長谷川彰子(Vc)&入江一雄(p)リサイタル@第33回 直方谷尾美術館室内楽定期演奏会
直方(ノオガタ)谷尾美術館室内楽定期演奏会。。。前回のクァルテット・エクセルシオの演奏会に引き続いて2回目でしたが、本当に素晴らしかった!(注1)
前回が特別だったら?という一抹の不安を見事に吹き飛ばして余りある演奏会でした。
今回のリサイタルは「バロックから私たちの時代の楽曲で祝うベートーヴェン250歳~10夜のオマージュ2019-20年」(注2)という面白いタイトルをつけられたイベントの一環で、その第一夜。
プログラムはこの定期演奏会ならではのこだわりぶりですが、それだけでなく、実はすごく面白い縁に彩られたもの(注3)だったようです。
チェリストの長谷川彰子さんは九州交響楽団の首席チェロ奏者としてご活躍された後、昨年、新日本フィルハーモニー交響楽団にご移籍され、現在チェロ首席奏者(契約団員)という若手成長株のお一人。
そして、ピアニストの入江一雄さんはモスクワに留学されていたという経歴の持ち主ですが、あのMAROさん(NHK交響楽団第一コンサート・マスターの篠崎史紀さん)とよくご共演なさっておられることからも、その実力の程は折り紙付き。
まず一曲目はバッハの無伴奏チェロ組曲第3番。
バッハの無伴奏チェロと言えば、これまで多くのチェロの巨匠達が自身の節目となるタイミングで必ず取り上げてきた名曲中の名曲であり、難曲中の難曲。
長谷川さんはその伸びやかに歌う美音を武器に真摯に真正面から取り組まれましたが、恐らくこれからも節目節目で何度も挑んでいかれるはず。今回は第3番だけでしたが、全曲通して聴かせていただく日が楽しみになりました。
前半最後となる2曲目はベートーヴェンのピアノとチェロのためのソナタ第4番。
ここから演奏者による演奏前の解説があったのですが、その長谷川さんによれば、ベートーヴェンのチェロ・ソナタはチェロのオブリガード付ピアノ・ソナタ的な色の濃い前期(第1,2番)、ソナタ形式も確立し、完成度の高い中期(第3番)、形式から外れ、幅広い感情の発露の後期(第4,5番)に分けられるとのこと。
この曲からご参加された入江さんのピアノとの呼吸もぴったり。その掛け合い等も美しく、この感受性豊かな若い二人が表現したベートーヴェンの苦悩、怒り、喜び等に、改めてこの曲の面白さがわかった次第です。
そして後半1曲目は、ドビュッシーのチェロとピアノのためのソナタ。
ピエロが懸命に言い寄るものの、女性は冷たくあしらい続けるというストーリーを語られた後、「私はそんなことをしたことがないので、想像でしか弾けません」と笑いを取られた長谷川さん。
ピアノの印象的な出だしから細やかな情感を込められたそれぞれのフレーズの音色・歌いまわし、絶妙なチェロとピアノの掛け合い、鮮やかな場面転換。この曲、こうやって聴くと本当に面白い!
そして、あっという間に怒涛のフィナーレ。。。その見事な演奏ぶりに思わず「それが想像の産物ですか、本当に?」と勘繰りたくなりました。笑
ちなみに、下記のプログラムに載せられた解説は全て、この演奏会の主催者であるかんまーむじーく のおがた代表の渡辺伸治さんがご執筆なさっておられますが、この演奏会では演奏者も解説されるので、その解釈の相違も見所の一つです。
この日最後の曲は、シュニトケのチェロとピアノのためのソナタ第1番。
大学時代、友達が入江さんの伴奏で弾いた演奏を聴いたこの曲を今回渡辺さんの勧めもあり、弾きたくなったというコメントの後、解説を入江さんにポンと丸投げされた長谷川さん。。。こっそり思ったことですが、この方は小柄で芸能人と見紛うばかりの美人さんだけに、あの笑顔はズルい。笑
入江さんは苦笑されながらも、モスクワが自由の見出しにくい所であること等を語られた後、シュニトケにも血が通っていたことが3楽章から垣間見えるとその留学経験から重みのある解説ぶり。
ちなみに、今、シュニトケが眠る墓地には、リヒテル、オイストラフ、ロストロポーヴィチといった往年の名手に加え、あのエリツィン元大統領も埋葬されているとかで、何気なく笑いを誘っておられました。
出だしから最後まで気迫のこもったチェロのppとピアノの印象的な響きで引きつけられた第1楽章。打って変わって、その静寂を打ち破る野蛮な展開、所々訪れる効果的な静寂、目まぐるしく変わる音型と圧迫感に息をするのも忘れるぐらい引き込まれ、ピアノの叩きつけるような爆発、チェロの激しいピツィカート、ピアノの切なく上昇していく情緒不安定な旋律が打ち切られるようにして終わる第2楽章。鳥肌の立つ感動。
続け様に、チェロとピアノが同時に鳴らす物悲しい和音から始まる最終楽章。重苦しく切ない歌を奏で続けるチェロと繊細な音色・音量で応えるピアノが一体になって築き上げた緊張感、悲痛な音楽。この日いらっしゃった約130人のお客さんがその音楽に完全に引き込まれ、その静寂に会場が一体となる瞬間も。
フィナーレは強い緊張感を持続したまま静かにデクレッシェンドして終わるのですが、音が消えても拍手は起こらず、余韻が消えるまで静寂を保ち続ける理想的なお客さん。。。この静寂の10秒は味わいたくてもなかなか味わえない至福の時間。
ひとしきり拍手が一段落し、気持ちも落ち着いたところで、演奏者とお客さんに大きな声で、ブラヴォー!
