《 地底の月》 ――青銅のセレナイト――
《地底の月》 ――青銅のセレナイト――
風が止み、世界が息をひそめた。
空を覆う雲の下で、旅人は二つの光に出会った。
ひとつは、夜の底に静かに瞬く黒の光。 もうひとつは、朝露のようにやさしく灯る紅の光。
それは――トルマリンの精霊だった。
黒の精霊が言った。
「この大地の奥深くに、光を閉じ込めたまま眠る者がいる。 あの光が解かれねば、この世界の均衡は戻らぬ。」
紅の精霊は微笑んだ。
「でも、誰もその洞へは近づけない。 闇が深く、恐れの声が耳を塞ぐから。 ……あなたなら行ける。 あなたの中にも、まだ眠る光があるもの。」
旅人は頷いた。
その瞬間、遠い地の底から呼吸のような響きが聞こえた。
――呼んでいる?。
足を踏み出すと、警告の風が頬を掠めた。
「おやめなさい、そこは戻れない場所。」
「その闇は、人に照らすことは難しい。」
声がいくつも重なった。
けれど旅人は、胸の奥で微かに震える光を信じ、その声を振り切った。
そして、地底の入り口へと降りていった。
岩肌は冷たく、 空気は静寂の音を帯びていた。
やがて、目の前に広がったのは、光のない空間。 そこは、まるで水のない海の底だった。
洞窟の空気は飽和し、壁面から絶えず水滴が生まれては落ちていく。
その湿度は、光を閉ざすほどに濃く、 結晶たちの中に眠る“水”さえ、静かに揺らいでいるようだった。
しかし、その奥に――わずかに揺れる白い輝きがあった。 旅人が足を止めると、 岩の隙間から透きとおる白い光がのぞいていた。 それは――セレナイト。
けれどその輝きは、どこか脆かった。
彼女(精霊)は、結晶の中に“水”を宿したまま、幾千年のあいだ湿り気に満たされた地底で、 少しずつその力を削がれていたのだ。
旅人は近づいた。
壁に埋もれた透明な結晶が、心臓の鼓動のように、ゆっくりと明滅していた。
声がした。
洞そのものが語っているような、ひんやりとした澄んだ響き。
「長い間、光を封じられたまま夢を見ていた。 この湿りの底で、溶けてしまいそうだったわ。 けれど、あなたの足音で、ようやく目覚めたところなのです。」
セレナイトは少し笑って見せた。
旅人はその光を見つめながら、そっと手を差し出した。
「君を、月の下へ連れ出すよ。 月の光があなたを癒すのなら――外の風に触れさせたい。」
セレナイトは目を細めるように輝いた。
「……月。あの光を、まだ覚えているわ。」 声が震えた。
「でも私は、この地底に結ばれている。
私の結晶は“水”とともにできたの。 外の風に触れれば、私は砕けてしまうかもしれない。」
旅人は小さく頷き、 胸の奥から、小さな光を取り出した。
それは、青く澄んだ星のかけら。
掌の中で淡く脈を打ち、まるで心臓の鼓動を写したように震えている。
「エリオンから授かった宙の記憶。どういうわけか、このかけらで命を包むことができるんだ。」
セレナイトの瞳がわずかに見開かれる。
その光は、洞窟の闇をやさしく照らしながら、結晶の奥に溶け込むように揺れていた。
「これなら、あなたを壊すことなく連れ出せる。」
旅人は囁き、星のかけらを結晶にかざした。
青い光が静かに広がる。
それは水面に浮かぶ月のように、穏やかで、深く、どこまでも透明だった。
セレナイトの結晶が共鳴するように震え、洞窟の湿った空気が清らかに変わっていく。
「懐かしい……この光は、宙の記憶そのもの。」
セレナイトの声は、涙のように澄んでいた。
「では、月の下へ行きましょう。 私はあなたの青に包まれて、もう一度、空を見たい。」
旅人の胸元で、青の星が一際輝きを増す。
それは、夜空と地底がひとつに重なる合図だった。
洞窟の壁に刻まれた水のしずくが、光を帯びて星のように輝く。
そして、旅人とセレナイトの姿は、ゆっくりと淡い蒼光に包まれていった。
セレナイト(Selenite)は、
「月の女神セレーネ(Selene)」の名を受け継いだ、 内なる光と再生を象徴する鉱物です。
その透明で繊細な結晶は、 “純粋であること”の脆さと、 そこに宿る静かな強さを教えてくれます。
セレナイトは高次のチャクラ――
とくにクラウンチャクラや第三の眼に響き、 余分な思考や不安を手放し、 澄んだ意識へと導くと言われています。
また、空間や身体に滞ったエネルギーを浄化し、 心を安らぎと静けさで満たす石としても知られています。 その光は、穢れを祓うというよりも、 “すべてをやさしく包み、調和させる”波動を持っているとか。