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只見町「高積山」登山 2025年 晩秋

2025.11.16 11:16

私選“只見線百山”候補の検証登山。今年最後となる山は、JR只見線・田子倉トンネルの北に位置する「高積山」(1,015.4m)。輪行した自転車で只見駅から登山口に移動し、無給電中継装置(反射板)が立つ山頂を目指した。

 

「高積山」(たかつむりやま)は只見町役場の南西約4.5㎞にあり、只見ダム湖と「浅草岳」を結ぶ直線の、ちょうど中間あたりに位置している三等三角点峰だ。*下図出処:国土交通省 国土地理院「地理院地図」URL: https://maps.gsi.go.jp/


「日本山名事典 」によると、全国に“高積山”は他1座あり、和歌山県に“たかつやま”と読む237mの山だけとなっている。

たかつむりやま 高積山 (高)1016m
福島県南会津郡只見町。只見線田子倉駅の北東2km。
*出処:「日本山名事典 <改訂版>」(三省堂、p613)  *田子倉駅は2013年に廃止

 

「高積山」は“登山道無し”の山となっているが、山頂に電源開発㈱の発電所間の通信設備(無給電中継装置:反射板)が置かれているため巡視路(点検路)が開かれていて、GoogleMaps®を見ると西から東に向けて山頂尾根に“道”らしき線が確認できる。

一昨年(2023年秋)、「高積山」に登ろうと思い、この巡視路の確認をしようと電源開発社の田子倉電力所に連絡した。すると『たしかに巡視路はある。国有林なので入山するなとは言えないが、(この巡視路に至る)“道”は未整備で相当荒れているため危険なので勧められない』『ただし、再来(2025)年度から結ばれる(国有林の借用)契約を機に、“道”を整備する予定はある』との事だった。

そこで、今年「高積山」に登る計画を立てた。そして、世の中を騒がせ続けているクマとの遭遇の可能性や、“道”の整備状況が不明ということを考慮し、藪が薄くなり見通しが良くなる紅葉終盤の11月を選んだ。


今回の山行予定は以下の通り。

・前日に、只見線の列車にのって只見町入りし宿泊

・宿から輪行してきた自転車で、「浅草岳」田子倉口に移動

・「浅草岳」田子倉口を発着点に「高積山」登山を開始

・登山終了後は、只見線の列車に乗って帰途に就く


今日の天気予報は晴れ。山深い「高積山」近辺は紅葉の最終盤だが、周囲に山々が冠雪していることもあるので、クマとの遭遇回避を最優先に、晩秋・初頭の景色を楽しみに山行に臨んだ。

*参考:

・福島県 :只見線管理事務所(会津若松駅構内)

・東日本旅客鉄道株式会社 仙台支社:「只見線全線運転再開について」(PDF)(2022年5月18日)

・福島県:平成31年度 包括外部監査報告書「復興事業に係る事務の執行について」(PDF)(令和2年3月) p140 生活環境部 生活交通課 只見線利活用プロジェクト推進事業

・拙著:「次はいつ乗る?只見線」カテゴリ -私選“只見線百山”候補の山行記- / -只見線の秋-

 

 


 

 

昨日、勤務を終えて、磐越西線・会津若松行きの列車に輪行バッグを抱えて乗車。

猪苗代を過ぎると、日本百名山「磐梯山」(1,816.0m、会津百名山18座)が、青空の下で美しい山容を見せていた。

 

会津若松に到着すると、改札脇には“若べこ”と“松べこ”が、落ち葉が敷かれた「べこ牧場」に仲良く並んでいた。

一旦改札を抜け、駅付近で地酒と夕食などを調達し、駅に戻った。只見線の4-5番線ホームに向かう跨線橋からは、「磐梯山」が西陽を受けていた。

そして、北西に目を向けると、薄い茜色の層に山頂が雪に覆われた「飯豊山」(2,105.0m、同3座)を主峰とする“飯豊連峰”が浮かんでいた。*参考:拙著「喜多方市「飯豊山」登山 2025年 紅葉」(2025年10月18日)

 

ホームに下りて待っていると、16時30分頃、列車が入線した。キハ110の2両編成だった。

 

後部車両に乗り込み、陽がだいぶ落ち、西部山地の上空が染まっていただので、下車して連絡橋に上って眺めた。雲は出ていたが西部山地最高峰「明神ヶ岳」(1,073.9m、同61座)の鋭角と、その左側にゆったりとした山容の「博士山」(1,481.7m、同33座)の山影が見られた。

 

17:00、小出行きの最終列車が会津若松を出発。今回の切符は、1泊2日の旅ということで、郡山~会津若松間で「Wきっぷ」を使い、別途会津若松~只見間を購入した。

土日休日の日帰り旅ならばお得な「小さな旅ホリデー・パス」(2720円)を使えるが、1泊2日になると一気に運賃が上昇する。福島県民の只見線利用を促すためにも、「只見線利活用」を進める福島県には、1泊2日有効の“只見線ホリーパス”をJR東日本の協力を得て設定して欲しいと、改めて思った。

 

外の暗闇は、列車が進むごとに増した。キハ110の車窓は透明度が低いためか車内の光が透過せず鏡となり、外の街灯りさえもぼんやりと眺めることが困難だった。

 

