偉人『ダライ・ラマ14世』
今週はダライ・ラマ14世による絵本『こころにいつくしみの種をまく』(記事はこちら)にに始まり、絵本で取り上げている「慈悲」を受け提案記事は『子育てに於ける慈しみ』(記事はこちら)と続いた。この流れで今回の偉人『ダライ・ラマ14世』を取り上げずして誰を取り上げるか、彼しかいないのである。
私にとってダライ・ラマ14世という人物の印象は、宗教的伝統を受け継ぐ指導者であると同時に、亡命という困難な状況の中で非暴力と対話を世界に向けて発信し続けている忍耐の人である。忍耐の人というにはあまりにも軽すぎる。彼に当てはまる最適な言葉は何かを探るためにも彼の人生や人となり、活躍を紐解いていくことにする。前段として大まかな彼の活躍ぶりを少し解説しておく。周知の事実であるが彼の人脈は政治・宗教・学術・市民社会にまで跨る非常に幅広いもので、その中でも彼の特徴の一つである脳科学、心理学、物理学などの研究者と長年にわたり対話を行い、「瞑想」と「科学」の接点について議論してきたことは、これまでの宗教家とは異なる一面を持つ大変興味深い人物だ。
ダライ・ラマ14世を語るにあたり切り離せないのが中国である。1950年、中国の人民解放軍がチベットへ進軍し、中国政府による統治が強まる中でチベット各地で反発が広がり、やがてダライ・ラマ14世が中国軍に拘束されるのではないかという噂が広がり、多くの市民が彼の居所を取り囲んで守ろうとし、その後、武力衝突が起き多くの死傷者が出た。彼は側近らと共にラサを極秘に離れ、ヒマラヤ山脈を越えて約2週間かけインドへ向かい、1959年3月末に国境を越え、インド政府から政治亡命を認められたという経緯がある。
彼の政治思想を理解する上で重要なのが、なぜ彼が争いではなく対話を中国政府に求めているのかということである。結論を先に述べると、彼は中国からの完全な独立は現在の国際情勢では非常に難しいと考えている。そのため独立を要求し続けるより、中国の主権の下で高度な自治を実現するほうが現実的だという立場をとった。もう少しわかりやすく解説すると「大国中国との争いではチベット民族の多くの血を流すことは明らかであり、独立を目指すよりもチベットの人々が文化・宗教・言語を守りながら平和に暮らせることのほうが重要だ」と考えた。私も旅行でチベットを訪れたことがあるが、ガイドのチベット人の話を受け文化的に中国とはかけ離れたものがあると感じた。天地がひっくり返っても、いかなる状況が起きてもチベットと中国は異なると私は感じている。私なりの解釈を述べると、チベット人はチベット仏教の影響が非常に強く、慈悲や精神修養を重視する傾向があ理、どちらかというと日本寄りに近いものがある。一方中国人は生き残るための実利主義や目的のためには手段を選ばないなどの行動が目立ち、秩序や礼儀というものは私たち日本人の感覚からしてもだいぶ違いがある。昨今の中国の動向からみても明らかだ。よって私はチベットと中国は同じ文化圏としてはどうしても捉え難い。
しかし中国にも彼らなりの考えがある。それが世界的な倫理観に見合っているとは思わないが、彼らにとってチベットの独立を許してしまうと、新疆や内モンゴルは?となる可能性があり国の存亡にも関わる問題なのだろう。またチベット高原は「アジアの水源」とも呼ばれる豊かな水源や銅・リチウム・金・その他の鉱物資源もあり、喉から手が出るほど欲しいのは間違いない。またインドやネパールなどと接していることもあり安全保障上の問題もある。そんな中国の目論みを承知の上でダライ・ラマは独立を求めず、チベット人の尊厳を求めているのだ。しかしダライ・ラマ14世が望むようなチベットの尊厳を中国が千歩弾いて受け入れたtp大しても、尊厳が守られるとは到底思えない。なぜなら香港の返還時の中英共同声明による一国二制度は守られたかというそうではないからだ。残念ながらチベットの尊厳が守られることは大変懐疑的である。事実現在チベットで起きている事を考えてもチベットの尊厳など無いに等しい。それでもダライ・ラマ14世は非暴力と対話をと訴え続けている。
