17. 比較構文
17.1 二つのものの比較
17.2 三つ以上のものの比較
17.1 二つのものの比較
比較の表現は、基本的には形容詞文に関するものですが、他の述語でも使われます。ここでは形容詞を使った典型的な例から始め、他の品詞の例も見ながら考えていきます。
17.1.1 NはBより
形容詞は物の性質を表しますが、その属性は相対的なものが多く、その相対的な程度を示すために程度の副詞が使われます。
Aは大きい
Aはとても大きい
さらに、他の一つの物と比べて具体的にその程度を示すことを考えると、比較の文型が必要になります。
AはBより(少し/ずっと)大きい
典型的な比較表現に特徴的な要素は、まず、比較の対象を示す「Nより」という補語です。「Nに/と比べると(比べれば)」などの表現を使うこともあります。
AはBに比べると(少し/ずっと)大きい。
「より」に「も」や「は」「か」をつけることもあります。
AはBよりも大きい 少し強調(三度のメシよりも好き)
AはBよりは大きい 限定的(それほど大きくないが・・・)
AはBよりか大きい 口語的
後にそれぞれの意味合いを書きました。「Bよりかは」という言い方もあります。
まあ、それよりかはこっちのほうがいいなあ。
ここでちょっと注意しておかなければならないことがあります。それは、
Aは大きい。
と言うと、話し手は一般的な基準(常識)から考えて、Aは「大きい」と判断しているわけですが、
AはBより大きい。
と言う場合には、必ずしも「Aは大きい」とは限らないということです。
(AもBも非常に小さいが)AはBより大きい。
ということもあるからです。比較の基準が「B」に定められたために、一般的な基準ではどうなのかということが消えてしまったのです。
さて、比較の疑問文は単純な形容詞文と同じように「か」をつけます。
AはBより大きいですか。
この疑問文に対する肯定の答えは、主題を省略した
はい、(Bより)大きいです。
か、「そうです」を使った
はい、そうです。
になります。
否定の答えは、「A=B」「A<B」の二とおりの場合があります。
いいえ、同じぐらいです。
いいえ、BのほうがAより大きいです。
これらと、それぞれの他の言い方については後でもう一度考えます。
17.1.2 Nノホウガ
今までの例では「Aは」は主題ですから、Aの程度について述べるために比較の対象としてBが引き合いに出されている感じですが、もちろんAとBを対等に比較する言い方もあります。
二つのものを比べて、程度の高いものを聞く質問は、
AとBとでは、どちら(のほう)が~ですか。
となります。「AとBとでは」のところは、次の形でも言えます。
AとBでは/AとBとで/AとBと
「は」が使われれば、それが文脈の中ですでに出されているもので、それをとりあげて主題としているのだ、ということが示されます。疑問語「どちら」の後の助詞は当然「が」になります。
その答えの形は、
(AとBとでは)B(のほう)が~です。
となります。
この疑問と答えに現れる「のほう」が、比較表現のもう一つの特徴的な要素です。二つのもののうちの一つ、他方(A)と比べて程度の高いものを特に示すための言い方です。使わなくてもかまいません。一つを指定する表現ですから、主体の場合は「指定のガ」と共に使われます。
Bのほうが(Aより)~です。
この形は、さきほど「AはBより大きいですか」に対する否定の答えとして出した形と同じです。つまり、単純に二つを比較する場合でも、Aを主題にした疑問文の否定の答えでも、同じ「Bのほうが~」を使うわけです。
もう一つ、単純に二つを比較して聞く疑問文、
AとBとでは、Aのほうが大きいですか。
に対する答えでも、
いいえ、Bのほうが大きいです。(いいえ、そうではありません)
はい、Aのほうが大きいです。(はい、そうです)
のように、この形が使われます。
「ほう」を主題につけて、
×AのほうはBより大きいです。
という言い方はしません。
17.1.3 各種の補語と
以上のA・Bは述語「大きい」の主体でしたが、ほかの補語でも言えます。
つまり、「より」も「のほう」も、主体以外の補語と共に使うことができます。
妻よりも子供(のほう)を愛しています。
私は紅茶よりコーヒー(のほう)が好きです。
彼女は現代絵画より古典絵画(のほう)に詳しいです。
本来の仕事(で)より趣味(のほう)で忙しいです。
御主人(と)より奥さん(のほう)と親しいです。
「Bを愛する」の例はもちろん他動詞です。「愛する」は程度の違いがあります(深く/ちょっと 愛する)から、比較の文型になります。
格助詞と「より」は共に使われ、格助詞のほうが前に来ます。ただし、「が・を」は削除されます。つまり、この「より」はふつうの格助詞とは性質が違い、格助詞の後ろに接続するという点で、むしろ副助詞に近いものだと思うのですが、一般の文法書では格助詞に入れられています。