列車は暗闇の中を快調に進み、会津高田会津坂下などで高校生を中心に降ろし、会津柳津を出ると、後部車両は私1人になってしまい、先頭も客2人だった。

 

列車の走行音や、レールの継ぎ目を通過する音だけが響く車内で晩酌をした。会津若松駅近くの渡辺宗太郎商店「會津酒楽館」で手に入れた宮泉銘醸㈱「寫楽 純米酒」。

「寫楽」は居酒屋で何度か呑んだことはあるが、酒屋で購入したのは初めてだった。

呑む。

上品な香りとまろやかなのど越し、そして純米酒に期待していたさっぱり感を味わえた、洗練された日本酒だと再確認した。日本酒が苦手な方でも美味しく飲める、人気の高い日本酒であることを納得しながら、チビチビと呑んだ。

 

18:50、会津川口に停車。小出発・会津若松行きの最終列車と交換を行った。

 

19:52、会津川口を出発後、上下分離方式で福島県所有区間(会津川口~只見 27.6km)を駆けた列車が只見に停車。輪行バッグを抱え、ホームに下りた。

駅舎に向かう長い連絡道を進み、駅頭に出ると、“只見線全線運転再開カウントボード”は1141(日)を表示していた。

 

駅頭で、輪行バッグから取り出した自転車を組み立て、宿に向かった。途中、国道252号線沿いの「松屋」で買い物をして、10分ほどで民宿「松屋」に到着。2017年6月の「浅草岳」山開き登山以来、約8年半ぶりに泊まることになった。

受付を済ませ、部屋の鍵を受け取り2階へ。部屋は、なんと前回と同じだった。

荷物を置いて、準備をして1階にある浴室に向かった。ここは“ゆの宿”を掲げていることもあって、浴室と浴槽は広く、快適に湯あみできた。


 


 

 

今朝、女将から朝食となる弁当を受け取り、6時40分頃に自転車に跨り宿を出発した。

国道252号線を、小出方面に向かって、自転車をひたすら漕ぎ続けた。

 

6:58、只見ダム湖を通過。湖面は見通せたが、その先にある田子倉ダムは霧に覆われまったく見えなかった

 

7:06、電源開発㈱田子倉発電所への分岐を通過に、右に大きく曲がり...、

本格的な登坂に入った。平場を通る道ではなく、片側切り立ち・片側切れ落ちという場所が続いたのでクマの存在はあまりに気ならなかったが、念のため電子ホイッスルを鳴らしながら進んだ。

かなり上り進み、田子倉ダムが見えるはずの場所に立つが、霧に閉ざされ何も見えなかった。

 

7:23、田子倉トンネルを抜け、少し進むと田子倉ダムに到着。展望所に行くが、ダム湖は濃い霧に覆われ、まったく見えなかった。

田子倉ダムには、観光周遊バス「自然首都・只見」号が運行されていて「田子倉展望台」というバス停が置かれていた。そして、その先には“熊出没注意”の看板が立てられていた。*参考:只見線ポータルサイト「只見線観光には2次交通も併せてご利用ください!~只見線・バス・車で奥会津を周遊~

少し歩いて、ダムの堤体を見た。天端が途中から濃霧に隠れ、右には約5億トンもの水が貯められるダム湖が広がり、左は145m(堤高)もの落差がある絶壁と知っているので、幻想的というより怖さを感じた。

 

田子倉ダムを後にして国道252号線に戻り、ダム建設による水没集落の鎮守で、移遷された若宮八幡神社に参拝して登山の安全、特に『熊に遭遇しませんように!』とお願いした。

参拝を終え、濃霧に包まれた国道を進んだ。山間の道ながら、田子倉ダムを過ぎると勾配ば緩くなり、私の小径折り畳み自転車でも快調に進められた。

 

田子倉第2スノーシェッド(以下、SS)で、初めて新潟県側の“小出IC”という表示が見られた。

*六十里越 雪わり街道:国道252号線の六十里越区間(福島県只見町田子倉~新潟県魚沼市大白川)は積雪期(11月~5月GW前後)に通行止めとなり、除雪を終え開通する際は“雪を割った”ように道路が延びているため、この名がついたと思われる(参考:福島県 国際課「会津地方09(只見町):六十里越街道」)

  

国道を進むにつれて、徐々に陽が差すようになり、田子倉ダム湖に目を向けると霧が動き、晴れてくるようだった。

 

7:40、入間木沢第3SSを抜けた直後、入間木沢第2SSの手前で山頂付近がうっすらと冠雪した「浅草岳」が見えた。

そして、余韻沢第2SS手前では、停車する車が1台あり、道端に運転手らしき方が居た。ここは「余韻沢橋梁」を通過する只見線の列車の撮影ポイントになっているため、“撮る人”のようだった。

 

坂を下り、道が平坦になると前方に廃止された田子倉駅舎が見えた。

7:46、只見線の田子倉駅(2013年3月廃止)跡に到着。只見線のSS上に設けられた、雪重に耐えられる堅牢な駅舎は当時のままだ。*参考:拙著「只見町「田子倉駅」跡 2017年 秋」(2017年10月14日)

*下記事出処:福島民報 2012年9月14日(金)付け 社会面より

 

