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niwa saburoo の日本語文法概説

16. (2) 不定語

2019.02.17 01:37

16.2 不定語

疑問語に「か・も・でも」をつけたものを不定語と呼ぶことにします。何を指すかが定まっていない、不定である、という意味の呼び名です。

具体的な例は、次のようなものです。

    だれか・だれも・だれでも

    なにか・なにも・なんでも

    どこか・どこも・どこでも

    どれか・どれも・どれでも

    どちらか・どちらも・どちらでも

疑問語との組み合わせによっては、「×なぜも」のように存在しない場合もあり、また「どうも・どうか」のように「どう+も/か」とは考えにくいもの、つまりもう分割できない一語と考えられるものもあります。

「+か」は、不定であること、はっきり指定(指示)できないことを表します。「+も」は全部がそうであること、「+でも」は任意の対象がそうであること、を表します。と言ってみてもよくわかりません。「+でも」の用法は後で考えてみることにして、まず「+か」と「+も」を考えてみます。


[格助詞との接続]

 「+か」に格助詞が付く場合(つまり補語になる場合)、「が」「を」は省略できます。そのほかの格助詞は「か」の後ろに付きます。

     だれか(が)来ました。

     何か/どれか(を)買います。

     どこかへ行きました。(話しことばでは「へ」の省略可)

     どこかにあります。

     だれかに渡しました。

     どちらかで行います。(場所・方法)

「から」は二つの形が使える場合があります。

     どこかから/どこからか 鐘の音が聞こえます。

 「~からか」の形は、「~からかわからないが」のような述語の省略とも考えられます。そう考えると、この「~からか」は名詞節の一種になります。(→「57.4 ~カ(ドウカ)」)

 「+も」「+でも」の場合は、「が」「を」は削除されます。ただし、「だれもが」という形も使われます。そのほかの格助詞は「も」「でも」の前に付きます。

     だれもいません。       だれでも知っています。

        だれもが賛成しました。

     どれも読みました。      どれでも使えます。

     どこへも行きません。     どこへでも行きます。

      (話しことばでは「へ」の省略可)

     だれにも頼みません。     だれにでもあげます。

     どちらからももらいました。  どちらからでも入ります。


16.2.1 「+か」「+も」

[基本的用法]

不定語は、初級教科書の存在文の所でよく出されます。

    箱の中に何かありますか。    教室に誰かいますか。

    はい、あります。     はい、います。

    何がありますか。     だれがいますか。

    古い本があります。    学生がいます。

という応答が基本的な使い方です。

 「何かありますか」は「あるかないか」を聞いているので、「はい」または「いいえ」で答えます。「何がありますか」は「何かがある」ことを前提にして、それが不明なので聞いているのです。

 実際の応答では、

    「箱の中に何かありますか」「はい、古い本があります」

と答える場合が多いと思いますが、これは上の応答を「縮めた」ものと考えられます。「あるかないか」を聞いたとき、その含みとして「何が」も聞いているのだと考えるからです。これは例えば、

    時計、お持ちですか。

と言われたら、時計の有無ではなくて時間を聞かれたのだと考えて、

    えーと、4時半です。

と答えるのに似ています。

もちろん、「何か・だれか」は疑問文だけでなく、平叙文にも使えます。

    教室にだれかいます。(よく見えませんが、・・・)

否定文には使えません。否定疑問なら使えますが。

    ×だれかいません。

    だれかいませんか。


[も+否定]

否定の答えで、

    いいえ、何もありません。 いいえ、だれもいません。

のように「+も」の形が使われると、

    いいえ、ありません。 いいえ、いません。

と言うのとは違って、まったくないことが強調されます。

上の「だれも」「何も」は否定と共に使われます。

    ×何もあります。   ×だれもいます。

 ただし「だれもが」という形は肯定と使える例外です。「みんなが」と同じになります。「だれもかれも」「だれもみな」なども肯定と使えます。

     だれも(かれも)が知っていました。 (×何もがありました)

 同じように「何もかも」は肯定と使えます。

     彼女は何もかも知っていた。 (×彼女は何も知っていた)

