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みやぎ野造園

運、不運。明、暗。

2025.07.27 08:39

多くの植物は夥しい数の種を落とす。

人間はその中の稲や麦、豆、のような穀物、葉物野菜、根菜、果実を栽培その恵をいただいてる。


その植物の種子、実、果実そして、それらの結実する前の花の蜜も生き物の生きる糧となる。

その植物の種子は何らかの関わりで地表に落ちたところで生涯を過ごす。その地の環境が運、不運そしてその後の明暗に関わる。


固い地表では根が張れず、乾燥や養分の少ないため矮性に育つ。

他方養分の多い中では伸び放題である。

日照の好む植物は日陰のところではひ弱に育ち、また日陰の好むものは日照りの中では縮こまり生きている。


街路樹を何気に見ると左右の樹木の生育がまるで違う道がある。

住宅街の街路樹は住宅の影ができる側の方がよく育っている。道路を挟んで日当たりの良い方は樹形がちんまりと小さいのが良くある。

これは歩道が住宅の影になり乾燥を防いでいる為で、反対側の日当たりの良い方は路面の熱と乾燥が激しく、生育状態が著しく阻害されている。中には枯れるのもでる。


街路樹の木々はそこが良くて根付いたわけでない。業者が無作為にそこに植えたのだが、

運か不運かの分かれ目となる。


35℃の続く今年の夏は至る所で枯れ木が目立つ。

街路樹では前述の通り弱いものは淘汰されていく。


一方で枯れがれになっていた草は僅かな雨量で蘇生している。

あの35℃の日の冬枯れの風景は一雨毎に何処かしら青々しくなっていく。


全滅したと思っていた芝庭も何処かしら青々しい。

水のない田圃の稲は枯れたと思っていたが、2、3日前の雨で元気の葉を広げ、そして稲穂が出ている。



今日は36℃である。関東地方は40℃を超えている。

台風が来るためか少ないけど最近雨の日がくる。

灼熱の日々、鳴かなかった蝉も雨が降るたび声が大きくなり、山々は蝉の合唱に真夏の風情に浸れるようになった。


この暑さの中植栽の依頼が来て畑を掘るがスコップが刺さらない。

柔らかいところを探して掘るが蝉の力では堀上がれない。

雨が降るようになってから這い出したためやたらと最近ひぐらしが泣いている。

本来梅雨明けの7月20日ごろの鳴き声である。地上に出られなく一声も鳴かず終えたのもいたのだろう。


東北のダムは貯水率0%のダムが出てきた。

梅雨時の雨量が0%に近いので、ダムだってそうなる。雨がなく地面がカチカチで蝉も出てこれない。蝉の親もこんな雨のない梅雨は考えられなかった。



蝉は雑草の生い茂ったお庭は地面が日陰で柔らかいが、地表まで潜り込むのが難儀する。

草のないお庭の地面はすぐ乾く。当然固くなるが、雨の降る年はそれでも柔らかいので蝉たちは草のないところに好んで卵を産んでいく。

雨季に雨が降らない年は無いだろうと産卵した。苦労しても藪の中に産めば良かった。

明暗の分かれ目だったりして。



不思議とお彼岸の頃になるとこの酷暑が懐かしくなる。ツクツク法師が夏の幕を引いてくれる。


貯水率0%のダムが出て広大な稲田はどうなるのだろうと気になっていたが、台風が次々現れ、時々僅かだが雨が降ってきた。これから要らないほど雨が降るのだろう。

稲刈りの時期にあちこちの田んぼでコンバインが泥沼にはまり難儀するのが目に浮かぶ。


燕はどこにいるのだろうか。あまりの暑さに北海道あたりに行ったのかも知れない。東北地方が快適なはずがさらに遠い彼の地まで行くのはご苦労なことだ。


その北海道は本来稲作の不向きなところとされてきたが近年稲作が盛んだ。中でも今年は雨が多く、そして暑く、稲作は大当たりであろう。

彼の地の田圃の上をつばめたちが群れを作って飛んでいるのだろう。



運、不運は何処にでもある。それでも生き物は生きてきたし、これからも生きてく。

今朝の朝日の昇る位置がだいぶ南に移動している。季節は移ろいでいく。

興梠が泣き始めた。