田子倉駅舎を後にし只見線をまたぐと、右に田子倉無料休憩所が見え、国道はバリケードバリケードで塞がれていた。ここから先、新潟県魚沼市大白川地内までは一足先に“積雪期通行止め”になっていた。

「田子倉無料休憩所」に向かった。広い駐車スペースの先には只見線が横切り、その後方には「浅草岳」がそびえていた。

 

7:50、「田子倉無料休憩所」の前に自転車を置いて、中に入り朝食を摂ることにした。

「松屋」出発の際に、女将から渡された弁当を広げ頂いた。おにぎり2つに厚焼き玉子、焼き鮭などのおかずという、シンプルだが旨い朝飯だった。

7:57、食べている最中に汽笛とレールを駆る音が聞こえ、『まさかっ!』と思い表に出ると、なんと列車が通過した。

この時間にここを走る列車はないと思いスマホで調べると、車輪空転で一時運転を見合わせていた小出発・会津若松行きの列車が、7時47分に運転を再開したということだった。

時間的に、この列車は大白川駅を出てしばらく走った後に、「六十里越トンネル」手前の登坂で落葉による車輪空転が起こってしまったのだろうと思った。紅葉期の終盤、福島県側では七折峠区間(会津坂下~会津坂本)で車輪空転が起こるが、列車通過前にドローンで落葉を除くような対策はできないものかと思った。

  

朝食を終え、登山の準備をして「田子倉無料休憩所」を出ると、霧は無くなり、綺麗な青空に「浅草岳」を見ることができた。

 

登山口に移動。一旦国道に出て登山口前の広場に向かった。途中、只見線「六十里越トンネル」の只見口を正面に見た。

そして、「浅草岳」田子倉登山口に到着。

印刷してきた地理院地図を手にし、地図上に載っていた間道(只見沢集落~入叶津集落)と、その途中標高1,000m付近で「高積山」に向かう尾根筋に線を入れ“登山道”としたルートと等高線の間隔を確認した。

 

8:27、「浅草岳」田子倉登山口から、「高積山」に向けて登山を開始。

熊鈴はバッグパックに取り付け、手には電子ホイッスルを持った。今年最後の登山でクマに遭うわけにはゆかず、気を引き締めた。

 

しばらくは、只見沢沿いに敷かれた木道を進んだ。

そして斜面を巻くような場所になると、木道は途切れ、はっきりと見える踏み跡を進んだ。

斜面のピークが近づくと、「浅草岳」の南西に続く“鬼が面”の険しい岩肌が見えた。

 

8:40、只見沢の支沢が見え、登山道を塞ぐように横たわる根曲り木にピンクテープが巻かれ、その先に標杭が確認できた。

支沢を渡り標杭に近づくと、“この先点検道 関係者以外立入禁止 電源開発株式会社”と記されていた。

クマ除けの電子ホイッスルを鳴らしてから“点検道”に入ると、踏み跡は不明瞭だったが、10mと思われる間隔でピンクテープが幼木や灌木に巻かれ“道案内”になっていた。

そして、足元にはプラスチック製の境界杭が打たれていて、番号が振られていた。

 

少し進むと、平尾根に乗ったようで、“点検道”は踏み跡が鮮明になり、真っすぐ延びていた。

手元の地理院地図を見ると、どうやらここから先が破線表示されている、かつて只見沢集落と入叶津集落を結んでいた間道のようだった。ただ、ここから北西に続く踏み跡は見られなかった。*下図出処:国土交通省 国土地理院「地理院地図」URL: https://maps.gsi.go.jp/ *筆者にて一部、文字や線形を記入

只見沢集落(田子倉ダム建設によって水没)とをつなぐ間道が、地理院地図のように、只見沢を2渡渉するルートで敷かれるとは思えず、間道が機能していた当時はどのようなルートだったのだろうかと思った。

 

間道進んだ。

しばらくは急坂直登で、落ち葉が堆積し足元は不安定だったが、標高を稼げると思い黙々と登った。

間道両脇の灌木が密なため、クマ除けに電子ホイッスルを鳴らし続けながら進み、時折「北大クマ研」の“ポイポーイ”を叫んだ。*参考:北海道新聞「「ポイポーイ」クマよけのかけ声が響く北大天塩研究林 地図とコンパスで広大な山林を調査して歩く北大クマ研のヒグマ調査に同行」(2022年9月15日) URL: https://www.hokkaido-np.co.jp/article/730946/?pu

 

途中、間道を塞ぐ灌木や幼木の枝が切り落とされていた。断面は新しく、電源開発社が“2025年度からの契約更新で道を整備”したのだろうと思った。

 

8:50、巨岩の脇を通過。

すると、前方の斜面が壁のように切り立ち、緑のロープが横に垂らされていた。

このロープは、左(北)に延びる斜面を巻く踏み跡にそって垂らされていた。途中、斜面が崩れたような場所があり、斜面側の根曲り木が切られている箇所もあった。(電源開発社の)作業員の安全を考え、よく整備されていると思った。

 

トラバース区間が終わると、間道は再び尾根に延び、陽も落ちるようになった。

少し進むと、北に「浅草岳」の“鬼が面”が見えた。

 

