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オルタナティブスペイス森のじかん

“登校”じゃない道で 見つけた、 小さな光とわが子の強さ

2025.07.01 14:00

行き渋りが1年以上続き、ようやく学校を離れる決心がつきました。

死んだ目をしたわが子の腕を引っ張りながら登校する毎日。


こんなことに、意味はあるのだろうか?


—— 疲れ果てた末の決断でした。


空は晴れていても、心は重たく曇っていた朝が、

少しずつ、光り輝く朝に変わっていきました。


「登校に付き添う必要がなくなった時間を、新しいことにチャレンジする時間にしよう」


玄関のすみに眠っていた一輪車に目をとめて、

「一輪車の練習、してみない?」

そこから、特訓が始まりました。


2日ほどで補助があればバランスを取れるようになり、

1週間ほどで2mほど進めるように。

そして1ヶ月後には、補助なしで乗れるように!


「明日は、止まっていられるようになりたい」

「明日は、もっと長くこげるようになりたい」

「明日は、補助を外したい」


気づけば、自然と目標をもち、

達成を喜んだり、悔しがったりしながら前に進む毎日。


『こんなふうに笑ってくれる日を、ずっと待っていた。』


登校に付き添っていた頃は、

わが子の良いところが、まったく見えなくなっていました。


「学校にさえ行ってくれたら安心なのに」

「心が弱いから、こうなってしまったの?」

「また明日が来るのがこわい…」

そんなふうに、自分も、子どもも、責めてばかりでした。


そんなある日、ふと、行き渋りを続けていた頃のわが子の言葉を思い出しました。


『雑草のような心がほしい』


踏まれても、踏まれても、

ピンと立ち上がって太陽に向かって伸びていく——


そんな心を持てたら、きっとへこたれないよね。


当時の私は、わが子の良いところも、

その強さも、信じることができなくなっていたのかもしれません。


でも、

目標を決めて、

転んでも何度も挑戦して、

昨日より少しずつ前に進んでいく姿。

それを楽しんでいる我が子の表情を見て、気づいたんです。


—— ああ、この子はちゃんと、雑草のような心を持っていたんだなって。


学校を離れ、少しだけ余裕が持てた朝に見えた、小さな光。


わが子には、ちゃんと「伸びる力」がありました。

それが、「学校に行く」という形では見えなかっただけ。


そう気づいたとき、

私自身も、少しずつ変わり始めました。


おうちで過ごす時間が長くなると、

子どもの良いところが見えなくなってしまうこともあります。


でもそれは、見えにくくなっているだけ。

あなたにも、お子さんにも、ちゃんと「強み」があります。


できないことを見るのではなく、

“すでにできていること”や、“隠れていた力”に、そっと光をあてていく。


いつもお子さんのためにがんばっているお母さんが、

「こんな関わり方でよかったんだ」って、

少し肩の力を抜けるきっかけになりますように。


安心して、深呼吸できる場所で、

あなたとお子さんの「強み」を一緒に見つけてみませんか?



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