『タイトル論』執筆者:Arata.S
みなさん、タイトルはお好きですか?
俺は大好きです。昔からずーっとそうでした。
タイトルを見て本を買い、映画を見て、音楽を聴いてきました。
それくらいタイトルは、作品選びにおいて大切な基準です。
基準、なんて格式ばった言葉を使っていますが、
単純に良いタイトルの作品は中身も伴っているんじゃないかなと、そう思っているだけです。
タイトルは本当に大事な言葉です。
軽視している作家さんは、世界中誰一人いないでしょう。
いたら俺と雑談しましょう。電話しましょう。
「いま、会いにゆきます」
「君のタイトルは。」
「題ハード」
「万葉集」が「二葉集」だったら、掃いて捨てられるでしょう。
「金閣寺」が「きんかくし」だったら、小学生だって笑わない。
「葉隠れ」が「雲隠れ」だったら、なに一つ見つからないでしょう。
「コンビニ人間」が「パーティー・ピープル」だったら、メフィスト賞に選考されろ。
そうなのです、つまりそういうことなのです。おわかりですね。
みなさん、ここまで書けばお気づきでしょう。
わかってしまいましたね。もう、おわかられてしまわれたのですね。
つまりこういうことなのです。
タイトルで作品は決まるといっても過言ではない、と。
わかってしまったみなさんは、もうこれ以上先に進む必要はありません。
すぐに出かけましょう。
まだわからない、
わからず屋なわけのわからないお客さまだけは奥の座敷にまでおいでください。
さようなら大多数のわかり屋のみなさま、さようなら。
・・・さて、
本を手に取ったときにまず真っ先に目に飛び込んでくるものは何でしょう。
そうですタイトルです。もしかしたら材質に惹かれる方もいるかもしれません、これってパルプかな?
・・・もしくは形で手に取るかもしれません、奇抜なフォルムをした本ならしょうがありません。
おっぱいみたいな本があれば触ります、仕方がありません。
だがしかし、やはり大多数の人はタイトルから入ると思うのです。
もちろん好きな作家さんというフィルターがかかっていたり、
そもそも目的の本があってわき目も振らずにレジカウンターへってこともあるわけですが、
ふらっと立ち寄った本屋さんで、ゲオで、映画館で、手を伸ばすのは、まずタイトルからじゃないでしょうか。
文字の形だとか言葉の区切りだとか、声に出してみたらしっくり来るなあとか、
ファーストインプレッションは人生において最も大事な要素の一つです。
こんな良いタイトルなのにこんな装丁かよーっと思うこともあれば、
ありふれたタイトルなのに装丁でこんなにも化けるのかあとか、
本屋を歩き回って出会いを求めているのです。
メガネを取ったあの女の子は、もっと素敵かもしれないでしょう?
もしかしたら、かけた方が素敵かもしれません。
でも、その女の子の内面が素晴らしければ、メガネはなんでもいいのです。
眼帯をつけようがゴーグルを装着しようが、大切な存在であることにかわりはないのです。
さて、
装丁(そうてい)、はタイトルのパワーを活かすも殺すもするわけですが、
今回はこの装丁に関しては、その影響を想定しないという体で書かせていただきます。
タイトルが良いってどんなこと?抽象的なことばかりでさっぱりわからんしお前の話はつまらん、と先ほどより絶えずおっしゃられている皆々様。
タイトルの良し悪しとはなんぞや、と実際に聞かれても正直、言葉に詰まります。
奥歯にナッツが挟まったような、トマトの皮が口内に張り付いて全然取れないような、感覚です。
喋りたいんですが必死に舌を操っているんですが、上手いこと言葉は出てきてくれません。
とにもかくにも、それくらいタイトルって何が良くて何が悪いかなんて、簡単には言えない奥深いものなんだなと思うわけです。
導入が無駄に長くなりましたが、具体例を挙げながら掘り下げていきたいと思います。
一発目はこの作品です。
『寄生獣』
いきなり漫画からの作品紹介で、すいません。
が、このタイトルはなんというか最強トーナメントでも優勝できるくらいの、最高のタイトルの一つに挙げられます。
どうぞググってください。俺よりもずっとわかりやすくユーモアがあり、論理的に解説されたコラムが沢山ございます。
というか作品を読みなさい。
まず、字面が良いです。インパクトがすごい。画数が多い。濁音で力強さが増す。
寄生虫?いやいやお客さん、獣なんですよ獣、ケモノのジュウ、で『寄生獣』。
この造語なのになぜか造語っぽくない、既成の固有名詞としてありそうなしっくりくる感じ。
想像できそうでいて想像力が及ばない範囲にまで、ちゃんと手を伸ばしてくれそうな安心感。そして安心感のなかに垣間見える一抹の不安感。
つまりその、タイトルとしての重要な要素をすべて兼ね備えている作品名だと思うのです。
重要な要素とは何かというと、独断と偏見において以下の六つにまとめられます。
1.インパクト
2.親しみやすさ
3.想像力を刺激する
4.なんだこれ?