急坂の続く間道を、電子ホイッスルを鳴らしながら進んだ。

ブナの二次林のようで、落葉した幼木が密に屹立していた。

 

9:05、前方が大きく開け、少し進むと倒木が行く手を塞いだ。間道が右に折れることを示す緑のロープも、倒木の下になっていた。

とりあえず、まっすぐ進み根元の方に行くと、倒木は直径70㎝ほどのブナのようだった。振り返って斜面を見下ろすと、かなり広範に灌木が倒された空間になっていた。

 

間道はどこに続いているか周囲を見渡していると、緑のロープを発見。たどり進んだ。

ロープは続き、少し斜面を巻いた後、再び急坂直登区間に延びた。

 

息を切らしながら間道を登り進んで行くと、前方が開けた。ピークのようだった。

9:12、地理院地図から標高770mと読み取ったピークに到着。

北西には「浅草岳」が見えたが、視界に入る木枝の状態から、葉が繁ると塞がれてしまう場所のようだった。

 

770mピークを後にする。間道は100mほど平坦に延びていた。

途中、「浅草岳」を見ると、右側の斜面中腹あたりに丸い塊を見つけた。カメラをズームにするとマツのようで、立派な樹形だった。

  

間道の平坦箇所を過ぎ、緑のロープが張られた緩やかな斜面を登り進んだ。

少し進むと、右(南)の木々の間から“寝観音様”の稜線が見えた。

  

9:27、斜面の右に巻くように踏み跡は続き、緑のロープが滑落を防ぐような状態で張られていた。

斜面を少し進むと右側(南)が大きく開け、この秋に登った新潟の山々が見えた。

“越後三山”最高峰の「中ノ岳」(2,085m)は、真っ白に冠雪していた。*参考:拙著「魚沼市 ・南魚沼市“越後三山”縦走(1日目)「八海山」「中ノ岳」 2025年 初秋」(2025年9月13日)

「未丈ヶ岳」(1,552.6m)は、山頂草原が雪に覆われているおかげで、直ぐに同定できた。*参考:拙著「魚沼市「未丈ヶ岳」登山 2025年 紅葉」(2025年10月25日)

 

短い巻き区間を終えると、ブナなどが密集する斜面に緑のロープが延びた。このロープを見ると、「国有林野貸付許可標識」がぶら下がっていた。借受期間には“令和7年4月1日~”と記されていた。

斜面を登りきると、再び、踏み跡鮮明な間道が、ほぼ尾根に沿って延びた。

灌木の丈が低くなり、落葉しているものもあり、クマが隠れるような状態ではなかったが電子ホイッスルを鳴らし続け、時折“ポイポーイ”と叫んだ。

  

9:42、境界杭のNo100を通過した。この境界杭はほぼ等間隔に打たれていたが、“点検道”の管理上必要なのだろうかと思った。

そして、まもなく間道両脇の藪が密になり、丈も背を越えるようになった。またクマの存在を強く意識するようになり、“ポイポーイ”を大きく叫び、電子ホイッスルを頻繁に鳴らしながら登り進んだ。

すると、間道の先に“黒い物体”が見えた。『まさかっ!』と思い、カメラをズームにするとはっきりと正体は分からなかったが動いてもいなかったので、少し安心して登り進んでみた。

“黒い物体”に近づくと、朽ちた倒木だった。強い陽光で濃い影ができていたため、一瞬クマと思ってしまったようだった。ホッとした。

 

“黒い物体”の先、間道は緩やかな勾配になった。藪丈は少し低くなったが、密度は変わらなかったので電子ホイッスルを鳴らしクマへの警戒は怠らなかった。

 

快調に進んで行くと、平坦な尾根筋が見えた。

9:53、地理院地図上では標高1,012mと読み取れる尾根に到着。間道から「高積山」に向かう点検路の分岐のようだった。

しかし、周辺を見てみるが、地理院地図上の破線となる入叶津方面への間道(踏み跡)は見られなかった。人の往来が無く、藪や灌木に覆われ消えてしまったのだろうと思った。また、この分岐と思わる場所には、今までと違う形状の境界杭が打たれていた。

*下図出処:国土交通省 国土地理院「地理院地図」URL: https://maps.gsi.go.jp/ *筆者にて一部、文字や線形を記入

入叶津集落方面を眺めた。叶津川の沿いにある集落の上には薄い雲が載っていた。

*下図出処:国土交通省 国土地理院「地理院地図」URL: https://maps.gsi.go.jp/ *筆者にて赤枠・赤丸を記入

 

「高積山」山頂に向けて、点検路を進んだ。道幅は広く勾配もほどんとないため、気持ち良く快調に歩き進めた。

両脇の灌木はほとんど落葉しササ丈は低かったが、密集して広がっているため、クマへの警戒は怠らなかった。“ポイポーイ”を叫び、電子ホイッスルを適宜鳴らしながら進んだ。

 

10分ほど進むと、両脇がだいぶ開けた。

 北に目を向けると、遠く“飯豊連峰”が見えた。

カメラをズームにすると、新潟‐山形県境に延びる山並みが確認できた。只見線が駆ける会津平野からは見えない尾根だった。*参考:山形県 環境エネルギー部 みどり自然課「やまがた山」飯豊山 

