新世界紀行 エジプトの旅31 同じ旅人 2025.05.03 06:15 “永遠には続かないけれど、確かに心を震わせる一瞬”ぼくの人生において、旅はそんな位置なのかもしれない。旅というものは、ぼくにとって、その時にしか創れない一つの作品だと思っている。構想を練るように計画を立て、筆を走らせるように日々を歩き、偶然の出会いや小さなトラブルが、まるで色彩のように作品を彩っていく。帰国し、静かな自室に戻ったとき、ようやくすべての絵の具が揃う。そして、ぼくはそれらを使って文章にする。言葉という額縁に収めることで、ぼくの旅は、ひとつの完成を迎える。エジプトの旅が、これほどスリリングで、楽しくて、そして少年時代の冒険心を蘇らせるものになるなんて、正直、出発前には想像もしていなかった。でも、旅というものは、常にこちらの予想を追い越してくる。最後の瞬間まで、こちらの思考の先を行く。ルクソールの午後、タクシーが空港のゲート前で停まった。「ここで降りてくれ」運転手がそう言って指さした先は、小さな検問所。どうやら、空港の敷地に入るだけで身分証の提示が必要らしい。簡単な荷物チェックとパスポートを見せて敷地内に足を踏み入れると、目の前に現れたのは意外とこぢんまりとした空港だった。 日本の地方空港といったところだろうか。国際線があるとは思えないほど、建物は控えめで、首都のカイロ空港の喧騒とはまるで違う静けさだった。セキュリティチェックを終え、離発着便モニターを見上げたとき、旅の神様がふたたび、ぼくにイタズラを仕掛けてきた。カイロ行き、14時25分発。それが、まさかの2時間遅れ。予約アプリを開けば、午前11時にはすでに通知が来ていたらしい。――もっと早く知っていれば、カルナック神殿をもう一度歩けたかもしれない。喉の奥にわずかな後悔がひっかかる。でも、その感情は長く続かない。旅に出てからというもの、ぼくは少しずつ変わってきた気がする。予定が狂うことすら、一つの風景のように思えるようになった。なにより、無事に空港まで辿り着いたこと。そして、この遅延のおかげで、ぼくは疲れ切った身体を休めるチャンスを手に入れた。搭乗ゲートに向かえば、すでに多くの乗客が席を埋めていた。聞こえてくるのは英語やフランス語、ドイツ語。アジアの風貌を持つ人間は、ぼく以外にほとんど見当たらなかった。搭乗予定の飛行機は、エジプトのナイルエア。国内線では遅延は日常茶飯事と聞いていたから、2時間の遅れも“想定の範囲内”と言えば、そうだった。現在13時10分。出発は16時25分へと変更された。約3時間の空白――それは、ある種の贈り物のようだった。空港内を歩いても、土産屋と軽食店がいくつかあるだけで、あっという間に一巡してしまう。座る場所を探していると、待合の奥はがらんと空いている。横になって眠る人、ぼんやりとモニターを見つめる人。その中で、ぼくはバックパックからイヤホンを取り出し、藤井風くんの音楽を耳に流し込みながら、これまでの旅のメモを取り始めた。わずか8日間の旅だったけれど、まるで何年もの時間をここで過ごしたような、そんな密度だった。記憶のひとつひとつが色濃く、何から書けばいいのか、指が戸惑う。けれど、この空白の時間が、ぼくに“振り返る”という行為を与えてくれた。ただボーッとしているだけでも、旅の疲れがじんわりと抜けていくのが分かった。次にスマートフォンを開いて、沢木耕太郎さんの著書『天路の旅人』を読み始める。読みながら、ぼくは気づく。いま、自分自身もまた“旅の真っ只中”にいるのだということを。日常を離れて、見知らぬ街を歩き、予期せぬことに一喜一憂するこの感覚。それこそが、ぼくにとっての「生きている」という実感なのかもしれない。まるで朝の通勤電車のように、ぼくは空港の片隅でスマホを開き、指先だけを動かして小説のページをめくり、ページの中に没頭していたそのときだった。「あの、すみません。今、少しお話しできますか?」その声は、いくつもの異国語が飛び交う空間にあって、不思議なくらいはっきりと、まっすぐに、ぼくの耳に届いた。顔をあげたぼくの目の前には、一人の女性が立っていた。イントネーションからも日本人だと分かる。帽子を深く被り、小さなリュックを背負い、カジュアルな装いの女性は旅の途中であることは、その姿を見ればすぐに分かった。「はい、大丈夫ですが――」ぼくがそう答えると、彼女は一気に話し出した。「あの、私、エジプトに初めて来たんですけど、もう、本当に大変で。2日前にルクソールに来た時に空港出る時に何が何だか分からず、エジプトポンドを買う時も遺跡の入場料を考えて大量に買ったら遺跡の入場料は全部カード払いじゃないですか、だから現金もすごい余ってしまって。