日本人の勝算 人口減少×高齢化×資本主義
「新・観光立国論」「新・所得倍増論」「新・生産性立国論」の著者、デービッド・アトキンソン氏の最新作です。昨年の初め(2018年2月下旬)、「新・生産性立国論」の発売PRで、丸の内オアゾの丸善でアトキンソン氏の講演会をやったんで自分も見に行きました。アトキンソンさんは「自分は本を書く時には、とにかくあらゆるデータを収集し、その膨大な資料から必要な情報を抽出し、それを可能な限りそぎ取り、徹底的にわかりやすくして本にする(だから本になった内容はそれ以上はそぎ取れない)」というような趣旨の発言をされていましたが、前回の「新・生産性立国論」で提示した日本経済のいろいろな課題抽出に使った膨大データを、さらに分析して考察を重ねテーマを深堀したものがこの新作になっている感じです。(「新・生産性立国論」についてはその内容を総務プレゼンでも発表しました。)
まず、「まえがき」においてアトキンソン氏は今、日本にはパラダイムシフトが起きていて、その原因は急激かつ大規模な「人口減少と高齢化」だとしています。そして、(そのパラダイムシフトは)今のような政策(例えば社会保障の財源確保のための消費税の2%引き上げ)のような小手先の微調整かつ、問題の論点がズレているような対応でなんとかなるレベルのものではないと語ります。なぜなら、社会保障制度の問題に関して言えば、そもそも消費税の課税対象になる「消費」と、その消費の財源となる「個人所得」をいかに上げるかがこの問題の論点であるべきで、税率引き上げはその問題の後に来るべき問題だからだ、としています。ここで、アトキンソン氏はもう一度、今進みつつある日本独特の人口減少について強調してます。「世界全体で2060年までに人口が36.1%増加する中、欧米全体でみた場合(少子高齢化は進んでも)人口は減らない。(欧州の中には人口減する国があっても日本とは規模が全く違う。)また、アメリカでは2060年までに人口は25.2%増加し、日本を除くG7でも14.9%増加する。韓国は日本同様に人口減が叫ばれるが、それでも 5.6%減にとどまる。その一方、日本の場合は 32.1%という大きな減少なので、まったく規模が異なる。」 数字的に言えば、日本は 2015年から 2060年の間に生産年齢人口の約 3,264万人減が見込まれ、これは現在、世界第 5 位の経済規模を誇るイギリスの労働人口 3,211万人を上回る生産年齢人口がいなくなることを意味するのです。ですので、「本来、日本の研究者は、人口減少と経済について世界でもっとも先端的な研究をしているべき。一方、先進国の学者は高齢化の影響をメインに分析しているので、(なぜなら世界のエコノミストは自国で日本のような極端な人口減少問題を抱えていないので)人口減少の分析は極めて少ないし、当然その意識も低く、対策も提案されていない。」 そして、「日本は少子高齢化と人口減少問題を同時に考えなくてはいけない、唯一の先進国である」。これが(現在のパラダイムシフトを考える上で)重要なポイントであるとしています。
(文系の色が強い日本の経済学と違い、)海外の経済学は完全な「理系」で、今回、本書を書き上げるに当たりアトキンソン氏は、「海外の論文をたくさん読み、その分析量、議論の活発さ、分析の細かさに感激」しました。「それらの分析をご紹介したいと思ったのも、この本を書いた動機だ。」と話しています。(ですので、換言すれば、本書のアトキンソン氏の主張の裏には徹底した「数字の分析」があるのです。)ということで、アトキンソン氏は例えば、IMF(International Monetary Fund、国際通貨基金)が2014年11月に発表した「Impact of Demographic Changes on Inflation and the Macroeconomy」という論文を紹介し、その論文において、「人口増加はインフレ率を大きく引き上げると断言して、そのデータを公表している。(これは)逆に人口が減ると当然、デフレ圧力がかかるという理屈が成立する。高年齢者の割合の増加と寿命の長期化も、インフレ率の低下につながっていると分析している。」と語っています。