T字を逆にした“飯豊連峰”の山並みは、会津平野から“横線”の「飯豊山」(2,105.0m)から「西大日岳」(2,091.6m)の稜線が見えるだけになっている。*下地図出処:国土交通省 国土地理院「地理院地図」URL: https://maps.gsi.go.jp/ *筆者にて緑と紫色の文字や線形を記入

   

少し先に進むと、前方に反射板が見えた。まもなく山頂だった。

このあたりで南が大きく開け、“寝観音”様を中心に福島県と新潟県の著名な山々が見えた。

福島県最高峰の日本百名山「燧ヶ岳」(柴安嵓2,356m)。*参考:拙著「檜枝岐村「燧ヶ岳」登山 2025年 夏」(2025年8月10日)


山岳湿原が見事な、日本百名山「会津駒ヶ岳」(2,132.5m)と「中門岳」。*参考:拙著「檜枝岐村「会津駒ヶ岳」下山 2025年 夏」(2025年8月17日)

  

新潟県側の山々はの連なりは、壮観だった。

   

山頂に向かった。

10:15、電源開発社の反射板が立つ、「高積山」山頂に到着。田子倉登山口から1時間50分あまり、整備された間道と点検路のお陰で予定時間より早く登頂できた。

反射板の土台周辺は、広く刈り払されていた。

鉄脚に掲げられた板には、“高積山 6×8×5反射板”と国有林貸付と保安林内作業、それぞれの許可標識(証)が掲げられていた。

この反射板は、電源開発㈱田子倉発電所-大鳥発電所間の通信に使われているようで、田子倉ダムの下流側右岸に立つ反射板から受けた電波を、大鳥発電所に向けて送っているという。ちなみにその上流側にも反射板があるが、こちらは田子倉発電所-黒又川第一発電所間のもので、次の中継装置は「浅草岳」の南にある鬼が面反射板という。

反射板を見上げると、この銀膜の板が無給電で通信装置として機能していることが不思議で、自然制約や維持コストを考慮した技術に感心してしまった。 

 

三角点標石は、すぐに見つかった。反射板の土台の東側、5mほどの場所に頭を出していた。

近付くと、標石の周りも刈り払いされていた。

東面の地表の土を少し取り除くと、“三等 三(角点)”の文字がはっきりと見えた。

三角点標石に触れて、「高積山」登頂を祝った。

*「高積山」:三等三角点「早沢」
基準点コード:TR35539729101
北緯:37°19′57″.6798
東経:139°16′11″.5833
標高(m):1015.40
造標:明治41年7月22日 *「点の記」より
*出処:国土地理院地理院地図「基準点成果等閲覧サービス」URL:https://service.gsi.go.jp/kijunten/app/

 

山頂からの眺望。

東は灌木や雑草に覆われ、

 

西は「浅草岳」北裾の広がりで、それぞれ見晴らしは良くなかった。

 

北は刈り払いされた平場の先に木々が繁っていたが...、

木枝の間から、やや左(北)に「磐梯山」(1,816.0m、会津百名山18座)が見え、

ほぼ正面に「博士山」(1,481.7m、同33座)が見えた。

ただ、この北の眺望は落葉期限定で、葉が繁れば塞がれてしまうようだった。

 

これら三方の眺望の不備は、南側が補って有り余るものだった。

まず、新潟県側。“越後三山”の最高峰「中ノ岳」(2,085.0m)と日本百名山に名を連ねる「越後駒ヶ岳」(2,002.6m)。

到達困難な山として“マイナー12名山”に挙げられている「毛猛山」(1,516.9m)を主峰とする“毛猛山塊”の山々。*「前毛猛山」(1,233.3m)は福島‐新潟県境に位置している

 

福島県の山々。反射板を背にすると、奥に「燧ヶ岳」と「会津駒ヶ岳」が見えた。

そして、圧巻だったのは、“寝観音”様がおわす“杉村半島”。田子倉ダム湖が輝き、外洋に突き出た半島そのもののように見えた。

“杉村半島”とは、田子倉ダム湖の只見川と白戸川に挟まれた「杉村岳」(1,534.5m)を最高峰とする山塊で、一部の登山者の間で言われている名だ。*下図出処:国土交通省 国土地理院「地理院地図」URL: https://maps.gsi.go.jp/ *筆者にて一部、文字や線形を記入

「猿倉山」(1,455m)から「横山」(1,416.5m)に至る稜線に現れている“寝観音”様は、只見駅などから見るより、より立体的だった。

「猿倉山」や「横山」は登山道未整備で、藪に覆われているため残雪期に行くことができるようだが、田子倉ダム湖を渡るなど取付くまでも大変なことから山行のハードルは相当高いと言われている。このため、私選“只見線百山”の候補にしたかったが、補欠としてリストに載せるにとどめた。しかし、今回“杉村半島”の美しさと、そこに横たわられる“寝観音”様を見て、登ってみたいと思った。今後、登山の経験を積みながらこの山々を調べ、その可能性を探ってみたいと思った。

   

10:24、眺望を楽んだ後、「高積山」山頂から下山。

歩き出すと、「浅草岳」から新潟県の山々が見渡せ、爽快だった。今年の登山を締めくくるには、最高の眺望だった。

  

