Ameba Ownd

アプリで簡単、無料ホームページ作成

2025年 9月7日

2025.09.07 14:37

 金曜日に台風が通過した。静岡県では強風で車が倒されたり家屋が壊されたり、大雨で浸水被害が発生したりしたらしい。神奈川県でも横浜や鎌倉で車が水に浸かるような映像が流れていた。ただこの台風も、藤野に関してはさほど被害は出さなかった。小学校はあらかじめ休校の決断をしたが、確かに大雨にはなったけれど土砂災害を気にするほどの豪雨にはならず、風についてはほとんど吹かなかった。長い間、雨不足で苦しんでいた所なので、むしろ理想的な降水だったと思う。

 台風が通過して、また台風一過の猛暑が来ると天気予報は言っていた。まあ確かに、夏らしい暑さには戻った。でも空気は変わったように感じる。暑いと言っても、押し殺されるような蒸し暑さとは違い、どこか軽やかな風が吹き抜けていく。夜になると、夏の盛りでも夜は涼しさを取り戻していたが、台風通過後の夜は、涼しさの中にも少し寒さも含まれるようになった。それまではタオルケットや薄い毛布一枚で寝られたのが、2枚重ねないと寒く感じる程度には涼しさが深まっている。

 週間予報を見ると、今後も34度とか35度とかの恐ろしい気温の予想が見られるけれど、さすがに峠は越えたのだろう。今日は白露。あと一週間もすれば、彼岸花がひゅーっと伸びてきて花を咲かせるはずだ。

 山の木々を見ると、所々に点々と、既に紅葉が始まった木々がある。これは秋の紅葉ではないだろう。あまりの夏の暑さにやられてしまったのではなかろうか。見ていて心が痛む光景だ。

 沢の水はだいぶ復活して来ている。これから穏やかに、定期的に雨が降ってくれればありがたい。高熱と水不足は、たぶん、あまり表に現れていないかもしれないが、山の自然に深刻な影響を与えていると思う。少しでも涼し気な雨で癒されればいいが。

 前々回の日記で、これからしばらく、世の中を動かす考え方として、「ブラックかホワイトか」の選別基準があるのではないか、と書いた。世間からブラックと目された団体や個人が、徐々に退場を迫られ、ホワイトな生き方、存在の仕方に進むように迫られていく。

 まあ偉そうに書いていたわけだけど、さて自分自身、ブラックな人間かホワイトな人間か、まだ判断しかねる。志としてはホワイトな人間であってほしいとは思うけれど。

 先日、健康診断で内視鏡検査をした。鼻の穴から胃カメラを入れられて、食道から胃にかけて調べ、私もまじまじと自分自身の内側を見る事になったわけだけど。自分の胃袋の内側を見て、改めて、よくもまあ毎日毎日、この肉色の器官の中に食料や飲み物を無造作に放り混んで来たなぁと思い知らされる。食べ物や飲み物を放り込めば、それらがいずれ血となり肉となり、体を動かすエネルギーになるのだから、人間の体(というか生命の体)というものは、恐ろしいほどの精妙なハイテクの極みだと思うし、そのハイテクの極みに対して、実に無造作な使い方をしているとも思う。

 自分自身の身体にとって、私は、ホワイトな主人なのだろうか。

 私は酒は飲まないけれど、飲酒をたしなむ人たちが「休肝日」を設けて自分の体を労るように、たまには胃腸を休ませてあげるような日を設けても良いんじゃないかなぁ、と、まじまじと自分の臓器の内側を見せつけられると、そんな事も考えてしまう。絶食療法とまではいかなくても、時々、消化に優しいものだけを食べる日を設定するとか。

 その食べ物は、熱くもなく冷たくもなく程よい常温で、消化吸収が良くて、激辛料理のような刺激は無く、脂っこくなく、腹八分よりもさらに少なく、腹五分とか三分くらいに留めた食事。自分の身体に対して、「いつもありがとう、今日はゆっくりしてくれ」そう語り掛けるような労りがあって初めて、その人はホワイトと言えるのではなかろうか。

 健康とは、どういう状態か。定義の仕方はいろいろあると思う。私なりの健康に対する定義は、「健康を維持するための補修をする余裕が十分にある状態」だと考えている。

 体は常に壊れ続けている。その壊れるスピードよりも修復するスピードの方が速ければ、一見、体はどこにも異常がない無事の状態を維持しているように見える。でもこれが、仕事が忙しすぎたり、休めない事情が重なって睡眠時間すらまともに取れなくなってくると、日々、壊れていく体を修復するスピードが追い付かなくなっていく。しばらくすると、体の内と外に、直そうにも直しきれなかった傷が目立ってくるようになる。体に出来た傷はふさがらなくなり、風邪をひくと容易には治らなくなる。

 ブラックとホワイトを分ける基準が、そこにあるのだろう。ブラックは、自ら傷を深くしていき、自然治癒や自浄作用を働かせる余裕もなく、自壊していく。ホワイトは、傷を修復する余裕がちゃんとある所だ。

 自分はブラックかホワイトか、そのことを考える時、まずは私自身の体に対して、私はホワイトな主人なのかを問う姿勢は、重要だと思うし、基本だと思う。