『障子と砂壁の日々』著者:夢雲
彩ふ文芸部の夢雲と申します。
いつもはタロットカードを引いて、そのカードが教えてくれることを通訳することを仕事にしているので、何もないところから自分で考えて何かを伝えることが、こんなに恥ずかしいとは思いませんでした。
フィクションならいいかと創作物を書いてみようと思ったのですが、やってみたら恥ずかしさの点ではなんら変わることがないわけで。
いくつか悩める女性の話を書いてみようとしてみましたが、どうしても私の頭の中の物語は人前に姿を現そうとはしてくれません。
もう諦めようかと思った時、ふとあることを思い出しました。
私がずっと一緒に暮らしていた、ちょっと変わった彼らのことを。
中学に入ったばかりでやっと新しい友達が出来た頃、両親から何の相談もなく突然引越しすることを告げられ、私は怒っていました。
新しい家で私に割り当てられた部屋は、二階の一番奥の和室でした。
障子に砂壁、和紙で出来た電気カバー。
床の間まであるその部屋は、まったくオシャレとは言えなくて、何一つ気にいるものがありません。
でも障子をすべて開けると大きな窓に囲まれて、太陽の光がキラキラと良く入る、本を読むには最適な部屋でした。
ある朝、目を覚ますと寝ていた布団の足元がゴソッと動きました。
何かいます。
一度はビックリして目をそらしましたが、ゆーっくりと薄目をあけてみると、着物を着た小さな男の子が部屋の隅に正座をしてこちらに向かって頭を下げているのです。
何が起きているのかわからず、恐る恐るもう一度のぞき込むとそれはもう消えていました。
布団の角が丸まっているのを見間違えたのかなんなのかと思いましたが、どうやらそうではなかったのです。
またある日、窓下の壁に寄りかかって本を読んでいると、時々チラチラと目に日が当たり眩しくてボーッとなりました。
その目のチラチラと一緒に、私の頭上で何やら敷居の上を動く気配がします。
それは小さな小さな人で、開いている障子の間をヨイショヨイショと走り、端まで行ってはまたヨイショヨイショと引き返し、行ったり来たりしているのです。小さいけれど、その人は白い体操着を着ていました。
もっとよく見ようと立ち上がると、また消えて見えなくなりました。
何度かこの奇妙な彼らのことを母に話そうとしたことがあります。
その度に母はとても嫌そうな顔をするので、それ以上話すことはやめました。
突然の引っ越しと同じように、私のことを理解してくれることはきっとないのでしょう。
部屋の中に虹がかかる日や、光のシャワーみたいに部屋全体が光る日もありました。
それから、天井の木目の中で食事をする二匹の丸いヤツや、玄関の外に時々現れる巨大な赤い土偶もいました。
あの土偶は母が玄関から出てきた時にも現れて、驚いたことに母は土偶の身体を通り抜けて外に出て行きました。
「やっぱり母には見えていないんだ。
それに身体を通り抜けられても平気なんだな、あの土偶。」
何かを感じたのか母が土偶の方を振り返ると、土偶は母と目が合わないようにするためなのか、ゆーっくりと身体の向きを変え始めました。
それがあんまり可笑しかったので、私も下に降りていって土偶の隣に並んでみました。
肩越しに土偶をのぞき込むと、またゆーっくりと私と目が合わないように身体の向きを変え始め、それからするんと消えてしまいました。
あの土偶はいつも消えるのが少し遅かったのです。
彼らは入れ替わり立ち代り姿を見せてくれて、私の周りにいつも居ました。
最初は頭がおかしくなっちゃったのかと思いましたが、だんだんと部屋に彼らがいるのが普通になっていきました。
不思議と怖さはありません。
何も言わない、何もしてこない彼らは、いつも楽しそうでした。
私も部屋でなんだか一緒になって笑ってしまうくらいに。
それから私は結婚して、あの家を出て行きました。
久しぶりに帰ってみると私の部屋は母の部屋になっていて、あの彼らはもういませんでした。
見えないのか、いないのか。
だんだんと、もしかしたら始めから何もいなかったのかもしれないと思うようになりました。
あれから、私は時々思うんです。
不思議なことなんて、もしかしたら何一つないのかもしれないと。
ただ何も感じられないし見えないけれど、不思議なことは案外普通なことなのかもしれません。
障子の部屋の良さなんて全然わからなかったけど、私はあの部屋が大好きでした。
不思議で楽しかった、障子と砂壁の部屋が。
(了)