下山も、気を抜かず、クマ除け。電子ホイッスルと“ポイポーイ”で、クマに自分の存在を知らせ続けた。

 

途中、「浅草岳」を正面に見ながら進む区間があった。

 

10:51、間道(只見沢集落‐入叶津集落)に合流。

まもなく、急坂を下った。落ち葉が厚く堆積しているため、滑らぬよう慎重に下った。

しかし、途中、滑って尻餅をついてしまった。結果、滑ったのはこの1回だけだったが、下山の方が怖い、と改めて感じた。

 

貸付許可標識がロープに付けられていた斜面は、意外と急に感じた。できだけロープに頼らず、ゆっくり下った。

 

11:14、770mピークを通過。

 

11:19、ブナの倒木箇所を通過。

 

11:33、地理院地図で右に破線が描かれている場所に着き、地表をよく見てみるが、やはり踏み跡などは見当らず左に進んだ。この場所にはNo.7の境界杭が打たれていた。

 

11:35、只見沢の支沢が見え、電源開発社の標杭が立つ「浅草岳」登山道に合流。

左に曲がり、支沢を渡った。

 

その後は強い陽光を受けた、木々の間を歩き進んだ。

落葉は進んでいたが、まだ残る紅葉が輝き心地よい空間だった。

  

11:46、「浅草岳」田子倉登山口に戻った。下山は1時間22分だった。

「田子倉無料休憩所」に移動すると、脇に停めておいた自転車は“無事”だった。朝食の空き箱をビニールに入れてぶら下げたので、クマが寄ってくる可能性はゼロではないと思っていたので、安心した。

快晴の下、クマとの遭遇も無く「高積山」登山を無事に終えた。

「高積山」は山頂に至る“道”が 電力会社の点検路ということもありよく整備され、山頂尾根は開放的で、山頂からの眺望も得られた素晴らしい山だった。「高積山」は文句なしに“只見線百山”に入れるべき山だと思った

ただ、問題は点検路を登山道として往来しても良いのかという点。

今日見かけた電源開発が立てた標杭には“立入禁止”となっていたが、一昨年私が問い合わせた際には『(巡視路が通る場所は)国有林なので、(一般の人に)立ち入るなとは言えないのですが...』 との回答があった。国有林であることは間違いないので、点検路を辿る事は何ら問題ないと思うが、電源開発社からすれば点検路で一般の方が登山でケガなどの問題を起こした場合、同社にクレームが入ることにもなれば業務に支障が出かねない。

これについて参考となるのが「三坂山」(三島町、会津百名山)。ここには東北電力社の反射板があるが、点検路は登山道と同一で、立入禁止などという標杭も注意書きもなかった。登山道と電力会社の点検路は共存している。*参考:拙著「三島町「三坂山」登山 2020年 晩秋」(2020年11月23日)  

今後、山頂から良い眺望が得られる「高積山」には多くの人に登って欲しい。そのためには電源開発社の点検路を“立入禁止”とはせず、“通行でのトラブルに当社は一切責任を負いません”との免責事項を掲げ、通行黙認する事が必要だ、と「高積山」登山を終えて思った。

 

快晴の空の下に聳える「浅草岳」を背に、自転車に跨り「田子倉無料休憩所」を後にした。

田子倉駅跡前を通過し、“余韻沢橋梁ビューポイント”で停車し見下ろした。“鬼が面”は青空に映えて良かったが、レールに木枝の影が落ちていたので、この瞬間に列車が通過しても良い写真は撮れないだろうと思った。

 

「田子倉無料休憩所」から20分ほどで、田子倉ダム湖展望所に到着した。

朝とはうって変わって、湖は青々とした湖面を見せ、ダムはその威容を顕わにしていた。

濃霧に覆われた今朝の姿を知っているだけに、国内第3位の総貯水量を持つ田子倉ダムの巨大さを、ひしひしと感じた。

ダムの天端に移動し、下流を見た。田子倉ダムの逆調整を担う只見ダム湖が直線上に見られ、良い眺めだった。*参考:(一財)日本ダム協会「ダム事典」逆調整 URL: http://damnet.or.jp/cgi-bin/binranB/JitenKM.cgi?id=291

そして眼下には、揚水式を除けば国内第2位の水力発電量を誇る田子倉発電所があり、只見川右岸には、「高積山」に電波を送る反射板が小さく立っていた。

振り返って、ダム湖を見渡した。このあたりの紅葉は最終盤で山々の色付きは無かったが、澄み渡った青空の下に広がる大きな青の湖面は、見事だった。天端越しに“鬼が面”を眺めるが、上空には雲一つ無く登山日和だったのではないかと思った。*参考:拙著「只見町「鬼が面山 」周回登山 2021年 初夏」(2021年6月26日) 

田子倉ダムを後した。

 

10分ほどで電源開発㈱只見発電所・ダムに到着。

ロックフィルの天端を進み、中央付近でダム湖越しに田子倉ダム、その背後の“寝観音”様を眺めた。この景色を眺めながら、日がな一日読書でもしていたい、と思った。

 

