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青と檸檬

万年筆

2019.02.09 06:39


海を描きたくて、万年筆を買った。

しらじらしく冷たいそれをポケットの中で転がしながら、夜と朝の境目を歩く。

"ぼう、…ぼう"

氷の色をした36.5℃が冬を編む紺色に分け入って、消える。

その断末魔は微かすぎて

月明りの啜り泣きにすら、かき消された。


海は遠い。夜明け前は特に。

ここまでは急いで来たが、これより先はそうもいかない。

寝息をたてる心臓を起こさぬよう

しずかに

しずかに歩かねばならない。

道中、若い男女とすれ違う。

黙って、騒がしく

寿命の迫る夜を蹴立てるのを横目に見ながら

万年筆をくるりと回した。

「単純な話さ、非常にね」

くたびれた金糸雀が嘴をかちかちと鳴らす。


開いた喉の隙間をついに潮風が満たすころには

月は疾うに歩き去っていた。

ほそく

ながく

息を吐くと

…私は足元を見た。

そこには、黒光りするうつし世があるだけだった。

「悲しい、とても悲しい話だ」

かつて肺の形をしていた霧状の私だけが、

波音に柔らかく千切られて、宇宙へと溶けていく。

ふと

ポケットから万年筆を取り出し、投げる。

驚いた金糸雀が弱々しい羽音を立てて飛び去った。


道具がぶつかる音はもはや

どこにも。