5.伏線
6.キャッチコピーでもある
以上の要素が、タイトルの良し悪しを分ける要素であると大別できます。
いくつか項目が被ってないか?と、思われた方々も中にはいらっしゃったかもしれません、
気のせいです。
誠に勝手な見解ではありますが、大体こういった要素がとてつもなく大事になってきます。
満点である必要はもちろんありません。
どれかが欠けていたとしても、他が突き抜けていたりすればオッケーです。
タイトルに限らず作品全体に言えることですが、タイトルはあくまでもタイトルであり、
長くもならなければ短くもならず、成長もしなければ衰退もせず、分子配列は一切変わりません。
問題なのは、首を突っ込んだこっちが変わってしまうということです。
第一印象のあの頃には戻れないのです。
開いて読んでしまったが最後、二人がどのような結末を迎えるのかは未知数なのです。
あの時本を開かなければ綺麗なあなた(タイトル)のまま、アルバムの一ページに収まっていたのに・・・となるかもしれません。
悲しいがな、我々の身体は絶えず細胞が入れ替わっています。
歳をとります。季節は移ろいます。肉親は死にます。色々なことがあります。
タイトルは一文字も変わらないのに、変わって見える瞬間を迎えるかもしれません。
もう少し時間が経ったら、ああなんだ全然変わってないじゃないかと、ふと気づくこともあるかもしれません。
これは本当に俺個人の漠然とした、特に根拠も根も葉もない思い込みなんですが、でも結構当たってると思うのです。
勘違いだとしてもそれならそれでいいのです。
表紙のたったワンフレーズの言葉だけで、妄想を膨らませ家に帰り着き、
さあ早速読むぞとなった段で、うーんなんだろう、本を開くのがもったいないなあ、という感覚。
これもまた至福のひと時だからです。
タイトルに込められている何かを勝手に察知して楽しんでしまえば、
それはそれでいいんではないのかな、と。
この、
『寄生獣』ですが、六つの要素がすべて揃っています。
通知表ならほぼオール5です。
見方によっちゃあねえ、みたいな強引なドリブルも多少はあるようなないような、
そんな気もなきにしろあらずんばですが、なにせ虎穴に入らずんば
良いタイトルは得られませんので、
無理やりにでも揃ってると言い切る必要性が出てきます。お察しください。
さもなくばここでこのこじつけ論は終わってしまいます。
せっかく無駄に文字数を稼いだというのに、
どこにも到達せずに消滅するのはあまりにも寂しいですし、
なにせ尺も余る為、上のほうに挙げた六つの要素と照らし合わせながら、
良いタイトルとは何かを『寄生獣』をお供に解明していきましょう。
1.インパクト
に関しては言わずもがなです。つい手に取っちゃいます。
吸引力と字面の覚えやすさが図抜けています。
3.と4.の要素もここに含まれています。
『寄生虫』『寄生体』でもそこそこインパクトはありますが、
『寄生獣』となることで辞書に載っていない言葉に変化します。
このケミストリーたるや、京都に紅葉、城跡に桜、埠頭に街の灯、
とまあ合わせ技一本で我々はあっという間に掌で転がされてしまう、そんな大変身を遂げるにふさわしい一文字変えです。
例えば、『日本沈没』だとイメージに広がりが持てて、
「奥行き」のようなものが残されていますが、
『日本以外全部沈没』だと、もはやインパクトの一点勝負となり、
なんかもうお腹いっぱいだわ・・・帰るわ、と食べる前に食傷気味になってしまうでしょう。
インパクトもあふれんばかりとなると、敬遠される一因となるので考えものです。
俺は『日本以外全部沈没』の方が好きですが。
2.親しみやすさ
一見とっつき辛いです。
帰省・・・中?うん?規制・・・中?
いやなんだよ寄生虫かよ・・・ え?寄生・・・獣?え・・・ なにこれ・・・え・・・
親しみやすいあの言葉が、
あれほどまでに慣れ親しんだ言葉がたった一文字で、びっくりだよ。
アボカドに醤油をつけて食べたときを思い出したよ。
というような、親しみやすさをむしろ誘いつつでもはい違いました、
引っかかりましたね、
という柔道の出足払いのような切れ味。
その親しんできた常識を引きずりながら、飛び込んでおいで、
というメッセージがまさに親心に子心で作者と読者の関係性です。
ひよこが先か卵が先か、ニワトリは飛ぶか。書いていて疲れてきた。
3.想像力を刺激する
2.のところで書きました。あえてボカす、あえて出さない、
みたいなじらしによってこちらの感度は高い状態のまま推移するでしょう。
4.なんだこれ?