天端を渡り切り左折し、只見川右岸に沿う道を下った。只見発電所越しには「高積山」、その右奥には「浅草岳」が見えた。

この風景を見て、「高積山」へこの只見ダム付近から登る事ができるよう、登山道を拓いてはどうかと思った。

現在、只見ダム天端の北にある電源開発㈱只見展示館の脇には、只見線・田子倉トンネル只見口付近まで作業道が延びている。そこから、序盤の急坂に九十九折れの道、その後尾根に沿って道をそれぞれ拓けば2kmほどになる。こうすれば「高積山」は只見駅から徒歩圏で登られる山となり得る。そうなれば登山者が増えるだけではなく、山頂から周囲を山々を眺める事で登山意欲が高まり、只見の自然(越後三山国定公園只見ユネスコエコパーク)への関心の深まりを期待できるのでは、と考えた。*出処:国土交通省 国土地理院「地理院地図」URL: https://maps.gsi.go.jp/ *筆者にて一部、文字や線形を記入


さらに道を下ると、国道289号線にぶつかる手前で只見川越しに「高積山」を眺め、カメラをズームにすると反射板が確認できた。登山を終えた後、麓からその山が見られるのは良い、と改めて思った。

  

13:10、買い物をするなどをして、只見駅に到着。駅舎の背後には只見四名山の「要害山」(705m、同91座)が見え、駅頭の“2022年10月1日只見線全線再開カウントボード”は、1142(日)を表示していた。*参考: 一般社団法人東北観光推進機構「只見四名山」URL:  https://www.tohokukanko.jp/attractions/detail_1006183.html

輪行バッグに自転車を収納し、ベンチに座り昼食を摂った。まずは「高積山」登頂の祝杯。今日が今年最後の登山ということで、エビスビールを呑んだ。旨かった。

昼食をさっと済ませ、並んで乗車するためにホームに向かった。

 

14:25、20名ほどの客が見守る中、列車が入線した。先頭が旧国鉄色にカラーリングされたキハE120の2両編成だった。

前後車両とも、BOX席を含めすべてのシートに1人以上が座っているようだった。紅葉期の混雑は覚悟していたので、輪行バッグを持つ私は車両の端で立って過ごすことにした。

 

14:35、会津若松行きの列車が只見を出発。まもなく、列車に向かって手を振って下さる方が見られたので、手を振り返した。

 

市街地を抜けた列車は、叶津集落に入った。車窓からは、“会津のマッターホルン”と呼ばれる只見四名山「蒲生岳」(828m、同83座)が見えた。

そして、只見線最長の「叶津川橋梁」(372m)を渡った。*以下、各橋梁のリンク先は土木学会附属土木図書館デジタルアーカイブス歴史的鋼橋検索

渡河後、八木沢集落の背後を駆けると、木々の間から只見川越しに只見四名山「会津朝日岳」(1,624.1m、同27座)が見られた。

 

会津蒲生を出て左に大きく曲がると、蒲生原越しに只見四名山でもある「浅草岳」が見えた。三角形のような山容は田子倉近辺から見えるそれとは違い、山の成り立ちや当地の気候などをいろいろと考えさせてくれると思った。

この後、踏切付近の民家の前に、ご婦人がいた。ここを列車が通過する度に手を振って下さる方で、手を振り返した。

 

この後、会津塩沢手前で「第八只見川橋梁」を渡った。落葉は進んではいたが、すがすがしい秋空の下、晩秋の水辺の風景が見られた。*只見川は電源開発㈱滝発電所・ダムのダム湖

 

滝トンネルを抜け只見町から金山町に入った列車は、会津大塩を経て会津横田手前で「第七只見川橋梁」を渡った。橋梁を通過する度に、乗客は車窓に目を向け、スマホやカメラを構え撮影し、この状態は「滝谷川橋梁」まで続いた。


15:15、会津越川を出た列車は山間を駆け橋立集落に入り、民宿「橋立」の駐車場北端に立つ、只見線(135.2km)中間点を示す看板(ここが、只見線の真ん中だ!)の前を通過した。

この後本名トンネルを抜けた直後に、「第六只見川橋梁」を渡った。

この橋梁の上流には東北電力㈱本名発電所・ダムが建ち、目の前に見えることもあって、客の大半は左車窓に目を向け見入り、撮影していた。

  

本名を出て「第五只見川橋梁」を渡った列車は、只見川の右岸縁を駆けて、下り小出行きが待機する会津川口に停車した。

ホームには多くの方が居て、写真を撮るなどしていたが、小出行きの発車が近づくと乗り込んでいった。小出行きは、キハ110の2両編成で双方とも混雑していて、15時29分に見送りを受けて出発した。

 15:35、交換を終えた会津若松行きが、会津川口を出発。


列車は、会津中川を経て「第四只見川橋梁」を渡り、会津水沼を経て8連コンクリートアーチの不渡河橋「細越拱橋」を駆けた。

 

三島町に入り、早戸を出て早戸トンネルと滝原トンネルを立て続けに潜り抜けた列車は、「第三只見川橋梁」を渡った。*只見川は東北電力㈱宮下発電所の宮下ダム湖

両河岸の色づきは、まだ見ごたえがあり、水面の水鏡もまずまず冴えてよい眺めだった。

 

