女子高潜入編~貴子姫、画策する(二)
「連絡役が必要ね」
放課後の総長室。雪也、小鉄、狭霧の3人を前に、貴子姫はそう宣言した。
3人のうち狭霧は、普段、用がない限り総長室に足を運ぶことはないが、その日は授業が終わると早々に貴子姫から呼び出しを受けていた。
「連絡役と申しますと・・・」
小鉄が問い返すと、貴子姫は当然という表情をして、
「勿論、矢島さんと篠北さんの転校先、S女学園高等学校へのよ」
「姫がそう言われるということは・・・S女学園高校には何かあるのですね」
日ごろのバカ殿ぶりに似合わない鋭さを見せて雪也が言った。
全く矢島さん篠北さんの二人に関わることになると察しが早いわね。普段もこれならずっと楽なのに・・・
内心の想いを表には出さず、貴子姫は雪也の指摘に肯いて言った。
「S女学園高校は、戦前の女学校から続く名門校なのは知っているわね。かつては、華族にゆかりのある生徒も多く通っていたこともあり、伝統と格式を重んじる校風よ。入学者も、実質的には特定の中学の出身者に限られていて、学外者に対するガードもとても固いの。ただ、3年前に今の学校長が就任してから、経営を立て直す意味もあったのでしょうけど、ずいぶんとオープンになってきていたの。今では入学者に対しても、出身校を限定することもなく、広く門戸を開いているわ」
「・・・確かに、此度の一件にしても、矢島、篠北両女史に依頼されるということは、かつての校風から考えれば破格のことと考えられますね。やはり、現学校長の意向によるものでしょうか」
小鉄が思慮深く考え込みながら言った。小鉄の問いに、貴子姫は我が意を得たりというように、
「勿論、そうよ。そして、かつての伝統と格式を重んじる者からみたら、現学校長は、その破壊者と映るでしょうね」
「・・・そういうことか・・・」
雪也もまた、貴子姫が言わんとするところを呑みこんだようだった。腕を組んで顎に片手をやり、しばらく考えこむ様子だったが、やがて顔を上げると言った。
「しかし、確かに今回の両女史への依頼には、思った以上に複雑な背景がありそうですが、連絡役とは・・・姫には、まだ何か仰られていないことがあるのではないですか?」
雪也の言葉に、貴子姫は満足気な微笑みを浮かべた。そう、そこに気が付かなくては、関東一帯を傘下に収めるこの三葉学園の総長とは言えない。
「その通りよ、雪也さん。・・・実は、S女学園高校には、昔から、ある秘密結社の存在が囁かれているの」
「秘密結社?」
他の3人が一斉に声を上げた。皆の注目が自分に集まるのを確かめてから、貴子姫はおもむろに口を開いた。
「存在が公にされることは決してない。メンバーが誰なのかも、その人数も判らない。でも、学園内において隠然とした勢力を誇り、結社の、つまりそのトップに位置する人物の意向を無視することは学園内の誰もできないと言われているわ。但し、多くの一般生徒にとって、秘密結社は、その存在さえ知られていない。新たに加わるメンバーは、現メンバーによって慎重に選ばれ、秘密厳守を誓約させられて初めて結社へ招かれるらしいわ。もし、万一、秘密を漏らす気配を見せた者は、直ちに他のメンバーによる制裁を受け、秘密を明るみにする前に学園を去らされる。そして、そのような裏切りを行った者は過去にほとんどいない。・・・いずれにせよ、代々、卓越した統率力の持ち主によって束ねられた組織に間違いはないわね」
自分の言葉が他の3人に予想どおりの衝撃を与えたことを見て取ったところで、貴子姫は言葉を切った。3人ともしばらく押し黙っていたが、最初に口を開いたのは小鉄だった。
「両女史への連絡役をという貴子姫のご意図は了解いたしました。しかし、人選となると・・・此度のお役目は単なる連絡役ではすまないものに推察いたしますが」
小鉄の懸念は予想の範囲だといわんばかりに貴子姫はすぐさま返事を返した。
「そうね、各雲斎くんの言うとおりよ。今回の役目は、関東番長連合の組織といえども、こなせる人材は数えるほどしかいないわ。・・・ことに、潜入する先が女子高校とあっては」
「どのような敵なのかも解らない・・・これは、よほど探索の能力に秀でたものでなければ務まらないということだな。ということは、やはり、小鉄か・・・」
雪也から名指しされた小鉄は慌てて、
「し、しかし、上様。此度は女子高校。小鉄には無理でございます」
「だが、お前なら、女装もお手の物じゃないか」
「い、いえ、あれは、男子生徒も混じっての話でございます。周り全てが女生徒の学校で正体が明かされぬ自信はございませぬ」
言いあう二人を軽く手を挙げて制してから貴子姫が言った。
「まあまあ。雪也さんも、各雲斎くんも、聞いてちょうだい。確かに今回の任務は、忍びの心得でもある者でなくては務まりそうにないわ。でも、考えてみて。今度の学校は、各雲斎くんの言う通り、周りは女の子だらけよ。既に矢島さん、篠北さんが転入しているとはいえ、女の子で170cmを超える身長だったら、それだけで目立ってしまうわ。・・・そして、我が校には、忍びの心得がある者がもう一人いるのよ」
「・・・というと・・・」
今まで、他の3人の会話に加わることもなく話を聞いていた狭霧は、いきなり自分以外の皆の視線が自分に集まるのに気が付いて、狼狽えたように雪也たちの顔を見回した。
「え、俺?」
貴子姫は、最初から連絡役を誰にするか決めていらしい口調で、狭霧ににっこりと笑いかけながら言った。
「そう。剣望くんなら、身長も全く問題ないわ。特別人目を惹くところもない・・・今回の役目にうってつけね」
有無を言わせぬ貴子姫の様子に、事態ののっぴきならなさを悟った狭霧は、必死に抵抗を試みようとした。
「い、いや、俺にはムリだよ。第一、俺、小鉄と違って女装に慣れてないし・・・」
言いながら、小鉄に目で合図を送り救援を求める。助けを求める狭霧の視線に、小鉄も何とか応えようと、
「そ、そうでございます。狭霧はくノ一ではございませぬ故、女子高へ潜入などできぬかと・・・」
「大丈夫よ」
忍び同士の密かな連携を一蹴すると貴子姫は自信たっぷりに言った。
「私の眼に狂いはないわ。剣望くんなら、きっと可愛らしい女生徒になってよ。・・・実は私の家にS女学園の制服が用意してあるの。家の者を迎えに呼んであるから、今から一緒に帰って試着してね。髪もまかせて。髪形は、そうね、ショートヘアも良いけれど、オーソドックスに三つ編みというのも捨てがたいわね。襟足が綺麗に見えるし、剣望くんの首の細さがきっと引き立ってよ」
「う、上様、貴子姫をお止めしなくてよろしいのですか・・・」
今にも狭霧を引きずって家に連れ帰りそうな勢いの貴子姫を見て、小鉄は隣の雪也に何とかとりなしを頼もうとした。
が、当の雪也は、既にあらぬ方向に視線を漂わせ、うっとりと独り言をつぶやいていた。
「女子高・・・何という甘美な響き・・・清らかな乙女達の集う、禁制の花園・・・」
そこへ貴子姫の屋敷の者が到着した。おろおろと狼狽する小鉄と、一人妄想の世界に浸る雪也をその場に残し、貴子姫は、抵抗する狭霧を半ば強引に松平家のリムジンに乗せさせ、自分の屋敷へと連れ去ったのであった。
((三)へ続きます)