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逃げるは恥ではない――逃げてもいのちを守ること

2019.02.18 06:53

前回の投稿で「逃げるのは恥だ」と思っていた私自身の過去に触れました。

ここで、子どもに伝えたい1つのポイントを強調しておきたいと思います。

逃げるのは恥ずかしいことではありません。


いじめられたり、不登校になったり、何かに失敗したり。

そんなときに、私たちの社会ではよく「逃げるな」「がんばれ」「(向き合わないことは)恥ずかしいことだ」と言われることがあります。

性暴力の被害者が「逃げるな」「問題に向き合え」「もう一度、思い出して」と酷なことばをかけられる場面も数多くあります。またそれが悪いことに、善意の気持ちから、良かれと思って、そう言われることがあるのです。


でも、すべては生きてこそです。

生きるためなら、逃げてもいい。

むしろ生きるために逃げるべきです。


動物は、身を守るために、自分より強いと判断した相手からは逃げます。

それが自然の摂理です。

なのに、なぜ人間は、生きるために逃げると「逃げるな」と言われるのでしょう。


「恥ずかしい」――それは、社会的動物である人間ならではの感覚です。

他者の視点から自分を見つめるからこそ、そんなことばがでてきます。

でも、それは、その人の闘いではありません。当事者ではない人が「逃げるな」と言っているのです。

本人が「逃げたい」と思ったら、逃げていいのです。逃げるべきなのです。




性被害では特に、相手に抵抗できない、恐くて固まってしまう、ひと言も発せられない――そういうことがよく起こります。

そして、被害に遭ったことを思い出したくもない。思い出せば、フラッシュバックが起こり、過呼吸になったり気を失ったり。当時の恐怖や不快感で、心身がつぶれそうになる人もたくさんいます。


だから、逃げてはいけないのではなく、そのときは逃げましょう。自分の存在を守るために。

問題と向き合うのは、ゆっくり休養して、心身のエネルギーを取り戻して、「向き合いたい」と思える余裕ができてからで十分です。


性教育に限らず、子どもの教育に限らず、大人も逃げて良い。誰もが逃げる権利を持っています。

逃げた人を責めるべきではないし、そこに理解を示せる社会でありたい。

逃げても、向き合いたい、気づきを得たいと思えば、いつでもチャンスはあります。

遅すぎることはありません。
だから、逃げることを否定的に捉えず、尊厳を守るための必須の行為だと、尊重しましょう。
その相手への尊重は、必ず自身に返ってきます。尊敬し合う循環が社会関係を熟成させます。

いざというときには、逃げてもいい。大切な相手に、自分自身に、かけ続けたいことばです。