「Nのほう」の使い方はちょっと複雑です。上の例では格助詞の前に置かれていましたが、次の例では「あなたのほうに」とは言いにくいでしょう。
1a この仕事は私(に)よりあなたにぴったりです。
b この仕事は私よりあなたのほうがぴったりです。
1bでは、
私よりあなたのほうがこの仕事にぴったりです。
の「この仕事」が主題となって「この仕事は」になったと考えられます。つまり、1aの「私(に)より」とは違って、1bの「私より」は「私が」という主体に「より」がついたものと考えられます。
2a 日本人はアジアのことよりアメリカのことに詳しい。
(?アメリカのことのほうに詳しい)
b 日本人はアジアのことよりアメリカのことのほうが詳しい。
3a 妻は私より犬に(対して)やさしい。(?犬に対してのほうに)
b 私は妻に対してより犬に対してのほうがやさしくなれる。
4a?その店は家からより学校から近い。
b その店は家からより学校からのほうが近い。
5 (店で客がけんかをして)店の中は客よりやじ馬でいっぱいだ。
2の例も同じです。「AはBに詳しい」よりも「AはBが詳しい」という形にして「のほう」をつけています。
3の例では「Nのほうに対して」よりも「Nに対してのほうが」のほうが好まれています。
4の例でも「学校のほうから」とはあまり言わないようです。5の例では、「のほう」は使いません。
けれども、いつも「Nのほうが」になるわけでないことは、前に挙げた例を見ればわかります。結局、使い方を一般的な規則として説明することは、少なくとも私には、できません。この「Nのほう」の使い方は、日本語の文法の中では小さな問題でしょうが、自然な日本語を使おうとすると、こういう小さな問題が意外に難しいものです。
次の例の場合は、「のほう」が意味のあいまいさを解消しています。
太郎は次郎よりも花子が好きだ。
a 太郎は次郎よりも花子のほうが好きだ。
b 次郎よりも太郎のほうが花子が好きだ。
まず、「のほう」を使わない初めの例は、あいまいです。「次郎」も「花子」も「太郎」の子供で、「太郎は次郎が好き」な場合と、三人は同級生で「次郎は花子が好き」な場合が考えられます。その違いを、「のほう」がはっきりさせます。
つまり、aで比べられているのは「次郎」と「花子」ですが、bでは「太郎」と「次郎」です。言い換えれば、「次郎」はaでは対象ですが、bでは主体です。「のほう」が比較の相手を示す働きがあることによって違いが出ます。
さらに、bでは「花子」を主体として「太郎・次郎」を対象とする解釈も可能です。「花子が」を「花子は」にすると、その意味がはっきりします。
c 次郎よりも太郎のほうが花子は好きだ。
まったく、言葉というものは複雑なものです。
17.1.4 否定の言い方
二つの言い方がありますが、ふつうは「ほど」を使った形を使います。
1 AはBほど速くないです。
2 AはBより速くないです。
この二つの言い方の違いは、1のほうは「Aも速いが・・・・」という意味合いがあることです。速いもの同士を比べて、どちらが、という感じです。
AはBほど速くはないです。
のように「は」をつけると、「Bに比べれば程度が低いが、そんなに低くない」という意味合いになります。
AはBより速くはないですが、(Bより)遅くもないです。
という言い方もできます。(→「3.7 形容詞文の否定と疑問」)
二つのものを単に比べるだけの2の例は、ふつうは次のように言うために、あまり使われないのでしょう。
AはBより遅いです。
これですむのなら、わざわざ2のように言う必要はないわけです。それに対して「ほど」を使うほうは、「どちらも速い」ということが暗示されている点で、実際の文脈に合うのでしょう。
17.1.5 同等の場合
他のものと比べて、それと程度の差があまりないという場合は、
AはBと同じくらい速いです。
となります。「と同じ」を省略して、
AはBくらい速いです。
と言う人もいますが、かなり省略された話しことばという感じがして、私にはちょっと不完全な感じがします。
まったく同じなら、「速い」を「速さ」にして、
Aの速さはBと同じです。
AはBと同じ速さです。
などの言い方ができます。「速い」のままでは、なぜかぴったりした言い方がありません。
AはBと同じくらいの 大きさ/速さ です。
という形の表現もできます。
以上のような名詞が使えないものもあります。客観的にはかれる物理量かどうかという違いでしょうか。
彼女は私と同じくらいきれいです。
?彼女のきれいさは私と同じくらいです。
以上の例は「A」を主題にした場合(Aが話の流れの中にある場合)を主にみてきましたが、「A・B」ともにとり上げれば、
「AとBとではどちらが速いですか。」