ここからが今回の本題である。
ダライ・ラマ14世は一貫して対中国だけでなく、全世界に「慈悲と対話によって人類全体がよりよく生きられる社会を築こう」と発信している。彼は単に宗教的な立場だけで物事を捉えるのではなく、宗教を信じない人にも伝わるよう「思いやり」「慈悲」「寛容」といった普遍的な価値を語り、「人間として共通する価値」を重視して話す姿に人々は惹きつけられている。
では彼はこのような考え方をいつ身につけたのであろうか。私は4つの経験が彼をその境地に至らさせたと考えている。まず1つ目は幼少期の母からの影響、2つ目はダライ・ラマ14世への転生となってからの仏教教育、3つ目は亡命という大きな経験、4つ目が世界中の人々との交流を通じて深めていったことである。それでは具体的に見ていこう。これは私の考察であって一部見解が異なることもあるだろうが。その点に関してはご容赦願いたい。
1、幼少期の母からの愛情と慈悲の体験
ダライ・ラマ14世は母親から受けた愛情や思いやりが、自分の人格形成に大きな影響を与えたと繰り返し述べている。彼は母親について「非常に優しく、思いやりのある人だった」と回想し、自分が「慈悲」の大切さを実感した最初の場は家庭だったという趣旨の話をしている。また「人間が最初に経験する愛情は母親など養育者から受ける世話であり、それが他者への信頼や思いやりの土台になる」という考えも語っている。ただし「慈悲の教えを母親から学んだ」というよりは、「母親の愛情を通して慈悲を体験した」という表現の方が正しいのではないだろうか。彼が幼少期に体験した母親との関係性などについては、冒頭にも記した彼が記した絵本『こころにいつくしみの種をまく』(記事はこちら)を読むと、幼い子供でもおおよその内容は理解ができるであろう。
2、転生後の仏教教育
次に彼はダライ・ラマの転生者として2歳で認定され、その後、幼い頃から非常に厳格なチベット仏教の教育を受けた。その教育は単に経典を覚えるだけではなく、「智慧と慈悲を身につけること」を目的としていた。仏教哲学に始まり、僧侶同士で行われる討論、これはチベット仏教界の大きな特徴でありその討論(ディベート)が世界の要人たちとの対談で生かされている。私も彼がアメリカの学生と討論していた画像を目にしたことがあるが、見識の広さや人を惹きつけるユニークさはこの教育の賜物ではないかと感じた。また大量の経典の暗記は瞑想は単に知識がある人になるためのものではなかった。人格の優れた人になるための倫理教育の他に、詩・文法・歴史・医学・芸術などの一般教育も課された。後年には英語や近代科学にも強い関心を持つようになったのは、これらのことを長年学んだからではないだろうか。特に彼の受けたチベット仏教では、慈悲や他者への思いやりは修行の中心的なテーマだそうで「慈悲」は幼い頃から教えられてきた価値観であったようだ。そのことからも分かるように母親の愛情を通して体験した慈悲は、やがて学問と修行によってその真意と奥義を深く学んだに違いない。それを裏付けるように彼は後に「知識だけでは十分ではない。温かい心が必要だ。」という趣旨のことを何度も語っている。つまり彼が受けた教育の目標は、「賢い人を育てること」ではなく、「智慧と慈悲を兼ね備えた人を育てる」教育であった。だからこそ彼自身が世界の人々の心を惹きつけて離さない魅力があるのだろう。
3、1959年の亡命
そしてこの亡命により彼は精神的にも大きく飛躍し、その逆境が彼に品格と深みを与えと言って良いだろう。
彼は1959年中国との対立の中でインドへ亡命したことは、人生の大きな転機だった。亡命してから間もない頃、彼は中国政府の政策を批判していたが中国人全体を敵とは考えていないと明言している。そして彼は「怒りは自然な感情だが、憎しみを持ち続けても問題は解決しない」という考えを深めている。また相手にも幸福を求める心があるという見方は、亡命後により強く打ち出されるようになり、故郷を離れ多くの同胞が困難な状況に置かれる一方で、復讐や憎しみではなく非暴力を訴え続ける姿勢がより明確になった。
