それでも生きてきた
ふと浮かんだ言葉から自由連想的に書き始めてみる。
それでも生きてきた。
心理職って社会の中で一体どういう存在なのか、
患者から見たらカウンセラーとはどのような人間なのか。
そんなことを時々考えながら過ごす。
自分が心理職、そしてカウンセラーでありながら明確に自らの立場を定義できているわけではなく、そのことに少し後ろめたさもある。
専門家 は英語でprofessionalと言う。
professionとはもともと、公に宣言するという意味だという。
つまり心の専門家である以上は公に対して私は心を扱う職業人であると言えなければならないのだろう。
さて果たして出来ているんだろうか。
もしかしたら出来ていないかもしれない。いいやそれなりに出来ているはずだ。いや…と揺れ動きながら、
それでも心理職として働いてきて、これからもこの楽しい地獄に居続けるつもりなのだ。
さらにパーソナルなことを掘り下げるとすると、なぜ私は心理職になったのだろうか。私という一人の人間の人生の話。
18歳の自分は臨床心理士なんて聞いたこともなかった。後から卒業アルバムを見てはじめて自分の学校にもスクールカウンセラーがちゃんといたことを知った。
だから今の私が当時の自分に会いに行って君は将来カウンセラーになるんだよと言ってもピンとこないのだろう。
しかし21歳の自分に言ったら少しはピンとくるのかもしれない。
病んでいたからである。
病んでいた?過去の自分を正しく診断することなどできないけれど、少なくとも厭世的で絶望的で悲哀的で。そして無気力に陥っていた。
その無気力に打ち勝ってとりあえずでも理系大学を出ていれば、今頃割と良い給料をもらっていたのかもしれない。
そう思う日が全くないと言うと嘘になる。
でもすぐにそんなパラレルワールドの空想はかき消される。
それくらい今の自分に与えられた環境に納得しているのだと思う。簡潔に言えば、遠回りしなければ出会えなかった人々がいるということ、その事実だけで容易に履歴書のブランクには目をつぶれるようになった。
そうだ私は病んでいたんだった。
というか今でも悩んではいる。
生活を脅かすような症状がないだけで、
なんだか年齢相応な悩み事があったり、
子どもがいることの幸福と責任からの圧力を人並みに感じていて、ちゃんと日常に疲れてはいる。
でもこの疲れがなんだか自分にとっては嫌なものではないようなのだ。
自分の人生の課題を見つけたような気がして。あるいは、なんだかフツーのヒトと同じになれたような気がして。
それは病んでいた頃、つまりは心理職を目指す前の頃の自分とは異なっている。
フツーになれないことに苦しんでいたし、孤独感に押しつぶされそうで、ごまかすようにお笑いやドラマを観て現実から逃げていた。
自分以外の社会人が皆立派に見えて、同時に自分がずっと高校と日本社会の狭間に取り残されているように感じていた。
結局臨床心理士という資格を知って勢いで他大学に入学し直したが、
そこでの在学中にも慢性的に不安はあったと思う。果たして自分は社会人になれるのかと。
自分が抱えていた社会への恐怖とまだモラトリアムが欲しい甘えの両方が、当時作った箱庭作品によく表れていると思う。
その4年後に一度。さらにその6年後に一度。私は箱庭作品を人生で三回作った。
それぞれの作品に当時の自分の世界観が反映されていると思う。
そして…自分では、2作目、3作目と、「穏やか」になっているように見える。
アイデンティティの変化の話なのだと思う。
病んだからこそ心理に関心を持ったという直線的な物語も成立する。
いやそういう院生さん正直なところ多いでしょう?
健康度の高い若者が、人の悩みとか支援について果たして真剣に考えて、貴重な時間と金を捧げて学問として選んでくるだろうか。
病んだことのある臨床家が先人にいることを知ると安心する人もいるのではないか。
だから病んだことがあることは悪いことではなくて、むしろ心に関心を持ったのであれば自然なことであると。
一方で大事なのはある程度“黒歴史”を過去のこととして消化できていることではないかとも思う。いいや違うのかな?難しいな。
現在進行系で視野狭窄で現実検討できないレベルまで病んでいたら、人を支援する余裕なんてないはずだとも思わざるを得ない。もしかしたら害のある支援だってあり得る。
しかし病んでいた自分から変化してきたんだという確信、少なくとも自分は変化できたという体験からくる世界観の拡がり、または症状があったとしてもそれも自分のアイデンティティとして統合されていくことの面白さ、新たに生まれ変わることの意義(creative illnessという言葉があるように)…。
そのあたりのことを心理職が、心理職として生きていくなかで意識していることが結構大切なのではないだろうかと思っていて、(だって心理療法はクライエントの変化を願うことでもある)
そのためにはいつか教育分析が必要なのではないかと焦ったときもあった。
ただ教育分析が全てではないので、
あらゆる臨床経験や私としての人生を通して少しずつ整理できたらいいかとも思っている。
今思うと、当時は病んだままこの道に一歩を踏みいれたなと思う。その道の先にどんな猛獣や罠があるかも知らずに。
今のところ見晴らしはよくなったが、処理されてない地雷がこの先に埋まっていて、うっかり踏んでしまうときが来ることもなんとなく分かっている。
これから心理職を目指す人で、
病んでいる自分がこの道に進んでもいいのかと悩んでる人。きっといると思うのだけど。
国家資格化で学生側も考えなければならないことが増えて忙しくなって大変だろうし、資格取得見込みで就活しなきゃいけないことも辛いのではないかな。
それでもせっかくここまで来たなら現場に出て自分を試してみてほしいなと思う。小手先のテクニックではどうにもならなくて結局は人間力を使う泥臭い仕事だったりするのだけど、そしてその中で傷ついたりもするだろうけど、
続けていれば自分がその道に来た意味が立ち現れるかもしれない。
それは別に、他の職種でもなんでもそうか。
病んでいた自分がそのまま目指してきた領域に挑戦すること、そのことから新しい自分が発見されること。そうすると付随的に病みは消えていってくれるかもしれないけど、
病んでいた時間は無駄じゃないので。
そう、18歳の悩んでいなかった自分もどこか空虚感があっただろうし、
21歳の悩めなかった自分も本当は消えていなくなりたかったし、
30代になって悩んでいる自分もそれなりにきつい、きついよ。
でもそれでも生きてきた。
生きていれば大切な出会いと縁があって予想もしなかった未来が来るはず。
私はそう思う。
心理職は一体どういう存在なのかという大きな命題から書き始めたのだった。
簡単には答えは出ないのだけれど、
心理臨床とはやはり個の物語が水面から顔を出したり沈んだりしながら、誰かがうまいこと言葉にして、これからも語り継がれていく面白い営みなのであろう。
だからまずは自分という個の物語を、よきタイミングで振り返ること。
生き延びること、そして乗り越えること。
そこから出発しよう。
皆さんの個の物語に会えることを楽しいと思えるうちに、
私は明日も働く。
みんなも、それでも生きてきたんでしょう。