2.のところで書きました。
好奇心というのは抗いがたい欲求のひとつです。
なんだこれ?だけではレジスターに向かう推進力は保たれませんが、
手に取らせることにおいては十二分にその役目を果たします。
5.伏線
面白い作品、趣向が凝らされている作品、
よく練りこまれ練り上げられている作品、に共通することとして、
タイトルそれ自体が伏線になっているというパターンは多く見られます。
綿密な下調べ、緻密な伏線配置、起承転結が気持ちの良い作品は、
大体このタイトル=伏線を使っています。たぶんですが。
『寄生獣』に関しては是非とも読んで、タイトルの伏線の意味を確認してください。
と言っても、読んだことがない人はいないでしょうね。
まさか・・・いらっしゃりませんよね。
読んだ方々はもうおわかりですね、
連載という体をとりながら、こんな芸当ができるなんて半端ではない、と。
さて、
凝ったタイトルについてはあれこれ語れますが、ではシンプルなタイトルではどうでしょうか。
仮に「桜」というタイトルで一行目が、
桜が咲く季節になると~
とかだったら1000ページあろうが20000ページあろうが、即刻本を閉じるでしょう。
理由などいりません。瞬殺だよ。
悪ノリが過ぎました・・・すいません。
もちろんこれだけで判断はできません。
タイトルが書き出しで来ちゃったらそれはそれで良いと思います。
狙いがあるんだろうなあ、だからのっけから乗っけてきたんだなあ、
とこっちも臨戦態勢を整えられるので、かかってきなさいと。
割とすぐにタイトルの言葉がどーんと出てくるなら、それはそういう作品なんです。
普遍的な言葉だからこそ、展開次第でその言葉の意味が劇的に変化した時の、
その威力たるや、みなさんも、お気づきですね。
そうなのです、普遍的な言葉をあえて選ぶっていうことは、
よっぽど自信がないとできないことなんです。
昨日見ていた桜が明後日にはまったく違う桜になるんです。
景色が一変するんです。
八部咲きから二日間で満開までいっても、八部咲きの方がずっと良かったなあってこと、
あるかもしれないんですよ。
たぶんあるんですよ。
多分にあるんですよきっと。
何気ない言葉に眠ってるモノを引き出せるって言うのは、
これはもう作家さんの地力、力量の為せる技としか言いようがないです。
でも『桜』に「桜」が1000ページ中20000回くらい使われていたら、読みません。
飽きるよ。そんなに咲かなくていいから。
6.キャッチコピーでもある
優れたタイトルと優れたキャッチコピーが掛け合わされると、
相乗効果で1000倍に良く思えます。
良いキャッチコピーを考えられる人って言うのは、良いクリエイターだと思っています。
削って削ってまた削って、
その作品を骨の髄まで煮込んだ末に生まれてきた言葉がキャッチコピーなわけです。
これって第二のタイトルのようなものです。
たった一文で作品の潜在能力を引き出しかつ、限界突破させることなんて、
キャッチコピーにだけ許された特権だと思うのです。
キャッチコピーの要素を持つタイトルが悪いわけがないというのは、
これはもう自明の理でありまして、
ありとあらゆる試行錯誤の末に削ぎ落とされた言葉の美しさ、
機能美って言葉にもあてはまると思うんです。
そういうタイトルは大好きだし、
巡り合えたら一文字も逃さぬよう読んでしまうでしょう。
『寄生獣』はたった三文字ですが、
キャッチコピーはいらないんじゃないか?って思えるくらい秀逸なのです。
寄りそい、生きる、獣。
これだけわかればもう何も付け足す必要はないのです。
漫画を読めばわかりますが、これまんまですもの、書いてある通りなんですもの。
つまるところタイトルが秀逸すぎると、
余計な帯やらなんやらを付け足したところでかえってノイズになってしまうわけです。
筋肉こそが最高のファッション、みたいな感じです。
黙って筋肉を纏いましょう。
さて、
以上で六つの要素が出揃いましたね。
二つくらい端折ったような気もしますが、
あえてくどくならないように端折ったので、大英断です。
『寄生獣』を具体例として取り上げつつ良いタイトルとはなんぞや、
と考察して参りましたが、締め切りの時間が迫ってきたようですので、結論を書きます。
良いタイトルとは、
何度も読みたくなるタイトルである。
これに尽きます。
第一回目のコラムとして、『タイトル論』なる仰々しくやたら偉っそうな、
天狗になってるのか?え、きみ今天狗になってるのか?
という謗りも免れえない文章を載せてしまい、
本当にすいませんでした。
まったく反省はしておりません。
ちなみに第二回は『タイトル大別論』を予定しております。
タイトルに重要な要素を完全に熟知したであろう寛容な皆さまなら、
もうおわかりでしょうね、きっと既に、おわかりになっておられるでしょうね。
そうです。
タイトルをひたすら仕分けしていきます。
ラベルを貼ったダンボール箱に収納していきます。
引越しの前夜を思い出しますね。
この文章も締め切りの2時間前に書いております。
締め切りの前夜に思い出すことは、夜逃げ決行の前夜に思い出すことと、よく似ていますね。
夜逃げはしたことありませんが、第二回が怖くて仕方がありません。
最後に、
現在の自分の心境に合った本のタイトルをひとつだけ。
『ぼくたちは何だかすべて忘れてしまうね』
わかってしまった屋のみなさま、さようなら。
花粉にお気をつけて。
(2019.2.28 22時 練馬にて)