空港出る時も色んなタクシーに声かけられて、結局ぼったくられて、もう本当に大変で・・・」彼女は話し相手でも探していたのか、ぼくが「そうでしたか」「そうですね」「それは大変でしたね」などと答えていると、それから数分間、ルクソールでの苦労話を猛烈な勢いでひたすら喋り続けた。それはまるで、途切れ途切れの旅の記憶が、堰を切ったように彼女の唇から零れ落ちてくるようだった。空港での混乱、予想外の現金事情、ぼったくりのタクシー――彼女の言葉は焦りと戸惑いと、ほんの少しの哀しみとで色づけられていた。彼女の名は、Kさん。ひとり旅だという。東京から経由地を経てカイロ空港に降り立ち、そのままトランジットですぐにルクソールへ。そこでゲストハウスに2泊したのち、これからカイロへ向かうのだという。もちろん遺跡や博物館は素敵ではあるが、思った以上にエジプトの旅が大変で疲れてしまっていたらしい。余程きつかったのか、話の途中で泣き出しそうになってしまい、なだめることになる。聞けばこれから同じカイロ行きの便に乗るようで、当然ながら同じピラミッドエリアのギザに向かうようだ。ぼくは初日に一度ピラミッドへ行っている経験があるため、タクシー乗り場、乗り方、または観光客が歩くルートの土地勘程度はある。Kさんの宿までは送ることにした。それは親切心というよりも――いや、何か、自分の中の孤独が彼女の不安に呼応したような感覚だった。互いに一人旅同士、埋める何かを持っていたのかもしれない。搭乗までの時間、ぼくらは、エジプトの互いの旅の話を交わした。その中でKさんがふと口にした一言に、ぼくは驚いた。「昨日の夜、ナイル川沿いを歩いていたとき……あなたを見かけたんです。ルクソール神殿の近くでした」確かにその時間、ぼくは博物館を出て、ナイル川のほとりを歩いてライトアップのルクソール神殿へ向かっている最中だった。神殿のライトアップがまるで異世界のようで、それをぼんやりと眺めながら歩いていた。そのとき、すれ違った日本人がいた記憶が、朧げに蘇った。宿以外で見る日本人は初めてだったので何となく記憶に残っていた。それが、Kさんだったのか。Kさんはその時の偶然を、何度も不思議そうに繰り返した。「あっ、日本人だ、って思ったんです。でもたぶん、話しかけられないだろうなって。まさか空港でまた見かけるなんて」Kさんはぼくと同じように一人旅が好きで、これまでに10数カ国訪れて来たらしい。一人旅をして来たのだから度胸や旅の術は備わっているとは思うが、失敗談が次から次へと出て来て、幸いにも失敗という失敗がほとんど無いぼくにとってはとても興味深かった。そのとき、一人のエジプト人の年配の女性がぼくらに声をかけた。「ちょっとトイレに行ってきたいんだけど、荷物、見ていてくれる?」Kさんはすぐに英語で応じた。「Of course.」日本人であるということが、この空港ではきっと“信頼できる誰か”という意味を持っているのだろう。女性は戻ってくると、微笑んで言った。「あなたたち、カイロへ行くんでしょ? チケットを持って売店に行けば、お菓子と飲み物をもらえるわよ。遅延のサービスだって。」ぼくらは、言われるがまま、売店へ向かった。コーラとクッキーを受け取る。特別な味がするわけではなかったけれど、それは、まるでこの空白の時間に差し出された慰めのようだった。ようやくアナウンスが鳴り、出発の時が近づいてきた。カイロ到着はおそらく18時過ぎ。すでに暗くなっている時間だ。遅延によって予定は少し変わってしまったが、逆に今までほぼ予定通り旅ができていることが奇跡でもある。カイロ空港でタクシーを呼べば、ギザまで1時間はかかる。だとすると宿に着くのはなんだかんだ20時近くだろうか。「私1人だったら、もっと時間がかかると思います」そう言って、Kさんは照れたように笑った。「夕飯に、鳩料理、食べてみたいんです」ぼくは一瞬、耳を疑った。「ハト?」「エジプトでは有名なんですよ。丸ごと焼いたり、詰め物をしたりして」ぼくは笑ってうなずいた。たぶん、それが旅というものなのだ。興味のないものに心を向けてみること。誰かの記憶の中に、偶然入り込んでしまうこと。旅が始まる前に、Kさんは少しだけ未来のことを話し始めていた。ぼくは、その夜、できればマクドナルドを腹一杯食べられればいい、ということしか頭になかった。だけど――もしかしたら、誰かと一緒に、異国の街で食べる鳩料理には、永遠に続かない何かを閉じ込めておくことができるのかもしれない。そのとき、ぼくの旅が、ほんの少しだけ、別の物語になり始めている気がした。