徳島県遺族会 第102回 語部り事業の聴講
令和7年11月8日(土)、徳島県護国神社・戦没者記念館にて「第102回 語り部事業」が開催されました。
今回は、伯父が戦没された海部郡美波町の新開 悦博さん(昭和24年のお生まれ)が、戦後のご遺族の生活や地域の戦後生活の状況についてお話しされました。
板野町遺族会の会員として、聴講に参加して3年余ですが、戦争経験者(戦前生まれ)の方々の登壇が徐々に減少していくことを実感しています。
徳島県遺族会・青年部さんの活動によって貴重な語り部事業も100回を超え、本当に貴重な平和活動と感銘しての聴講活動です。
今回は、講演の後に新開悦博さまにご挨拶・ご了解の上、講演資料表紙や講演光景を掲示させていただきました。
「残された遺族のその後」
これからの語り部事業は、「戦後生まれの戦争を知らない人たち」による語り部事業の意義が深まっていきます。
戦前生まれの方々が、近未来においては、明らかに語り部事業を継続していくことは困難となっていきます。(戦没者遺族=妻や子の平均年齢は84歳以上)
今回の新開悦博さんの講演は、由岐町周辺の社会環境の中で未亡人となった妻や子供・親族の方々の生きざまを地域の特性を交えてお話ししていただきました。
・新開家の長男(新開悦博さんの伯父)が戦没し、妹さんが婿養子をいただいて家を
承継した話
・食糧難で「白いも」に助けられ、戦後は入手できなくなって鹿児島の焼酎業者さんに
求めに行ったはなし
・由岐町で樹齢数百年の高名な県の木「ヤマモモ」を薪にしていたこと(苦笑)
(いま、キチンと保存されているらしいです(汗) ネット検索しますと多くの記事あり)
→https://www.town.minami.lg.jp/docs/373.html
我々、戦没者の孫世代(青年部)のものにとっては、祖父母・父母たちから色々な戦後を語り継がれたかと思います。
今回、板野町とは異なる由岐町という地域の戦後と比較想像していく中での戦争禍でした。
益々、語り部事業の重大さを感じさせていただきました。
(徳島県遺族会・青年部の企画実行ありがとうございました。)
新開悦博さま、益々のご健勝を祈念いたしております。