この若手実力派お二人の演奏には十二分に魅せられましたが、アンコールのベートーヴェンの歌劇「魔笛」の主題による7つの変奏曲からの抜粋がまた素晴らしかった。あの軽やかな味わいはそう聴けるレベルのものではなく、後味も最高。
お二人の今後ますますのご活躍が楽しみですが。。。出来たら、この定期演奏会でまた聴きたいと願う次第ですので、よろしくお願いいたします。
(注1)直方谷尾美術館室内楽定期演奏会の何がそんなに素晴らしいのか?
①プログラムがスゴい!:今回は上述のとおりでしたが、こんな意欲的なプログラムの演奏会が昔、炭鉱で栄えたこの福岡の山間の町 北九州・直方で行われていること自体、驚き以外の何物でもありません。
②その結果、知らなかった名曲に出会える!:不勉強を恥じるだけですが、私はこれまで室内楽をちゃんと聴いてこなかったので、ようやく室内楽が名曲の宝庫であると気がつきました。新しい発見=この演奏会に来ることで、これからまた名曲に巡り会えるととてもありがたく思っています。
③予習しても馴染めない曲が理解出来る!:知らない曲は予習するに越したことはありませんが、予習しても理解出来ない時は諦めて、演奏会に身を委ねた方がいいみたいです。現代曲になればなる程、この傾向が強いように思いますが、やはり100回CDやYoutubeを聴くより、一度、生のいい演奏を聴く方が勝ります。
余談、かつ、またお恥ずかしい話で恐縮ですが、そんな時は演奏会後の復習がとても大切なようで、今回いくら予習しても耳に残らなかったドビュッシーとシュニトケ。これがその空気感・緊張感・雰囲気等を一度体験しただけで、再度聴き直したらちゃんと定着しました!苦笑
④会場がいい!:会場で使用しているのは、直方谷尾美術館の高い天井の大展示室ですが、残響も適度で、演奏者の近さも申し分なし。しかも、休憩時間中には展示中の美術品も見学出来、一石二鳥。
唯一の難点はトイレが少ないことですが、元々民家を改造した美術館なので仕方ありません。諦めて並びましょう。
⑤演奏者のプログラムに取り組む姿勢が違う!:「演奏者のやりたい曲をやってください」が、演奏者に依頼し、プログラムを決める際の渡辺さんの基本的な方針だとか。演奏者側もそんな依頼を受ける機会は通常ないので、最初の頃は「直方?どこ、それ?騙されているんじゃない?気をつけた方がいいよ?」と用心されていたとか。笑
最終的には、そこに渡辺さんのアイデア等も加わり、対話の中で決定されるそうですが、通常演奏する機会を得ないマイナーな曲やチャレンジしたかった曲を演奏会で取り上げられるこんなありがたい機会は滅多にない訳で、演奏者側の気合いも違ってくるというもの。
ちなみに、この定期演奏会の常設シリーズを持っているクァルテット・エクセルシオに対して一番最初にした依頼は「ベートーヴェンの後期四重奏曲をお願い出来ませんか?」だったそうですが、こんな依頼は集客が見込めないため、そうそうあり得ないそうです。
⑥曲目解説への注力ぶり!:これが後述するお客さんのレベルの高さにつながっていることは間違いないと思います。
A. パンプレットの曲目解説への気合の入り方がハンパない!:日経新聞の「アプローチ九州」という九州音楽展望の執筆者でもある渡辺さんが全身全霊の力を込めてご執筆されておられるこの解説。クラシックをほとんど聴かないお客さんに興味を持ってもらうために、日常の話も織り交ぜながら書かれた解説ですので、とてもわかりやすく面白い。
尚、その演奏曲目解説等は、直方谷尾美術館 室内楽定期演奏のFBや、HP「かんまーむじーくのおがた応援サイト」(注4)にアップされていますので、併せてご紹介まで。
B.演奏者による演奏前の曲目解説が楽しい!:演奏家が演奏する直前にその曲の解説することは時にありますが、この定期演奏会はサロン的で気さくでわかりやすい。しかも、お客さんとしても演奏者の声を直接聞くことで演奏者に親近感が湧くというメリット付き。
