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となり同士の花の声

2025.05.27 08:15

facebook能村 聡さん投稿記事

『センス・オブ・ワンダー(The Sense of Wonder)』の薦めー「知る」ことは「感じる」ことの半分も重要ではない(再投稿)

おはようございます。日々、木々の緑が濃くなってくる季節。鳥たちの美しいさえずりが、恋の歌に聞こえます。

日々の忙しさに振り回されがちで、身の回りの自然の美しさに気づかず、日々を暮らしている人たちのなんと多いことでしょう。残念なことです。

今日は私の環境やエコロジーに関する活動の原点担った本を紹介します。

レイチェル・カーソン女史は、1962年に著書『沈黙の春』で農薬や化学物質による環境汚染や破壊の実体に、いち早く警笛を鳴らしたアメリカの海洋生物学者です。

『センス・オブ・ワンダー』は、レイチェルが幼い子どもと一緒に自然を探索した体験をもとに書かれたエッセイで、子どもたちと自然の中に出かけ、神秘さや不思議さに目をみはる感性を育み、分かち合うことの大切さを伝えています。

書名は直訳すると、不思議(驚き)という感覚です。

・・・大切なのは、まず「感じるこころ」を育み、輝かせること。� そのために、美しさ、神秘さにあふれる自然に入ってみよう・・・と。

レーチェルは「「知る」ことは「感じる」ことの半分も重要ではない」と語っています。

さらに「美しいものを美しいと感じる感覚、新しいものや未知なものにふれたときの感激、思いやり、憐れみ、賛嘆や愛情などのさまざまな形の感情がひとたびよびさまされると、次はその対象となるものについてもっとよく知りたいと思うようになります。

そのようにして見つけだした知識は、しっかりと身につきます。消化する能力がまだそなわっていない子どもに、事実をうのみにさせるよりも、むしろ子どもが知りたがるような道を切りひらいてやることのほうがどんなにたいせつであるかわかりません。」と続けています。

まさに今の知識偏重の教育に欠けていて、ほんとうに求められているエッセンスではないでしょうか?


『木の声に耳を傾けましょう!〜自然の森は様々な”いのち”がコミュニケーションして、つながり合い、助け合うワンネスの世界』

森の生態系への考え方が変わってきました。

森林生態学者ののスザンヌ・シマ―ド⽒は、森の木々が巨大なネットワークを持ちコミュニケーションしていることを明らかにした革新的な研究成果を挙げました。そのことを解説した『マザーツリー 森に隠された「知性」をめぐる冒険』は世界的ベストセラーになっています。

今まで、種というレベルでの考察が主に行われてきましたが、最近の研究で、植物(樹木)は単体でいきているのではなく広く繋がったネットワークの一部であることが分かってきたのです。

森に生えている木は、菌根菌の菌糸体(mycelium network)によるネットワークを使い他の木々と様々コミュニケーションをとっているのです。

太陽が当たり難い若い木や病気にかかった木、または、伐採されてしまった木は、このネットワークを使いSOSを発信します。

すると、他の木から糖分、水、栄養が菌糸体を使いその木を助けます。切り倒され光合成ができなくなった切り株が長い間生き、そこから新しい芽が現れるのは、このネットワークがあるからです。

菌糸体のネットワークは、古く大きい個体ほど広く、その個体がハブの役目を果たし、周りの木の成長を見守っているのです。

このような木は「マザーツリー」と呼ばれています。神道(神社)では、巨木(老木)はご神木とされ、大切に扱われてきました。

さらに不思議なことに、このネットワークは、同種他個体間だけでなく別種とも繋がりを持ち、森全体を支えています。まるで、他の動物と神経と血管が繋がっているような仕組みです。

森の植物は、そこに住む様々な生き物の全てが健康的に繁栄していることが、即ち、自分の存在を維持していると理解しているのでしょう。

これに比べて人間の知識はあまりに浅はかです。植林や農業、サンゴの移植、魚の放流、養殖などが上手くいかないのは、こういったネットワークを無視し、人間に都合の良い種だけを大量に作ろうとしているからでしょう。

もう少し謙虚になり動植物の声に耳を傾けることが必要ではないでしょうか?動植物は会話をしていないのではなく、人間にそれを聞く耳がないだけなのかもしれません。


facebook長岡 美妃さん投稿記事

2018年1/5〜1/8まで屋久島、白谷雲水峡〜太鼓岩・大川の滝に行って参りました。

ガイドをしてくれたのは高田奈央さんと高田ケンさんのお二人。人間というよりも木々や自然のエネルギーを身にまとったようなお二人のガイドによって、ガイドされる側が自ずと自然のエネルギーに包まれる。

奈央さんの一言、「森には死はないんだよね。循環しかないの。人間の概念にしか死というものはないことをここ屋久島にいるとわかる。」

自然は大循環を起こしている。

雨が降り、木々が生い茂る山に落ち、それによって草木が育ち、土に還る。水は山に浸透し浄化され水脈より湧き出でる。木々は冬がくれば枯れて落ちる。落ちることは死ではなく、形をかえるだけ。そう・・・循環しかない。

私たちは循環の一部分を切り取って、「木が茂っている。」「苔むしている。」「葉が枯れる。」「季節は冬。」などと概念を人間勝手に付けていくが、それは全体像などではなく循環の瞬間に過ぎない。

人間の認識がなければ、「始まりもなく終わりもない。循環しかない。」・・・ある意味、人間はすごい。笑

森の中、みんなとは別に私はしばらく一人で歩いていた。

私を認識するものは誰もいない。自分すらも自分を認識できずに森にいた。・・・不思議な感覚だった。

「自分は誰なのか?」・・・私は目の前の杉の木1本でもあり、森全体でもあった。また木々や草や苔を愛でる創造主女神でもあった。森全体のエネルギーと溶け、personalな存在はいなくなっていた。

そこで面白い体験をした。

森に登ってくる人とすれ違う時、私は「こんにちは!」と元気に声をかけるのだ。この瞬間、私は「私」というpersonalのアイデンティティを被るのだ。「長岡美妃」が生まれる瞬間がそこにはあった。

屋久島はすべてがエネルギーに満ちている。

人間は自然物質であり、自然の循環から離れては何一つ存在不可能であることを知らせてくれる。

∞が永遠に繰り返されている・・・この循環は人間の浅知恵によってストップされることなどない。どんなに自然を破壊しようがこのダイナミックな宇宙の営みは途絶えない。その代わり、循環に乗れない存在は消えていくのだろうということだけなのだ。

自然はすべてを用意してくれている。

エネルギーに満ちた水、空気、太陽の光、木の実や薬草・・・きっと人間の体はこの循環に戻った時にバランスを取り戻し、自然治癒は循環の中で起こる現象に過ぎない。

自然の息吹、宇宙の息吹、人間の息吹、この三位一体が共鳴してはじめて、この地球から病はなくなっていく。

(ふ〜気づきがあり過ぎて、書き切れない・・・。汗)

追々、屋久島からもらったメッセージを顕現していこう。

私は屋久島に住みたい。あの森の循環の中、森の精霊たちとダンスを踊りながら命を謳歌したい!と。

素晴らしい旅をありがとうございました。