また亡命によって故郷や政治的権力、財産などを失い、その経験から仏教の「無常(すべては変化する)」という教えを、理論ではなく自らの人生で実感したと語っている。苦しい経験の中でもそれらのことに執着し続けるより、新しい状況でできることを考える姿勢が大切だと考えるようになった。人として失うものが多ければ多いほど現状を憂い、相手に対して負の感情を募らせることが多い中、執着を手放すことほど難しいことはない。それを成し遂げたのはやはり彼の置かれた仏教の経典で学んだ奥義が深く関係しているだろう。
そして世界には多様な価値観があることを知ったのもインド亡命後である。チベット社会の中で生きてきた彼にとって、インドに渡ったことでヒンドゥー教徒、イスラム教徒、キリスト教徒、無宗教の人々など多様な文化や宗教に触れた経験が、「人間には宗教を超えた共通の倫理がある」という考えを実感したのである。宗教対立をしている各国の指導者こそがこの考えに至るべきではないだろうか。さすれば宗教対立による国や地域の不穏な状況は一掃されるだろう。しかし人間は浅はかなものでダライ・ラマ14世の発言の意図が頭では分かっていても受け入れ難いことや実践が伴わないことも多く、素直に受け入れると状況は一変するが、これまたできないのが人間の性である。そして状況がかなり厳しくなり理解できる人、できない人と人生の選択によって大きく道が分かれてしまう。たとえ多くの犠牲が伴うことになってもそこからやり直しができるのが人間であり、できないのもまた人間である。しかしきり縫えた人はこういう「人生捨てたもんじゃない」と。
少し脱線してしまうが夏を迎えることもあり、先の日本が多大な被害を諸外国に与え時刻もその代償を払った大戦を思い出してみよう。日本が他国に攻め入った後の代償はあまりにも大きかった。日本唯一の地上戦の沖縄戦、広島や長崎の原爆投下による犠牲、特に原爆投下は今も尚被爆者2世・3世の健康被害は避けて通れない状況にある。アメリカは戦争を終わらせるために使用したとの見方を変えていないが、原爆資料館を訪れたらその大義名分が通用するかということは明らかで、人間の大義名分が愚かなのは明白である。それに変わって人間に必要なのが彼の実践し続けている『慈悲』である。
ダライ・ラマ14世は「人間には共通の倫理がある、そのことに気づかなければならない」と語っている。別の言い方をすれば、人種や国籍、宗教、憎しみの有無などはどうでも良い、人間の尊厳を互いに理解すべきだと唱え、対話が重要だとしているのだ。私がここ数ヶ月の間に学んだことの一つが彼の提唱する対話と慈悲である。個人それぞれが思いを語り合うことにより互いに歩み寄ることができること、そして互いに理解できないことであっても、いつの日かその意味を理解できる日が来るのだと信じることの重要性をまた実践で得ることができた。彼の実体験は私のような軽いものではないだろうが、彼はいつの日かチベットの尊厳が叶うことを願いながら、自分自身のできることに奔走されているのであろう。
最後にダライ・ラマは、「困難は苦しいものだが、忍耐や思いやりを育てる機会にもなり得る」という趣旨のことを度々語っている。苦難に直面したとき、それを通じて自分の考え方や人との接し方を深めることができるという考えである。つまり亡命で彼が学んだことを一言で表すなら、「苦しみの中でも他者への思いやりを失わず、対話と慈悲を選ぶことが、長い目で見て人間にも社会にも最も良い道である」という人生の道標を私たちに示している。
4、世界中の人々との交流を通じて
