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《 地底の月》 ――青銅のセレナイト――

2025.11.03 12:00

《地底の月》 ――青銅のセレナイト―― 


風が止み、世界が息をひそめた。

 空を覆う雲の下で、旅人は二つの光に出会った。

 ひとつは、夜の底に静かに瞬く黒の光。 もうひとつは、朝露のようにやさしく灯る紅の光。 

それは――トルマリンの精霊だった。 


 黒の精霊が言った。 

「この大地の奥深くに、光を閉じ込めたまま眠る者がいる。  あの光が解かれねば、この世界の均衡は戻らぬ。」 

紅の精霊は微笑んだ。 

「でも、誰もその洞へは近づけない。  闇が深く、恐れの声が耳を塞ぐから。  ……あなたなら行ける。  あなたの中にも、まだ眠る光があるもの。」


 旅人は頷いた。

 その瞬間、遠い地の底から呼吸のような響きが聞こえた。

 ――呼んでいる?。 


 足を踏み出すと、警告の風が頬を掠めた。 

「おやめなさい、そこは戻れない場所。」

 「その闇は、人に照らすことは難しい。」

 声がいくつも重なった。

 けれど旅人は、胸の奥で微かに震える光を信じ、その声を振り切った。 

 そして、地底の入り口へと降りていった。

 岩肌は冷たく、 空気は静寂の音を帯びていた。

 やがて、目の前に広がったのは、光のない空間。 そこは、まるで水のない海の底だった。 

洞窟の空気は飽和し、壁面から絶えず水滴が生まれては落ちていく。 

その湿度は、光を閉ざすほどに濃く、 結晶たちの中に眠る“水”さえ、静かに揺らいでいるようだった。 

 しかし、その奥に――わずかに揺れる白い輝きがあった。 旅人が足を止めると、 岩の隙間から透きとおる白い光がのぞいていた。 それは――セレナイト。

 けれどその輝きは、どこか脆かった。

 彼女(精霊)は、結晶の中に“水”を宿したまま、幾千年のあいだ湿り気に満たされた地底で、 少しずつその力を削がれていたのだ。


 旅人は近づいた。

 壁に埋もれた透明な結晶が、心臓の鼓動のように、ゆっくりと明滅していた。


 声がした。 

洞そのものが語っているような、ひんやりとした澄んだ響き。 

 「長い間、光を封じられたまま夢を見ていた。 この湿りの底で、溶けてしまいそうだったわ。 けれど、あなたの足音で、ようやく目覚めたところなのです。」 

セレナイトは少し笑って見せた。 


旅人はその光を見つめながら、そっと手を差し出した。

 「君を、月の下へ連れ出すよ。  月の光があなたを癒すのなら――外の風に触れさせたい。」

 セレナイトは目を細めるように輝いた。 

「……月。あの光を、まだ覚えているわ。」 声が震えた。

 「でも私は、この地底に結ばれている。  

私の結晶は“水”とともにできたの。  外の風に触れれば、私は砕けてしまうかもしれない。」

 

旅人は小さく頷き、 胸の奥から、小さな光を取り出した。

 それは、青く澄んだ星のかけら。

 掌の中で淡く脈を打ち、まるで心臓の鼓動を写したように震えている。

「エリオンから授かった宙の記憶。どういうわけか、このかけらで命を包むことができるんだ。」

 

 セレナイトの瞳がわずかに見開かれる。 

その光は、洞窟の闇をやさしく照らしながら、結晶の奥に溶け込むように揺れていた。

 「これなら、あなたを壊すことなく連れ出せる。」

 旅人は囁き、星のかけらを結晶にかざした。

 青い光が静かに広がる。

それは水面に浮かぶ月のように、穏やかで、深く、どこまでも透明だった。


 セレナイトの結晶が共鳴するように震え、洞窟の湿った空気が清らかに変わっていく。

 「懐かしい……この光は、宙の記憶そのもの。」

 セレナイトの声は、涙のように澄んでいた。


 「では、月の下へ行きましょう。 私はあなたの青に包まれて、もう一度、空を見たい。」

 旅人の胸元で、青の星が一際輝きを増す。 

それは、夜空と地底がひとつに重なる合図だった。


 洞窟の壁に刻まれた水のしずくが、光を帯びて星のように輝く。 

そして、旅人とセレナイトの姿は、ゆっくりと淡い蒼光に包まれていった。  






セレナイト(Selenite)は、 

「月の女神セレーネ(Selene)」の名を受け継いだ、 内なる光と再生を象徴する鉱物です。 

 その透明で繊細な結晶は、 “純粋であること”の脆さと、 そこに宿る静かな強さを教えてくれます。

 セレナイトは高次のチャクラ―― 

とくにクラウンチャクラや第三の眼に響き、 余分な思考や不安を手放し、 澄んだ意識へと導くと言われています。 

 また、空間や身体に滞ったエネルギーを浄化し、 心を安らぎと静けさで満たす石としても知られています。 その光は、穢れを祓うというよりも、 “すべてをやさしく包み、調和させる”波動を持っているとか。 


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