楽器と一体になる
ペリパーソナルスペースという言葉を知っていますか?人は、見知らぬ人から不意に半径1メートルの中に入られると何か自分の領域を侵害されたように感じます。この自分から腕の長さと同じぐらい離れた空間をペリパーソナルスペース(近位空間)といいます。
実はこの空間は、道具を持った時に自由に伸ばすことができるのです。
例えば食事でフォークを持った時、私たちはフォークの先を通して食べ物の触感、質、などを手で触ったかのように感じることができます。
神経科学ではこの時、ペリパーソナルスペースがフォークにまで及び広がったと考えるようです。これは、はしでもスプーンでも同じです。
そして道具を持つことで自由にこのペリパーソナルスペースを伸ばすことができます。
車を運転してトンネルに入ると何となく頭をかがめてしまうことはありませんか?これは車を運転することでペリパーソナルスペースが車まで広がったため起こります。
楽器だったらどうでしょう?バイオリンなんか分かりやすいと思います。左手、顎、肩は直接、楽器についているものの右手はピチカート奏法にならない限り弓を持っています。弓の毛の部分が弦をこすり音が出ますが、これはさしづめ右手の一指し指がびよーんと1m50㎝ほど長く伸びてしまったようです。イラストで人間の指が伸びたような絵を描いたら面白い形になりそうです。上級者は、このまつやにが付着した毛と弦がこすれる感覚を毛の本数単位で感知してしまうようです。恐るべき繊細さです。
ピアノはどうでしょう。楽器が大きいです。パイプオルガンを除けば一番大きそうです。
ピアノはたたけば音が鳴るのですが、それゆえにペリパーソナルスペースで一体化するのは難しいかも知れません。
巨匠と言われるような人でさえ楽器から出る音を聴いていないと、ギーゼキングが著書で書いていたように記憶しています。
弦に直接、指が触れているように感じて弾く、共鳴板から音が響いているのを感じることができればもっとうまくなれるはずです。
これが難しい一番大きな理由は、音がなる弦と指の間に距離があること、その間には非常に精密なメカニックがあるのですがその構造を知らないこと、楽器が大きく共鳴板との間に距離がある、にあると思います。
そこでピアノアクション模型を年末にボーナスで購入することにしました。模型とは言えど素材、動きは本物と変わりません。「ピアノ・マニュアル 日本語版」というピアノについて書かれた書籍も以前に購入してあるのでこれで確認しながらアクションの動きを目に焼きつけたいと思います。打鍵の瞬間をいちいち見ることは出来ませんが構造をよく頭に焼き付けておくことがイメージがしやすくなるはずです。
ピアノ・マニュアル 日本語版
https://www.kinokuniya.co.jp/f/dsg-01-9784636851700
こういうことを意識することでピアノの弾き方も変わってきたように思います。
弦の太さや張られているゾーンを感じてタッチを変えていく、フォルテを出すときも脱力、重力奏法だけでなくピアノの力を借りる、楽譜に書かれている音の助けを借りる。
こうすることでさらにピアノを弾くことが楽になってきました。その分、自分の音に気を配ることができるしどのように歌うか、曲の構成についてもより注意を払うことができます。
ピアノでぶつかる壁は、音が多いこと、左手が速く動かないこと、など色々あります。
自分もそうですがピアノを弾く人は、指が誰よりも速く動くことがかっこいいと、思う傾向があるので他の楽器の人より音の響きに無頓着であることが多いです。この傾向は世界的かもしれません。
ある番組で有名なコンクールに優勝したピアニストが月光の三楽章を弾いているのを見たことがあります。世界的なピアニストどんな風に月光三楽章を弾くのか興味があありましたが、何しろ速い、そして間違えない。うーん、でもどこが良いか分からない。
ここ数年で私は必要以上に速く弾くことに興味が薄れてきました。それより音が綺麗に響き歌えている方が面白くなってきたのです。
モーツアルトや古典、バロックものを弾くのも俄然好きになってきました。先日もとある施設でモーツァルト「ピアノソナタハ長調K.545第1楽章」を弾いてきました。思えばモーツアルトを人前で弾くのは結構、躊躇していたかもしれません。以前と比べるとだいぶゆっくりです。でも音が伸びて聞こえているので自分ではこのテンポで良いと思っています。そのうちYouTubeにアップしていきます。