2025年 10月12日
篠原全体を会場にしたイベント「ぐるっとお散歩篠原展」が始まっている。当初は、日本の南海上を東へと台風が通過していく影響で雨は避けられないと予想していたけれど、初日の今日は、曇りはしたけれど雨にはならなかった。むしろ、一日中曇り空で、時折日が差す程度の天気だと、暑からず寒からず、心地いい秋風がそよぐ理想的なイベント日和だったと思う。明日もそんな天気が続けばいいけれど。
前回の日記で、自動運転の出来る自動車の普及した未来について、少し想像した事を書いた。藤野でも、路線バスの廃止が進められている。乗客の数が少ないと言うのもあるが、大きな理由の一つに、バスの運転手がいない、という問題があるらしい。これは全国的な問題で、運転手のなり手がいないせいで、あちこちのバスやタクシーの現場から、路線の縮小やタクシーの台数の削減が進行している。
そんな状況が更に進めば、車の自動運転に対する期待も集まって来るだろう。運転手のいない車が道路を走り回るという光景に、人々が受け入れてくれるかと言う問題もあるけれど、私の考えだと、もうこれはやるかやらないか、という問題ではなく、どのように混乱もなく導入できるか、という問題になりつつあると思う。
大都会の混雑した道路だと、まだ心配も大きいだろうが、そもそも交通量の少ない田舎道からなら、出発点としては向いている。
前回の日記では、車の自動運転による公共交通機関を普及させるのなら、それはバスの形ではなく、タクシーのような小型車の方が良いと書いた。やはりバスというのは、一度に大量の人々が、同じ時間に、同じ所に向かうのに向いている乗り物だけど、人口の少ない山間地では現実的ではない。
想像を膨らませて、未来の山間地の公共交通機関を考えてみると、無人の自動運転の小型車が、地域の各所で準備をして人からの依頼を待っている。依頼が入ると、その依頼者から一番近い所にある車が、その人の所へと走っていき、その人を乗せて目的地に向かう。
その際に、他者から似たような方向の目的地への依頼があったら、相乗りも考えられる。たぶん、最初の乗客に対して、相乗りの許可を求めるかもしれない。許可が下りたら相乗りを実行し、その分、料金が安くなるとかの見返りもあるし、相乗りの拒否もできる。
そんな無人のタクシーは、常に人工知能で情報を蓄積して、この地域にはどのような需要があるのか、何曜日の何時頃には、どこからどこへ行く客が多いのか少ないのかという知識が溜まってきて、その知識に基づいて、より効率的な運用を選択するようになる。
イベントとか、お祭りのある日とか、外からのお客が多いと予測される日には、応援の車を周辺地域から求めて参集させる事もあるだろう。
人々の暮らしと、人工知能によって動かされる車が有機的に絡み合うように、地域の足は確保されるのではないか。
そんな時代が来るのはいつ頃だろう。5年後となるとまだ難しいかもしれない。でも、10年後とかになると、だいぶありうる話になるんじゃないかな。自治体によっては、そのような公共交通機関を研究している自動車メーカーに対して、ぜひうちの町を使って実験してくれ、と名乗り出す所もあるかもしれない。おそらく、最初の実験地となるのは、離島なんじゃなかろうか。離島だったら走っている車の数も種類も限定的だし、最初の実験地としてはハードルが一番低いと思う。山間地はその次かな。
自動運転のタクシーが当たり前のように走る未来は、既に車は内燃機関ではなく電気自動車になっているだろう。車がお客を待っている間、車の待機所で充電をしていると思う。なんかそんな想像をしていると、未来のタクシーが、家庭用の掃除ロボットのように思えてきた。あれも、人工知能が部屋の大きさとか形を調べながら掃除をして、ご溜まったゴミは掃除ロボットの待機所で自動的に捨てて、そこでは充電もする。考えてみれば、掃除ロボットの発展した姿が、未来の公共交通機関になるのかもしれないな。
ちょっと脱線すると、そこまで自動運転の車が発展するのなら、山間地の草刈りも自動運転の車でやってくれないかなぁ。
未来の山間地の光景は、そういった自動運転のロボットが、静かに動き回って、地域の足や景観を維持する役割の担うのだろうか。
そんな光景を、生きている内に見てみたいものだ、なんて思うけれど、たぶん、それぞれの企業が蓄積している技術を総動員して使ってみれば、いつでも実現できるレベルまで既に来ていると思うけどな。
まずは、そんな未来の光景を先取りした実験地を、作って欲しいと思った。