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シンディの銀河珍道中

2025.11.16 00:10

 2200年代──地球はついに「核保有の放棄」を宣言し、銀河連合への正式加盟を果たした。おかげでワープ航法による星間移動が解禁され、私はその記念すべき第一便に乗り込み、はるばる10万光年かなたの惑星ジェーンへと降り立った。

 ジェーンに降りた瞬間、目に飛び込んできたのは鮮やかな紫の空と、出店が林立するマーケット通り。地球人と見まがうほどのヒューマノイド型住民たちは、柔らかな色合いの衣服を纏い、ほほえみながら行き交っている。初対面なのにどこか懐かしい、その微妙な音声リズムに私は胸をときめかせた。

「ようこそ、地球からのお客様!」

 観光案内ロボットに笑顔で迎えられ、私はカメラを取り出して周囲を撮りまくった。だが借りた翻訳デバイスをぼんやり眺めているうちに、肝心のマニュアルを読む時間を逃してしまったのが、すべてのはじまりだった。

 通りの真ん中、原住民の一家が営む屋台を見つけた。店先には揚げたての「ビャング」と呼ばれる鶏肉風の唐揚げが山盛りに並んでいる。いい香りに誘われ、私はつい言葉を省略して・・・

「そのままで大丈夫です」

これが、最初の誤解だった。

 店員はにこりと頷くと、トングでつかんだ熱々のビャングを文字どおり“そのまま”差し出し、私の手のひらに置いた。熱さを我慢しようとする指先に、じわりと焦げつくような痛みが走った。叫びそうになるのをこらえながら、私は心の中でツッコミを入れた。

「いや、『袋は要りません』って意味で言ったんだけど…!」

さらに店員は、まだ焦げ残る私の手を見て、

「カラシイリマスカ…?」と申し訳なさげに尋ねてきた。

「そういう気遣いは、できるのかよ!」

 必死に笑顔を作りつつ、私は汗ばむ手のひらを隠しながら「結構です」と答えた。だが彼らの脳内翻訳は、どうやら私の笑顔を「興奮している」と解釈したらしく、店員はうれしそうに大盛りのビャングをもう一皿追加して差し出してきたのだった。

 腹を抱えそうになりつつ、私は重たい袋をぶらさげてマーケットを後にした。歩きながら思ったのは、いつもの「きっと伝わるだろう」の省略が、相手の文化ではぜんぜん伝わっていないという皮肉。

 行き交う言葉のリズム、抱えている痛み、溢れる好奇心…言葉と感覚がずれていることに、なんとも言えない孤独感が胸を締めつけた。

 数時間後、私は博物館の前に立っていた。

 質量保存の法則や原子構造の展示を眺めつつ、つい口に出して言った。

「写真、いいですか?」

だが館員は首をかしげると、近くのホログラム装置を操作し、「はい、記念撮影させていただきますね」と言いながら、私にポーズを注文してきた。「写真撮ってもいいですか?」…と聞いたつもりが、何枚も自分の写真を撮られた私は、後でそのホログラムが星中に配信されているのを知ることになる。あまりの恥ずかしさに、船のワープ酔いが一気に襲ってきた。


 そんな私に、通りすがりの青年が「案内しましょうか?」と声をかけてくれた。 

 思わず「ありがとうございます、ちょっと休憩したいんです」と答えたつもりが、どういうわけか「このままここに居たい」という意味で伝わり、私は彼の家へ連れて行かれた。

 彼の自宅は地下に広がる洞窟のような空間で、壁には不思議なシンボルが刻まれ、中央には大きな火鉢が据えられている。

「こちらが客間です」…と言われ、私はふかふかのクッションの上に腰を下ろした。足元には大量のスリッパが並んでいて、「土足でいいですか?」と言いそびれた結果、私は素足のまま冷たい石の床の上に座ることになった。

やがて夕食時に出てきたのは、目にも鮮やかな果実の煮込み料理。香りに誘われて一口食べると、口いっぱいに甘みと苦みが広がり、思わずむせ返った。どうやらピリリと辛い香辛料が効いているらしく、滝のように汗が…!

「だ、大丈夫です。…辛くないですよね?」

私の顔を見るなり、笑いをこらえきれない彼ら。

「痛みと快楽は紙一重ですからね」

と、ひょうひょうと言われてしまった。言葉を補わないことで、自分でも知らぬうちに飛び込んだ異文化の荒波に、私は身を委ねるしかなかった。

 夜、ベッド(と呼べるか微妙な洞穴の段差)で目を閉じながら考えた。この星では、言葉を省略せず、感情や状況まできちんと説明しないと、意思も願いもゆがんで伝わってしまう。地球で通じた“空気を読む”コミュニケーションは、ここでは大事故のもとだ。

 翌朝、青年が「さあ、お戻りの船が来ますよ」と優しく起こしてくれた。私は深々と礼をして、やっとまともに言った。

「本当にありがとうございました。お世話になりました」

彼はにっこり笑って手を振り、私は再びマーケットへと歩を進めた。最後にもう一度、自信を持って言ってみた。

「袋は結構です」

すると・・・

 トングを手にした店員は、驚くほどそっけなくうなずき、今度は山盛り30袋ものビャングを、片手にひょいと抱えて渡してきたのだった。

重さでよろめきながら、私ははっと気づく。

「袋は結構…って、“もう要らないです”じゃなくて、“これで十分です”って意味だったの!?」

 目の前に広がる大量のビャングと、私を囲む無邪気な笑顔。その光景の前で、思わず大声で笑ってしまった。すると背後でワープゲートが開く音がして、慌てて走り出したものの、重荷のせいで転倒。ゲートはすでに閉まりかけている。

私は叫んだ。

「待って、待ってーっ!」

振り返れば、店員も青年も仲間たちも、一斉に手を振りながら太鼓を打ち鳴らしている。まるで壮大な見送りのセレモニーだ。私は笑い声と涙が交錯する中、あらゆる言葉を省略せずに伝えようと深呼吸をした。

しかし、最後の最後でまたしても翻訳デバイスがバグり、私の叫びは「私はここで待ちます!」と訳されてしまったらしい。

ゲートは閉じ、私は地上に・・・大量のビャングとともに置き去りになったのだった。

その瞬間、私は悟った。

「省略なんて、二度としない」

 そして、異文化共生への道は、いつだって痛みと笑いが一緒にやってくることを、骨の髄まで学んだのだった。

 地球行きのチケットは片道切符。私は今日もジェーンの市場で、手のひらをひりひりさせながら、新たなギャグと奇跡を待ち構えている。


…続く