ですので、安倍首相の「アベノミクス」の大きな柱の一つである「大胆な金融政策」において、政府は2%のインフレを目標に量的緩和をおこなってきていますが、この論文によれば、人口減少は強烈なデフレ要因なので、日本経済の場合、今後も常にデフレ圧力がかかり続ける可能性が高いのです。「これから人口減に向かう日本で)2%のインフレ目標が実現されない最大の理由は、量的緩和で物価を上げる政策は『需要者が一定である』との前提に立っているため。人口減少問題を抱えている国で供給調整を行わない場合、通貨の量を増やすだけでは、人口が引き続き増加している国々と同じ2%インフレを実現することは非現実的。人口減少問題を抱えていない他国と同じように考えてはいけない。」「量的緩和政策は、『不足している需要は、喚起することができる』ことがベースとなっている。」「長期的に見れば、需要は基本右肩上がりに増えるという前提にたっている。需要総額は右肩上がりに増え、経済も右肩上がりに成長する。価格も同様に右肩上がりに上昇する。しかし、経済が右肩上がりに成長するためには、長期トレンドで人口増加という成長要因が不可欠なので、人口が継続的に増えることが前提として必要」としています。
そしてアトキンソン氏は、これまでの考察から次のような提言をしています。1、「高付加価値・高所得経済への転換」 2、「輸出で海外市場を目指す」 3、「企業規模の拡大」 4、「最低賃金の引き上げ」 5、「生産性向上」 6、「人材トレーニングの強制化」です。ここでは全項目の説明は割愛させて頂きますが(是非、御一読下さい。)、「最低賃金」と「人材とレーニング」について、気になった点だけ紹介します。まず「最低賃金」についてですが、アトキンソ氏は、現在「社会政策」になっている日本の「最低賃金の設定」を経済政策の範疇に入れるべき、と語っています。諸外国ではこの15年の間で徐々に、最低賃金の設定を経済政策に位置付けるようになっています。生産性と最低賃金には強い相関があるので、最低賃金を先に引き上げて、生産性を向上させることに挑戦しているのです。(実際に狙い通りの成果も出ています。)「日本では、最低賃金は厚生労働省の所轄事項です。厚生労働省の管轄は福祉で、少し広い意味でとらえると社会政策なのです。」
最後に「人材トレーニング強制化」ですが、アトキンソン氏によると「人材育成トレーニングは生産性向上に大きな役割が期待されるが、しかし、海外の事例を見ると、日本にとって非常に気になる傾向が確認できる。」と言います。それは人材育成トレーニングに参加する人が若い人に偏っている、ということです。「IMFがまとめた『The Impact of Workforce Aging on European Productivity』では、55歳から64歳までの人口が生産年齢人口に占める割合が増えれば増えるほど、全要素生産性は,大きく低下するという分析結果を発表しています。日本は、先進国の中でもっとも大きい人口減少と、きわめて深刻な少子高齢化を控えている国なので、今まで以上にその悪影響を受けることになります。ですので、どの先進国より人材育成トレーニングと生涯学習に投資をしないといけないのです。同時にトレーニングや教育の内容も仕事に有益なものに変える必要があります。また、真剣に高生産性・高所得経済への移行を目指すならば、高齢者大国の日本には本格的な成人の再教育制度が不可欠です。それも生半可なものではなく、世界が驚くほどの高い質を担保した制度が求められます。一度学校を卒業し、社会に出た人が人口の4分の3を占める時代が訪れます。このパラダイムシフトに対応するためには、教育の基本的な対象は大人だという、新たなパラダイムを受け入れる必要があります。それができなければ、日本は永遠に発展しづらい国になるでしょう。」と警告しています。
余談ですが、前述した、アトキンソンさんの講演会の後の質疑応答で(私が)「次に書きたいサブジェクトを教えて下さい。」と質問したところ、「日本の教育です。」という返事が返ってきました。実はその時はたしかアトキンソンさんは若い人たちの教育のことについて話していたと、記憶しているのですが、本書第七章「人材育成トレーニングを「強化」せよ」を読んで、現在の(アトキンソンさんの)構想には「大人の教育」も含まれてるのか」と妙に得心しました。)