鬼平犯科帳 13巻 竹内流捕手術
池波正太郎著、鬼平犯科帳13巻「夜針の音松」に竹内流捕手術の名手として松永弥四郎という同心が登場し手柄をあげる。松永弥四郎は盗みに備えて潜んでいた兇盗「夜針の音松」とその情婦のおきねを捕獲する。弥四郎は「竹内流の捕手術」の名人で、その縄さばきは平蔵も感服するほどとの記述があるのだが・・・。
この捕り物劇のシーンの前段で、弥四郎は、僧侶に変装して身重の我が妻を野天で襲い、その奇妙な性癖を長谷川平蔵の息子(辰蔵)にたしなめられるという個性的なキャラクターとして登場する(架空の人物か実在の人物か定かではない)。
もっとも、その後、何話にもわたってこの犯科帳に登場し、子が産まれた後は、奇妙な癖も直るという筋書きが展開される。24巻の「特別長編 誘拐 相川の虎次郎」においては、若い頃の癖も直り、平蔵が信頼する腹心の部下と言う人物評になる。
以下、当該箇所を抄録。
(前略)
(気づいたな)
松永同心の胸はさわいだ。
尾行の名手だけに、こうしたときの勘ばたらきは、するどかった。
松永は、ここに至って、
(引っ捕えてくれよう)
決意が変ったのである。
息詰まるような一瞬が過ぎて、突然、虎次郎が走り出した。
虎次郎の右手に、短刀が光っていた。
二人の躰が打ち当たり、虎次郎は、松永を突き退けるようにして、神谷町の通りへ出ようとした。
このとき、すでに、虎次郎の右手には、早くも松永の捕縄が絡みついている。
松永は、竹内流(たけのうちりゅう)・捕手術(とりてじゅつ)の名手でもあって、その腕前は、盗賊改方のだれもがみとめているほどだ。
「神妙にしろ。盗賊改めだ」
はじめて、松永は声をかけ、ぐいと捕縄を引いた。
よろめいた虎次郎が、無言のまま、左手に持ち替えた短刀で、捕縄を切ろうとした。松永は、ぱっと飛び退って、捕縄を大きく振った。
虎次郎の短刀は空間を切り裂き、同時に走り寄った松永が、素早く捕縄をさばいて、これを虎次郎の頸へ掛けた。
「畜生!!」
虎次郎が叫んだ。
松永の躰が、毬のように飛んだ。
「あっ・・・」
頸から右腕へ捕縄が絡みつき、短刀が落ちた。
こうなれば、松永弥四郎の、おもうままであった。
「あっ・・・」
おもわず悲鳴をあげた虎次郎の腰を、松永が強く蹴った。
倒れた虎次郎へ飛びかかった松永は、たちまちに、両手両足を縛りつけてしまった。
(中略)
松永弥四郎は牢屋へもどり、自分が拷問してあたえた虎次郎の傷の手当てをしてやった。これには、強情な虎次郎も、びっくりしたらしい。
「旦那は、凄いお人ですね」
虎次郎は、はじめて口をきいた。
「何が凄い?」
「捕縄がうまい。おそれいりました。あんなのは、はじめてでしたよ」
「盗賊にほめられるようになっては、おれもおしまいだよ」
若いころは、奇妙な癖があった松永も、いまは、平蔵が信頼する同心のひとりになって、たのもしさが面がまえに、はっきりと出ている。
(後略)