彼が世界の人々と対談できているのは先述した通りチベット仏教の大きな特徴であるが、それと同時に彼の一般教養と好奇心や興味というものが関連している。亡命後は政治家や宗教家だけでなく、科学者や教育者など様々な人々と対話を重ね、その中で「宗教が違っても人は皆幸福を求め苦しみを避けたいと願う」という考えを繰り返し語るようになった。そのため後年は仏教徒だから慈悲を説くのではなく、また宗教を信じるかどうかに関係なく、人間には共通の倫理が必要だという考えを強調するようになっている。つまり彼の場合「思いやり」「慈悲」「寛容」といった価値観は幼少期の仏教教育が土台となり、亡命や国際的な対話を通じて、より普遍的な人間の価値として発展させていったと理解することができる。
また彼は宗教家でありながら科学者との対話で、慈悲は「宗教」だけでなく「人間の能力」でもある事を科学的側面から理解を推し進めた。脳科学や心理学の研究から「共感する能力は人間に生まれつき備わっている」こと、「思いやりは精神的・身体的な健康に良い影響を与える」こと、「怒りや慢性的なストレスは心身に悪影響を及ぼす」といった知見に触れた。これにより「慈悲は仏教徒だけの教えではなく、人間全体に役立つものだ」という考えを科学的な知見とも結び付けて語るようになっている。そこで彼は、思いやりは心の健康に良く、怒りや憎しみは自分自身を苦しめ、共感する能力は人間に備わった性質であるという研究結果にも関心を持つようになった。つまり「慈悲」は宗教上の教えであるだけでなく、人間の幸福にも役立つものだと考えるように至っている。一宗教家が脳科学や心理学を取り込んで人間らしく生きるためにはどうすべきかを明らかにしたのだ。
彼の4つの経験を踏まえて彼が絵本で問いかけた「誰かがあなたを傷つけようとするとき、自分を守ることで精一杯になるか、それとも自分にたずねますか?どうしたら、この人を助けてあげられるのだろうか』を考えてみようと思う。
この言葉の上部だけ読むと、「傷つけようとする相手を助けるなんて現実的ではない、それは私にはできない」と受け取る人もいるであろう。しかしこの言葉は、「何をされても我慢しなさい」という意味ではない。寧ろ「傷つける人も苦しみを抱えているかもしれない」「人が他人を傷つける」のには、多くの場合怒り・恐れ・嫉妬・執着・無知といった心の苦しみに支配されているからだとチベット仏教では考えるそうである。そのため「この人はなぜこんな行動をしているのだろうか」「何に苦しんでいるのだろうか」と考える。しかしそれは相手の行為を正当化するためではなく、自分自身が憎しみにのみ込まれないための見方なのである。つまり彼は「自分を守ることと慈悲は両立する」と考えた。例えば誰かが暴力を振るおうとしているなら、まず自分や周囲の人の安全を守り、距離を置き、必要なら警察や第三者に助けを求める。その上で「この人も怒りや苦しみに支配されているのだろうか」と考える余地があるなら、憎しみだけで相手を見る必要はないと考えている。
そして彼は「怒りには強い破壊力がある一方で、怒りに支配され続けることが自分自身も苦しめる」と繰り返し述べている。つまり「もし相手を悪そのものと決めつけると、自分自身も憎しみや復讐心に縛られやすくなると考えてえいる。寛容というものを自分自身が持っていたならば、「この人は苦しみの中で間違った行動をしている」と捉え、自分自身を苦しみの片隅に心を置く事を避けられ、冷静さを保ちやすくなり、自分にとってもより建設的な対応を選びやすくなる」という考え方なのだ。自分自身が嫌な感情に陥るときにこそ、相手の感情に流されずに冷静に対応すべきであると説いているのだろう。まさにダライ・ラマ14世の宗教を超えたメッセージである「思いやり」「慈悲」「寛容」といった普遍的な価値の重要性を説いているこの絵本の内容こそ、将来を担う子供たちには不幸に陥らせないためのバイブルとして、ご家庭で何度も読み返して絵干し作品である。
ダライ・ラマ14世は「幸せは外ではなく自分自身の心の持ち方にある」と語っている。あなたはこのダライ・ラマ14世が人生を賭けて解き明かしてくれた人間らしく生きるための奥義を手に入れ、その奥義で我が子の人生を明るく照らす一助にして欲しいものである。