協奏曲を演奏しました。
多くの音楽ファンがこのヴィヨームの音色に魅せられたはずです。
そして知らずと再会された方も。
弦楽器は人間より長生きします。
色々な奏者に奏でられながら、人と人とを繋げていくのです。