V.歌姫は…
その日、ガウラは1人ウルダハに来ていた。
特になんの用事がある訳ではなかったが、たまには散歩程度に歩いてみるのもいいんじゃないかという考えだった。
そんな時、声をかけられた。
「お嬢さん!良かったらうちの店に寄っていかないかい?」
店の呼び込みと思われる人物。その服装は少し高級そうである。
「高い店なんじゃないのかい?ドレスコードとかありそうだけど?」
「普段はそうなんだが、今日は特別!オーナーの計らいで一般人でも入れるように価格も抑え目にしているんだ!」
「へぇ~、それは何故だい?」
高い店がそんな事をするなんて、珍しいこともあるもんだと、理由を尋ねる。
すると、呼び込みは答えた。
「うちは、ショーを観ながら食事ができるレストランなんだが、今日は、以前うちで大人気だった歌姫が1日だけ復帰するんだ!」
「歌姫……」
詩人をしている彼女は、歌姫と聞いて少し興味を持った。
(ヴァルと一緒に入ってみたいけど、今日は仕事あるって言ってたしなぁ…)
少し迷ったが、店に入る事を決めた。
入店すると、一般人が多く見受けられる。
席に案内され、注文をし、料理が運ばれてきた直後、段幕のかかったステージの前に司会者が現れた。
「本日は当店をご利用いただき誠にありがとうございます。この度は、以前、我が店で大人気だった歌姫の1日復帰を記念し、より多くの方々に彼女の歌を楽しんでいただきたく、特別営業をさせていただきました」
司会者は丁寧に説明を始める。
「歌姫はクガネの文化に大変興味を持っており、それを歌に取り入れた事で異国的でいて、神秘的な歌で多くのファンがおりました。そんな歌姫の歌声を、是非ご堪能ください」
司会者が一礼すると、室内が暗くなる。
そして、段幕が上がり、スポットライトに照らし出された人物にガウラは目を見開いた。
黒髪に青白い肌、白い瞳を宿したミコッテの女性。
クガネの着物と、こちらの国のデザインを融合させたような朱いドレスを身にまとっている。
メッシュとメイクが紅く染まっている以外は、どう見ても自分のパートナーのヴァルであった。
音楽とともに歌い始めた歌声は、普段とは違い、透き通っており、神秘的な曲調に一気に惹き込まれていった。
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「ヴァル様、今日はありがとうございました」
「いや、以前こちらも世話になったからな。だが、今回限りで頼む」
「はい、承知しております」
レストラン閉店後、控え室でオーナーと会話するヴァル。
この店は、一族と協力関係があり、度々仕事の関係で利用させてもらった過去があった。
「それにしても、オーナーも思い切ったな。夜のみの高級レストランを昼間は一般人向けに商売するなんて」
「高級レストランも、一般人に馴染みを持っていただければ、人の品性の向上や、夜に来てみたいと思って仕事に精が出るものも出てくるかと思いましてね」
「なるほどな」
「その第1歩として、やはりショーは人を惹きつけるインパクトがないとと思いまして。それで無理を承知で依頼させていただきました」
メイクやメッシュを元に戻しているヴァルに、オーナーは続ける。
「それに、貴方様の一族の中でも、1番評判が良かったのはヴァル様でしたから、受けて頂いて本当に助かりました」
「今度は客としてくるよ。連れも一緒にな」
支度を終えたヴァルはそう言って立ち上がると、オーナーから出演料を貰って店から出た。
時刻は深夜を迎えており、明かりは街灯だけである。
今から帰る旨をガウラに連絡しようと、トームストーンに視線を落とした時だった。
「よう。おつかれ」
振り向くとそこにはガウラの姿があった。
「ガウラ?!何故ここに?」
「迎えに来たんだよ。昼間、ここでお前を見たからね」
「……なるほど。あれは気のせいじゃなかったのか」
昼に舞台にいる時に、嗅ぎなれたエーテルの匂いを感じたが、スポットライトの眩しさで客席が見えず、確信が持てなかったのだ。
「帰りにザナに会ってな、仕事の終了時間を聞くことが出来たから迎えにね」
「ありがとう。でも、大丈夫だったか?変な奴に絡まれたりとか」
「そうならないように、冒険用の格好してきたんだ」
背中には愛用の絶武器。
冒険者に絡む命知らずは少ないだろうと言う、ガウラなりの防衛策。
それは効果的だったようだ。
「なら良かった」
そう言って二人で帰路に着く。
「それにしても、驚いたよ。お前が歌姫やってたとはね」
「ガウラが第一世界に行っていた時に仕事でな。まぁ、短期間ではあったけどな」
「だから知らなかったのか」
歩きながら会話をする2人。
「お前、歌上手いよな。前に子守唄を歌ってくれた時とは全然違くて、一気に惹き込まれたよ」
「ガウラにそう言われると嬉しいな」
「いつか、一緒に歌ってみたいな」
「喜んで」
そう言って、2人は微笑み合う。
「そういや、レストランの料理美味しかったなぁ。今度は一緒に食べに行かないかい?」
「奇遇だな。実はオーナーに、連れと一緒に客として来るって言ったんだ」
「ふふっ、考えることは一緒か」
「だな」
そこからいつに行こうかと、予定話し合いながら、夜の街を2人は家に向かって歩いていったのだった。