2月6日 『消えゆく沖縄〜移住生活20年の光と影』(仲村清司著)を読む
沖縄カルチャーを紹介するいわゆる「沖縄本」を数多く出してきた著者が、沖縄移住から20年という節目に書いた本書は、帯にある「沖縄への遺言」が示唆するように、それまでの自作とは異なる厳しい筆致で、沖縄の現状について自らが考え続けてきたことを吐露している。
著者は大阪出身のウチナーンチュ2世。著者が38歳、1996年に沖縄に移住してから、このとき20年が経過していた。その間、那覇を中心として、沖縄は大きく変貌した。それは、観光ブームの陰で急速に進行する自然破壊であり、ヤマト(本土)を超えるスピードで進む大店舗(県外資本を中心とする)の普及であり、それに伴う県民の生活スタイルの単一化であり、戦争を知らないどころか本土復帰運動すら経験しない世代の登場によるヤマトへの意識の世代間ギャップもまたそうだろう。
もちろん、そうしたことは沖縄以外の日本全体で起こっているグローバル化と画一化の流れと変わらない。ただ、沖縄において特筆すべきは、この沖縄という地が、「パスポートが要らない外国」(もちろん本土復帰前の話だが)という言葉があるくらい、その歴史・地理・文化面全てで日本で最も独自性を有している県であることだ。
著者が2002年に上梓した『ウチナーンチュ解体真書』(のちに『沖縄学』に改題、以下『沖縄学』)では、本土人とは大きく異なる沖縄県民の気質や行動様式について、幅広い考察を経つつ、軽い筆致で紹介していた。同書は現在まで多くの読者を獲得しており、出版当初の「沖縄移住ブーム」のきっかけの一つになっていた。
そして、著者の沖縄移住から20年、『沖縄学』で描かれたような沖縄県民の独自性は、特に若い世代を中心に大きく変容し、本土の若者の行動様式や感覚と大きく違わなくなってきている。なによりも、県民を取り巻く生活環境の変化は大きく、生活に何不自由なくなった代わりに、それまでの沖縄らしさ、不便な中にも豊かに残された自然や人間関係といったものが、急速に失われてしまった。
しかし、著者が本書で描いていることは、古き良き沖縄を求める単なるノスタルジーではない。
1996年4月12日、当時の橋本首相とモンデール駐日米国大使による日米合意の緊急会見で、「普天間飛行場の今後5年、ないし7年ほどを目処とする全面返還」が発表された。著者はその時の気持ちを、「あのとき、僕は日本と米国という超大国が東アジアの小さな島の民衆に屈したのだと本気で思った」と記している。この1996年は、著者が沖縄に移住した年でもある。
その後の20年の間、沖縄の自然と生活環境は上記のように大きく変貌した一方で、当の普天間基地問題は一ミリも動いていない。それどころか、昨今の日本全体の「嫌中、嫌韓」の流れと符合するかのように、「嫌沖」、つまり本土の沖縄に対するヘイト発言も多くなっている。
沖縄経済の米軍基地への依存度はどんどん低下しているにもかかわらず、現職の防衛大臣による「日米安保は沖縄のためにある」というような発言や、大阪府警の警察官による沖縄県民の「土人発言」などがマスコミで報道され、本土復帰から50年近くが経過した今でも、沖縄に対する差別的認識は続いている。
著者は、この20年間で本来の沖縄の良さが急速に失われていくのを目の当たりにしながら、米軍基地問題をはじめとする沖縄の問題がその間解決されないどころか、ある面ではかえって悪化していることを憂いている。
その原因は、第4章「葛藤〜まとまる沖縄とまとまらない沖縄」で指摘するように、高い失業率と公共工事に偏重する沖縄のいびつな経済構造であり、八重山・宮古など地理的、歴史的に極めて多様かつ複雑な「一枚岩になれない沖縄」の性格でもあり、「なんでもヤマトのせいにして」きながら、島の中で摩擦を恐れ問題をうやむやにしてきた沖縄県民自体の問題でもあり、当然、日米安保の恩恵を被りながらその負担の多くを沖縄に押し付けてきた日本政府のやり方にあるという。これらは一例であり、著者の厳しい筆致は、敢えて沖縄県民自体にもその原因を求めている。
そして、沖縄問題を考えることに疲れ、「沖縄を離れたい」と自著で何度も書いている著者は、本書においても、「叱られることを承知の上で本音と弱音を吐き出させていただく」と前置きした上で、「自分が生まれ育った島に誇りと愛着を感じているはずなのに、未来構想を切り開こうとせず、沖縄らしさをみずからの手で壊していくこの島のありように疲れてしまったからである」と、胸の内を明かしている。
この20年間の、沖縄のマクロな変化を背景にしつつ、本書の核心はあくまでも、基地問題や自然破壊、本土と沖縄の微妙な感情などに顕在化する「沖縄問題」である。そして、自らがウチナーンチュ2世として本土に生まれ、差別を受けながら沖縄問題と関わり続けてきた著者の半生の記録でもあり、沖縄を内とし外とする著者の、沖縄に対する真摯な姿勢と葛藤が記された本である。(Y)