演奏者と客席の距離が近く、アットホームな会場の雰囲気の効用の一つではないかと思います。
⑦お客さんのレベルがともかく高い!:先日行われた竹澤恭子ヴァイオリン・リサイタルに来られていた別府しいきアルゲリッチハウスのお客さんのレベルの高さにも感心しましたが、あちらは恐らくほぼ全員がクラシック愛好家。
でも、この定期演奏会のお客さんに普段クラシックを聴かれる方がどれだけいらっしゃるのか。。。でもだからこそ、感動的な演奏会をちゃんと共有出来た前回は驚きましたし、今回は更に驚愕。
最後のシュニトケはチェロ・リサイタルではよく演奏される曲だそうですが、クラシック愛好家でも室内楽に興味がなければ知らない曲。そんなレアな現代曲を演奏者と共に緊張感を持って聴き切り、感動を共有された上、至福の余韻までちゃんと味わい尽くすお客さん。
このレベルの高さは、室内定期演奏会を33回積み上げてくる中で少しずつ培われてきたものだと思いますが、その空間を共有させていただき、更には後日、そのアンケートに書かれた感想を読ませていただき、心から感動させられました。
そして今回、最後の最後に想像もしていなかった感激が。。。それは、多くのお客さんが椅子等の片づけをされておられたこと!
この定期演奏会がボランティアで成り立っていることをご理解されてのこととは言え、何のお願いのアナウンスもないにも関わらず、こんなに多くの方々が自主的にお手伝いされるなんて、これはどうやっても通常見ることが出来ない光景。
今回も写真を撮ってアップしたかったのですが、身体は椅子のバケツ・リレーの一員として機能していましたので、残念ながら断念。次回は途中で写真を撮る機会を作りたいと思いますが、さて、うまくいきますかどうか。笑
いずれにしても、このお客さんこそがこの定期演奏会の真の宝物。
ということで今回、全てをひっくるめて、素晴らしい演奏会だと感じ入った次第です。
(注2)バロックから私たちの時代の楽曲で祝うベートーヴェン250歳~10夜のオマージュ2019-20年」:来年はベートーヴェンの生誕250年に当たる年で、先日聴きに行った私の大好きなフィルハーモニア福岡さんもベートーヴェン交響曲チクルスを始める等、クラシック界はベートーヴェン・フィーバーの様相。
そんな中、一足先に始まったこの定期演奏会のベートーヴェン対応プログラムですが、その「ベートーヴェン250歳」とちょっと捻ってつけられたタイトルが大好評で、チラシの出方が例年の6倍以上と嬉しい悲鳴を上げておられた渡辺さん。
ベートーヴェンだけでなく、「バロックから私たちの時代の楽曲で祝う」というタイトルどおり、その周辺の曲も織り交ぜながらのプログラム。残り全9夜。楽しみにしています!
<次回のベートーヴェン250歳「第2夜」>
2019年3月17日(日)17時開演 第34回直方谷尾美術館室内楽定期演奏会
「九州の音楽家シリーズ8」田中香織クラリネット・リサイタル
ベートーヴェン ピアノ三重奏曲第4番、ブラームス クラリネット三重奏曲他
(注3)面白い縁に彩られたこのプログラム:長文ですが、今回の楽器・曲目にまつわる不思議な縁について、詳しく書かれてあります。
とても興味深い話ですので、是非、こちらをご覧ください。
写真・プログラムの転載をお許しいただきました渡辺さんに感謝申し上げると共に、この定期演奏会の今後ますますのご発展を祈念いたしております。
(注4)この演奏会でこの会の素晴らしさに完全にノックアウトされた私は「何か支援出来ることはないか?」と考え、その結果、渡辺さんにお許しをいただき、下記HPを立ち上げてしまいました。もしよろしければ、こちらもご覧くださいませ。
直方谷尾美術館 室内楽定期演奏会:第32回クァルテット・エクセルシオ