 「どこ」の場合は少し複雑です。

     どこにもありません。 (×どこにもあります)

     どこへも行きません。 (×どこへも行きます)

     ああいうやつらはどこの世界にもいますよ。

     行楽地はどこも満員だった。

 基本的には否定とともに使われますが、肯定と使える場合があります。その条件はわかりません。「どこもかしこも」は肯定と使えます。

 肯定で言えない場合、どう言うかというと、あとでとりあげる「+でも」を使います。

     何でもあります。

     どこにでもあります。

     どこへでも行きます。

 「で」「と」「から」や「より」などでは特に否定と関係ありません。

     この安売りはどこでもやっています。

     誰ともすぐ仲良くなります。

     彼女は誰からも愛されています。

     どこよりもわが家がいちばん落ち着きます。

     誰よりも誰よりも君を愛す

「どれも」「どのNも」「どちらも」などは補語の種類に関係なく、肯定とも使えます。対象が限定されているということが関係しているのでしょうが、よくわかりません。「どんなNにも」も肯定と使えます。

     どれもおいしくありません。 どれも(みな)おいしいです。

     どちらも知りませんでした。  どちらも食べてみました。。

     どれにも付録が付いている。  どれからも検出されなかった。

     どの家にもクーラーがある。  どの国の政治も安定していない。

     どんな方にも合います。    どんな人にも欠点はある。

 「どれもが」という形もあります。

     作品はどれもがすばらしかった。

 「どこ」も場所が限定されていると、肯定と使えます。

     このリストの中の場所は、どこも行ったことがあります。

ただし、「どこへも」では言いにくいようです。

「いつも」は、一つの副詞と考えます。否定に限りません。意味的には「全部」を示してはいますが。「いつか」も一つの副詞です。

      いつもいます/いません。

      いつか行きます。

 疑問語「どう」に「か」「も」を付けた形は、ふつうは副詞と考えられます。

     どうかお願いします。

     どうもありがとうございます。

 しかし、次のような使い方もあります。

     「どうかしたの?」「どうもしないよ」

これらの例は、「どうか」「どうも」の不定語としての用法と言えるでしょう。「どうも」は否定とともに使われます。次の例の「どうにか」「どうにも」も不定語と言えるでしょうか。「どうに」ということばはありませんから。

     「困りましたね。どうしましょうか。」

     「どうにかなるでしょう。いや、どうにかしましょう。」

     「いやあ、どうにもなりませんよ」

 「どんなにか」という言い方もあります。「とても」の意味です。

     そんなことを言ったら、お母さんがどんなにか悲しむことだろう。

 「どうしても」とか「なぜか」などは不定語とは言えません。一つの副詞と考えます。


[連体の疑問語]

 なお、連体詞の疑問語は不定語になりません。(×どのか・どのも、など)

そのかわり、連体詞が修飾する補語の後に「も」をつけます。

     どの小説もおもしろかったです。

     どんなお酒も飲みません。

     どんな人にもあげません。  

 同様に「疑問語+の+N+も」の形でも使えます。

     どこの店にもありません。

     だれの小説も読みません。

     私には何の力もありません。

 しかし、「か」は使えません。

    ?どの小説か読みましたか。

     cf. 漱石の小説をどれか読みましたか。

    ?どの部屋かにありましたか。

     cf. どこかの部屋にありましたか。

 次のものは、形はにていますが、不定語の用法ではありません。

     どんな小説か読んでみましたか。

 これは「どんな小説(です)か」という疑問文が名詞節になったものです。(→「57.名詞節」)


[Nの[+か]]

 不定語は「Nの」などの連体修飾を受けることができます。その不定語が指し示す範囲を限定することになります。

     この中のどれかを差し上げます。

     AとBのどちらかが正しい答えです。

     学生たちのだれかに聞いてください。

     ここにいただれかが持っていったらしい。

     物理と化学のどちらも勉強したくない。

     (物理も化学もどちらも勉強したくない。)

     本棚に並ぶ本のどれもがほこりをかぶっていた。

     そのニュースを聞いただれもが驚いた。

 「+か」はいいのですが、「+も」のほうはちょっと言いにくいようです。


[[+か]のN]

