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HakoniWa Labo

HakoniWa戯言Vol.12原点回帰/根源的問いへの考察2.0/HakoniWa因数分解

2019.02.14 13:49

こんなブログ、ほんの数回書いてエライ間があいてしまったが、読んでくれた奇特な方よりわかりにくいとコメントをもらった。

自分でも読み返してみた。

確かに分かりにくい…

そもそも、混沌としている自身の頭の中の思考をブログに書き出すことで整理しようとしたのが間違いであったと思う。

書くことで整理するのではなく、書くからその前に整理して書く、じゃないといけなっかなと反省し、ブログ再開。

自分なりに少し思考・思索を整理しつつ書いていく。

まずは、このブログのテーマとして掲げた“愉しみ”について、思索を整理し2.0としてブラッシュアップ版としてまとめてみたい。


これまでの記述では、「人生の目的」とは「愉しみ」である

「愉しみ」とは「成長を伴う楽しみ」であるというふうなことを述べた。

読み返すと、ちょっと表現として、自身の考えを表現するものとして、ニュアンスが違うのかなと感じてもう一度あれやこれやと考えるうちに少しブラッシュアップしたものが、できた気がするので以下にまとめる。


原点回帰で、そもそもの疑問である、「人生の目的とはなにか?何のために人は生きるのか?」でそれに対する仮の解として「愉しみ」としたが、それでは仮として解としては不十分で、この問いにはじつは2つの問いから構成されていて

それは、

①そもそも、「生きる」とはなにか?

②その生きていく「人生の目的」とはなにか?

ではないかと。

まず、①について

「生きる」とは何か?

「生きる」とは「愉しみの追求」ではないかと考える。

ただ単に呼吸していることを「生きている」と定義する人もいるかもしれない。

しかし、「生きる」とはやはり、能動的に活動すること。

つまり、活動のモチベーションとなる「愉しみ」、それを追求することだと定義したい。

(「愉しみ」についての考察は次回以降)

②「人生の目的」とは何か?

問いの文章にもあった通り、生きて「いく」その先のことではないか

当然、それは一人ひとりにあり、各々違うものを持っている

それは、方向性を表すもの、とも言い換えれるし、ベクトルとも表現できる。

そして、その「いく先」を規定するには・・・

「生きる」ことに、各々の意思を掛けること

すなわち、「愉しみ」×「志」

 [志とは「志」とは…

  田坂広志氏曰く「これから何が起こるのか」のビジョンを描き、「この未来を目指そう」との意思が明確であるもの

「ビジョン」とは、どこまでも、「これから何が起こるか」についての

 客観的・理性的な思考である、との事]

つまり、「人生の目的」とは「愉しみ×ビジョン×意思」であると表現できる。

自身の「愉しみ」を追求する中で、ビジョンと意思を養い、それらを掛け合わせて見えてくるものが「目的」になるのではなかろうかという考察に至る。

で、その結果という意味での人生の意義は、それこそ死んでから問われるものだと考える。


整理をすると…

・人生の目的とはなにか?何のために人は生きるのか?=生きるとは何か?×人生の目的とは何か?

・生きる=愉しみを追求すること

・人生の目的=愉しみ×ビジョン×意思

・人生の意義=死んでから問われるもの


続く…

参考図書↓