今、出よ!
度々ニュースで取り上げられる「年号が変わります」という話題。
平成を改めて振り返ると住宅・自動車・IT・ソーシャルメディア・人工知能などに大きな変革が起きた時代であることが印象深い。
モノづくりの基本的骨格は2パターンに分かれる。
1つは「人々の暮らしを快適にするための進化」
1つは「発見された技術を披露することで企業の存続や他社との差別化を図る計画」である。
実は、この後者が私たちの生活を急速に変化させていることに気付いている人は以外にも少ない。
そこまで急速な進化を誰が求めているのか、要らない機能を意味化して世の中に「新しいモノが出ました」と訴えかけたいのは間違いなく企業サイドである。
喩え話を自動車でするとしよう。
エンジン屋のBMWはそのエンジンの品質の高さから多くのモーターファンに支えられてきた。
四輪駆動(クワトロ)とデザイン性、基本構造の巧みさ、トランスミッションなどの緻密さなどから若者と中間層に支持をされるAudi。
安全性と格式の高さ、そして世界の自動車産業のベンチマークとして今も尚 けん引を続けるメルセデス。
どのメーカーも鎬を削り、一長一短、一進一退の競り合いを見せている。
モノづくりは一人では実現できず、また一社でも実現はできない。
そのため、デザイナーが移籍したり、開発陣が他社の製品を手掛けているうちに自ずと情報や技術が流出し始める。
これはどの業界にも言えることであり、私たちが触れている多くのものは情報が共有化され、何処の誰でも同じように情報が手に入る時代になったと言っても過言ではない。
ただし情報を得た者たちが自社の技術力で「成果」に結びつけられるかどうかが重要である。
「情報入手→技術処理→自社ユーザーへの当てはめ→成果」となる
住宅メーカー、自動車メーカー、家電メーカー、そして私たちのフィットネス業界も例に漏れず同じことが言える。
平成は情報に革命が起きた年号と言っても良い。
もちろん昭和の三種の神器には値しないのかもしれないが。
この情報化によって、今までは新しい情報を入手するだけで良かったものが、これからはその情報を「誰に、どのように、当てはめるか」という工程が一つ増えた。
皆が知っている情報。
その情報を仄めかすことに大きな意味がなく、相手のベネフィットに正確に適合させる必要がある。
そのために最も重要なこととは何だろうか。
私は相手を知ることだと思っている。
もっと言えば「相手のことを知ろうとする気持ち」と捉えたほうが良いかもしれない。
では相手の気持ちを察すればそれで良いかと言えば、それだけではない。
そこには基礎学問が必須となる。
つまり今までと何ら変わらない要素が求められるこれからの時代において、唯一プラスする考え方とは、何かを学ぶ際に「先ず、誰に喜んでもらうか」を明確に決め、出口から逆算した学習法をするべきという点だ。
誰に?
まだ出会ってもいない人に対してイメージや課題を想定することは非常に難しい。
だから早く現場に出る必要があるのだ。
現場に出て日頃接する人たちに何を求められているかを考えてみるべきである。
現場に出ずに、情報のインプットばかりに専念する期間を極力減らすことが大切であり「大器晩成」という言葉は平成という時と共に終わりを告げたほうが良いのかもしれない。