 「+か」は「の」をつけて連体修飾に使うこともできます。

     教室にだれかのカバンがおいてあります。

     これは何でしょう。何かのふたでしょうか。

     彼女は今ごろどこかの町で幸せに暮らしているだろう。

     先ほどのカードはどちらかの箱に入っています。


[連用修飾として]

 これまでの例はすべて「+か」「+も」が述語の補語になっている例でした。初めに、「+か」が「補語になる場合」と書きましたが、もともとは数量詞のような連用修飾の要素です。

     あそこにだれかいます。

     ふくろの中に何か入っています。

というのは、

     あそこに(人が)だれかいます。    

     ふくろの中に(ものが)なにか入っています。

だと考えられます。ちょうど、

     この作業には3時間かかります。

     この作業には(時間が)3時間かかります。

     この作業には3時間(の時間が)かかります。

に似ています。

 数量詞のように、「+か」も名詞(句)の前後に来ることができます。ただし、「の」は使いません。

     あそこにだれか怪しい男が立っています。

     ふくろの中に何か固い物が入っています。

     だれか手伝ってくれる人はいませんか。

     何かおいしい物はありませんか。 

     次の会はだれか珍しい人を呼びましょう。

     どこか遠くへ行きたい。

     どちらか好きな方をとってください。

     お菓子を何か買ってきます。

     コーチをだれか頼むつもりです。

 「+も」の場合は、否定になりやすいので「Nは」とともに使われることが多くなります。

     私の知り合いはだれも来ていませんでした。

     食べ物は何もありません。

     そこにいた人はだれもその漢字が読めなかった。

     その箱はどれも開けることを禁じられていた。

 「Nか+不定語(+か)」という形もあります。「Nか」は一つの例として出されています。「どれか」「どちらか」は使えません。

     お菓子か何か買ってきて。

     ラーメンか何か、食べる物はないかなあ。

     田中さんかだれかに聞いてみましょう。

     駅前かどこかで売っているよ。

 数量詞の疑問語も「+か」「+も」の形があります。

     男の人も何人か来ていました。

     あのお金はもう何日かまってください。

     何カ所かで同時に火事が発生しました。

     ボールペンを何本か買いました。

     いくつか問題があります。 

     パーティーにお客さんを何百人も呼びました。

     兄とは何年も会っていません。

     この制度には問題点がいくつもあります。

 「+か」は、複数だがその数が特定できないことを表します。否定の述語とも使えます。ただし、その場合は「ある特定の数の中の、ある不特定の数」を示します。

     委員が何人か出席していませんでした。

    ?映画館に客が何人か来ませんでした。

 「委員」の数はわかっています。その中の「何人か」です。映画館の「来るべき客」の数は、全席前売り指定席でもない限りわかりませんから、「来なかった」人数はわかりようがありません。いくら「不特定」でも、ぜんぜんわからないのでは、不定語は使えません。

 「+も」は、上の例では数の多いことを表します。「何年も」は、複数年でその数が特定できないこと、そしてその数がとても多いということを示します。次の例は、また違う用法です。こちらは日数が少ないことを表します。否定とともに使われます。

     レポートの締め切りまで、何日もありません。

数量+「も」の微妙な使い方は「18.副助詞」で考えてみます。

 数量表現の不定語は、数量詞と同じように「前・後・上・下」などとともに使われます。   

       地表から何キロか下まで掘る

       何mも後ろのほうに

     何日か後で   

     十何年か前にそんなことがありました。

 次の「何も」は不定語ではなく、副詞と考えたほうがいいでしょう。

     何もそんなにひどく言わなくてもいいじゃないか。


16.2.2 「+でも/だって」

次に、「+でも」について考えてみましょう。初めに「任意の対象がそうであること」などというよくわからないことを書きました。「任意の対象」をふつうのことばで言えば、「どれでもそうであること」というしかありません。

あるいは、「どれをとっても」です。人や場所の場合は、「だれでも」「どこでも」になります。ほかのことばで説明するのが難しいことばです。

 さて、述語が肯定の場合は、「任意の対象」が「そうである」のですから、つまりは全部がそうだということにもなります。

     ここには何でもあります。(Nが)

     パパは何でも知っている。(Nを)

     この虫はどこにでもいます。

     どこからでもかかってこい!(ただし、全部一度に、ではない?)