会津宮下を出た列車は、会津西方手前で「第二只見川橋梁」を渡った。下流側、中世の桧原城跡を持つ山と四等三角点「桧原」を持つ山は、西陽を受け燃えているように映えていた。*只見川は東京電力㈱柳津発電所・ダムのダム湖

*参考:拙著「三島町「名入鉄橋ビューポイント」/四等三角点「桧原」登山 2024年 冬」(2024年2月24日)

 

名入トンネルを抜けると、「第一只見川橋梁」を渡った。上流側、駒啼瀬は上半分に西陽が差し、紅葉を愛でられた。*只見川は柳津ダム湖

上方の鉄塔下に向けてカメラをズームにするが、「第一只見川橋梁ビューポイント」の最上段Ⅾポイントとその下のCポイントに人影は見られなかった。クマ出没の危険性があるための立入禁止措置で、“撮る人”や観光客は、さらに下のBポイントに固まっていた。

 “只見川八橋”を渡り終えた列車は、会津桧原を経て「滝谷川橋梁」を渡り柳津町に入り、滝谷郷戸会津柳津と進んだ。

 

会津坂下町に入った直後に会津坂本に停車すると、貨車駅舎(待合室)に描かれた「キハちゃん」が満面の笑顔で迎えてくれた。*参考:会津坂下町「只見線応援キャラクター誕生!!」(2015年3月13日) https://www.town.aizubange.fukushima.jp/soshiki/2/3337.html / YouTube「キハちゃんねる」URL: https://www.youtube.com/channel/UChBGESkzNzqsYXqjMQmsgbg

会津坂本を出て七折峠を越えるため登坂を始めると、木々の間の“坂本の眺め”から、うっすらと茜色に染まった“飯豊連峰”が見えた。*参考:公益財団法人 福島県観光物産交流協会「ふくしま30座」飯豊山  

 

登坂を終えた列車は、下り坂途上の塔寺を経て、会津平野に滑り込んだ。前方には「磐梯山」が薄暮の空に山影を見せていた。

 

列車が、会津坂下若宮会津美里町に入って新鶴根岸を進むにつれて夕闇が濃くなった。「明神ヶ岳」を最高点とする西部山地から、その奥にある「博士山」に至る稜線は、見えなくなった夕陽に照らされ、しばらく漆黒の山容を見せてた。

 

 

17:24、会津高田を出て、会津若松市に入った直後に会津本郷で停発車した列車は、西若松七日町を経て終点・会津若松に到着。降りた客は、連絡橋に向かっていった。

私は磐越西線の列車に乗り換えて、自宅のある郡山に戻った。


今年最後の登山を終えた。今年も気配は何度か感じたもののクマに遭うことは無く、無事に17座*の山行を楽しむことができた。 *「尾瀬沼」「尾瀬ヶ原」と山頂未踏の「三引山」を含む

私選“只見線百山”の検証登山進み、候補の山はだいぶ少なくなった。福島県側については、今年「燧ヶ岳」など2,000m越えの山を踏破したことから、“難山”と思える候補は次の3座(組)になった。

・「小手沢山」(+「山毛欅沢山」)
・「深入山」(+「三方倉山」)
・「八十里越」

他の候補も、ほとんどが登山道無しの藪山である可能性が高く、クマ出没への配慮も欠かせないことから、山行には体力はもとより、気力と覚悟が必要な山々だ。

 

来年は残雪期を中心に、できるだけ多くの私選“只見線百山”の候補に登りたいと思う。また、様々な山を登る中で、当初挙げた候補で外した方が無難な山、新たに追加した方が良い山が出てきたので、リストの整備も行いたいと思う。

引き続き、只見線沿線の山々の素晴らしさを体感し、各駅からのアクセスを考え、“観光鉄道「山の只見線」”の周知・定着に役立つような情報発信をしてゆきたい。

 

 

(了)

 

 

・  ・  ・  ・  ・

*参考:

・福島県:只見線ポータルサイト

・NHK:新日本風土記「動画で見るニッポンみちしる~JR只見線

・産経新聞:「【美しきにっぽん】幾山河 川霧を越えてゆく JR只見線」(2019年7月3日)

 ・東日本旅客鉄道株式会社:「只見線について」(PDF)(2013年5月22日)/「只見線(会津川口~只見間)の鉄道復旧に関する基本合意書及び覚書」の締結について(PDF)(2017年6月19日)

 

【只見線への寄付案内】

福島県はJR只見線全線復旧後の「上下分離」経営での維持費や集客・地域振興策の実施費用として寄付を募集中(クレジット可)。 

①福島県ホームページ:只見線復旧復興基金寄附金

・只見線応援団加入申し込みの方法

*現在は只見線ポータルサイト「只見線応援団」URL:https://tadami-line.jp/support/

②福島県:企業版ふるさと納税

URL:https://www.pref.fukushima.lg.jp/sec/16005g/kigyou-furusato-zei.html

[寄付金の使途]

(引用)寄附金は、只見線を活用した体験型ツアーや周遊ルートの整備、只見線関連コンテンツの充実化等に活用させていただきます。 沿線地域における日本一の秘境路線と言われる観光資源を活用し、更なる利用者の拡大と認知度向上を図ります。

以上、宜しくお願い申し上げます。