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蒲生氏郷公顕彰会 日野

がもにゃん通信 第42号「忠郷、徳川家・藤堂家とつながりを深めるも25歳で没す。」

2025.11.17 04:12

 秀行の死後、妻の振姫は一度徳川家にもどされ、後に広島城主となる浅野 長晟(ながあきら)にとつぎました。しかし、振姫はそこで男子を産んだあと亡くなってしまいます。忠郷が15歳、弟の忠知(ただちか)が 13歳の時でした。

父母の死、重臣どうしの争いなど、困難続きの蒲生家でしたが、反対に喜ばしいことも続きました。

忠郷が17歳になったとき、藤堂高虎の娘を正室にむかえ、祝言(しゅうげん)が行われたのです。蒲生家は大きな喜びに包まれたことでしょう

その後の忠郷の足跡をたどります。