 これらの表現が、「何も・・・ない」に対応するはずの「×何も・・・ある」の代わりの表現になります。次の三つを比べてみてください。

     ここには何もありません。

    ×ここには何もあります。

     ここには何でもあります。

     私はどこにも行きません。

    ?私はどこにも行きます。

     私はどこにでも行きます。

 しかし、やはり「+でも」は「ぜんぶ・すべて」というのとはちょっと違います。それは、「+も」が肯定文で使える場合を考えるとわかります。

     どちらも差し上げます。

     どちらでも差し上げます。

 「どちらでも」の場合は、「任意の一つ」です。両方ではありません。

 逆に、「みんな・全部」の意味がはっきり出ている場合は、

     この店のケーキは、どれも食べたことがある。

    ?この店のケーキは、どれでも食べたことがある。

となります。しかし、「一つ一つ」なら、 

     この店のケーキは、どれも百円です。

      この店のケーキは、どれでも百円です。

「+でも」もよくなります。なかなか微妙です。

 基本的に、「+でも」のほうは「一つ」を選ぶ感じです。そうでなくて単に全部を言う場合は、「+も」のほうが適当です。

 「+でも」はふつう否定とは使われません。「+も」を使います。

    ×だれでも行きません。 (だれも)

    ×何でも飲みません。 (何も)

    ×ここには何でもありません。 (何も)

 ただの「何でもありません」は、

     「どうしたの?大丈夫?」「何でもありません。大丈夫です。」

という答えとしてなら使われます。これは「Nではありません」+「も」と考えられます。

    「犯人は誰ですか」「誰でもありません。そもそも犯人などいないのです。これは殺人に見せかけた自殺です。」

 「Aではない。Bでもない。だれでもない。」ということで出てきた「だれでも」で、「だれ+でも」ではありません。上の「何でもありません」もこれと同じと考えられます。

     だれでもかまいません。

はまた別です。これは「V-てもかまわない」という、「V-てもいい」と同じ意味の文型です。(→「35.禁止・許可」)

 また、

     あなたがどんな人でも、私は気にしません。

の場合は、「AがBだ」の「だ」が「でも」に変わった例で、すぐ下で触れる「~ても」の名詞述語の例です。

     この問題は歴史的な難問です。どんな学者でもできません。

 これも、ちょっと苦しいかもしれませんが、同じように考えておきます。

 以上の「+でも」の表現は、複文の「~ても」とも深い関係があります。

     何でも食べます。

     何を出されても食べます。

 「何を~ても」の部分が「何でも」と対応しています。この表現は「49.条件」で扱います。


[+だって]

「+でも」は話しことばでは「+だって」という形になることが多いです。

     だれだって  何だって  どこだって  いつだって

     皆さんの欲しい物は何だってありますよ。

     何だって知ってるよ、あいつは。

     誰にだって、嫌いなものはある。

     どこからだって入れるよ。

 否定と使える場合があるところが「+でも」と少し違います。

     あんな所へは誰だって行きません。(×誰でも行きません)

     万葉仮名なんて誰だって読めませんよ。(?誰でもよめません)

     誰だって言いたくないけどさあ、言わなきゃならないのよ。

     いつだって暇なんかありません。 

 「でも」も「だって」も、ふつうの補語を受ける副助詞としての使い方があります。(→「18.副助詞」)

     ビデオでも借りてこよう。

     あしたでも間に合います。

     子どもにだってわかります。


参考文献

三尾真理「疑問詞とその用法」「日本語教育」36号 1979 73-90

尾上圭介「不定語の語性と用法」渡辺実編「副用語の研究」1983 明治書院404-431

三上章『現代語法序説』『現代語法新説』

奥津敬一郎「不定詞の意味と文法」「続・不定詞の意味と文法」『拾遺 日本文法論』