「同じ(くらい)です。」
とかんたんに言えます。
17.1.6 形容詞以外の述語
形容詞以外にも比較の文型になるものはいろいろあります。副詞はもちろん、動詞や一部の名詞述語(「程度の違い」があるもの)も比較の形になります。
副詞 AはBより ゆっくり走る/速く走る
擬態語 AはBより のろのろ走る
動詞 AはBより やせている/人気がある/困っている
名詞 AはBより 金持ちだ/美人だ/平和だ/上だ/後ろだ
複合述語 へびよりうなぎをこわがる。(へびを)
あなたとよりも彼と話し合いたいんです。(あなたと)
一般の動詞も「~たい」「~やすい」などの複合述語では、比較の文型になります。希望や難易には「程度」の違いがあり得るからです。
バスよりタクシーで行きたい。(?バスよりタクシーで行く)
動物園より遊園地へ行きたい。
動物園より遊園地へ行くことが多い。
ナイフより包丁のほうが切りやすい。
玄関からより窓からのほうが入りやすい。(泥棒)
二つのものを比較して、その違いを数量詞で表すことも多いです。
AはBより3m長い。
AはBより5回後だ。
AはBより2倍以上大きい。
回数、数量などの程度を示す副詞が省略されて、本来は比較と共には使われない動詞と「Nより」が使われる場合があります。
そうだなあ。彼女は彼よりは来たねえ。 (よく来た:回数)
女性の方が男性より買った。 (多く買った:量)
5時までより6時までのほうが客が入る。(たくさん:人数)
大人より子供の方が頭を使っている。 (よく使う:程度)
これらは、文脈と常識で意味を判断することになります。以下の例も同じように考えられますが、そもそも比較表現とは何かという疑問も生まれます。
賃上げよりもむしろ福祉施設の充実(のほう)を要求する。
子どもよりその親(のほう)を叱るべきだ。
試合よりもチアガールのほうを見ていた。
家族より友人に頼った。
大学よりパチンコ屋に通っていた。
17.2 三つ以上のものの比較
比較の基本は二つのものの比較ですが、三つ以上のものの中で比較する場合は次の表現になります。
AとBとC(とD・・・)の中で、ドレが(いちばん)・・・
(だれ、どこ、いつ、なに、どのN)
二つのものの比較の場合は、物でも人でも場所でもみな「どちら」を使いますが、三つ以上の場合は、その名詞が何を表すかによって、上のかっこの中のように使い分けなければなりません。「どれ・なに・どのN」はみな[もの]名詞に使うことができますが、「どれ」がいちばんふつうです。
三浦、中山、城の中で、誰がいちばん得点力がありますか。
月曜から金曜まででは、いつ/どの日 がいちばん忙しいですか。
暇と金と恋人と権力の四つの中で、どれがいちばん欲しいですか。
学生の怠惰と、教師の無能と、設備の貧困と、この中で どれ/何が
現在の大学のいちばん大きな問題だと思いますか。
比較の対象の範囲がグループ名で示される場合もあります。
Aの中で、ナニが(いちばん)・・・
(だれ、どこ、いつ、どれ、どのN、どんなN)
?スポーツの中で、どれが最も好きですか。
スポーツ(の中)では、何が最も好きですか。
バドミントンが(いちばん)好きです/バドミントンです。
この中で、どれが(いちばん)好きですか。(一覧表がある)
これが(いちばん)好きです。
四季の中で、いつ/どの季節 がいちばん好きですか。
夫としては、どんな男性がいちばん理想的ですか。
ものに関しては「どれ/どのN/なに」が使われますが、「どれ/どのN」はいくつかのものから選ぶと言う意味で、それらの一覧表が必要です。「なに」はグループ名を言っただけでも使えます。グループの構成員がはっきり限られていれば、「どれ/どのN」も使えます。一覧表があれば、「これ」と言って指し示すこともできます。
英文法などで言う「最上級」を表す形式は、日本語では特にありません。「いちばん、もっとも」などの副詞をつけて表します。その意味を表す単語として、「最高・最大・最長」などの「最-」の単語が特徴のあるものです。
この中で、これが最高です。
[不定語と]
不定語の「+も」と「より」が組合わさった形、
何よりも・誰よりも・どこよりも・どれよりも・どのNよりも
などは「最も~」を表すもう一つの表現です。
人間にとって、何よりも健康が大切です。
このことについては、どの本よりもこの本が詳しい。
どんなものより、家族からの手紙がうれしかったです。
名詞のところに節をとる比較構文は「53.2 比較」で見ます。
バスで行くより、自転車で行くほうが好きだ。
[参考文献]
安達太郎2001「比較構文の全体像」『広島女子大学国際文化学部紀要』第9号
野田時寛2001「複文研究メモ(5) 程度・比較構文」中央大学論集第22号
益岡隆志・田窪行則1992『基礎日本語文法 改訂版』くろしお出版