2号、笑う
クローン人間の製造は世界的に禁止されていたが、裏社会では密かに需要があった。クロ-ン人間の作製については、同一の遺伝子を持った人間であっても、同一の人格が育つわけではないが、人間の尊厳に関わるものであり、人格権の侵害につながる。倫理・哲学・宗教・文化・法律等の人文社会的側面からクローン人間の作製は禁止すべきものと判断されていたが、限りなく自分に近い子孫を残したいという人間が少なからず居た。
生まれたクローン「慎二」は、遺伝子は同じでも性格はまるで正反対であった。真面目で神経質な慎一に対し、慎二は陽気で皮肉屋、そして妙に人懐っこい。
二人は奇妙な共同生活を始めるが、やがて「人格権」と「人間の尊厳」をめぐる社会の圧力が二人を追い詰めていく。
目的地は、古びた写真館――表向きは営業していないが、裏では違法なクローン製造を請け負っていると噂される場所だ。
扉を開けると、カビ臭い空気と、奥から漏れる白い光。
慎一は、胸ポケットからUSBを取り出した。
「これで……本当に、俺と同じ人間ができるんだな」
白衣の男は、まるでコンビニ店員のような軽い口調で答えた。
「同じ遺伝子だ。だが、同じ人格になる保証はない。そこが面白いところだ」
慎一は眉をひそめた。
面白い――その言葉は、彼にとって不吉な響きしかなかった。
3か月後。
培養ポッドの中で眠る青年は、鏡の中の自分を見ているようだった。
白衣の男が肩を叩くと、青年は目を開け、にやりと笑った。
「やあ、兄さん。俺、2号って呼ばれてるらしい」
第一声から、慎一は違和感を覚えた。
声は同じなのに、抑揚が軽く、目つきも挑発的だ。
「……慎二だ。お前の名前は今日から佐伯慎二だ」
「いいね。じゃあ兄さんは1号か。よろしくな、1号」
慎二は、慎一の狭いマンションに転がり込んだ。
朝から音楽を大音量で流し、冷蔵庫のプリンを勝手に食べ、近所の人とすぐ仲良くなる。
慎一は神経をすり減らした。
「お前は俺の代わりになるために作られたんだ。もっと落ち着け」
「代わり? 俺は俺だよ。兄さんのコピーじゃない」
慎二は笑いながらも、時折、窓の外をじっと見つめることがあった。
その横顔には、言葉にできない孤独が滲んでいた。
ある日、二人の存在が近所に知られた。
「そっくりさん」では済まされない。
やがて役所から通知が届く。
皮肉なことに、「人格権の保護」という名目で、慎二は自由を奪われようとしていた。
ニュースでは、宗教家や倫理学者がクローン禁止の正当性を熱弁していた。
「人間の尊厳を守るため」――その言葉は、慎一には空虚に響いた。
二人は夜の街を転々とした。
ネットカフェ、カプセルホテル、友人の空き部屋。
電車内では、慎二が隣の席の老人と将棋談義を始め、降りる駅を逃すこともあった。
コンビニでは、慎二が「兄さん、これ買っていい?」とカゴに高級アイスを入れ、慎一がため息をつくのが日課になった。
慎二は明るく振る舞ったが、慎一は知っていた。
彼が笑うほど、胸の奥では不安が膨らんでいることを。
ある夜、二人は安宿のテレビで討論番組を見た。
テーマは「クローン人間の是非」
宗教家は「魂は唯一無二であり、複製は神への冒涜」と語り、
法律家は「人格権保護のため隔離は必要」と主張した。
一方、若い哲学者は「遺伝子が同じでも人格は異なる。ならば彼らは新しい人間だ」と反論した。
慎二は画面を見ながら笑った。
「兄さん、俺って“新しい人間”らしいぞ」
「……そうだな」
慎一は、笑いながらも胸が締め付けられた。
ある夜、慎二は珍しく真剣な顔で言った。
「俺さ、生まれた瞬間から“お前はコピーだ”って言われるんだぜ。でも俺は、兄さんの人生をなぞるために生きてるわけじゃない。俺は俺の人生を歩きたい」
慎一は返す言葉を失った。
自分が望んだのは“代わり”だった。
だが目の前にいるのは、代わりではなく、一人の人間だった。
役所の追跡は近づいていた。
慎一は決断した。
翌朝、職員が来たとき、部屋には慎一しかいなかった。
「もう一人は?」
「いませんよ。俺は一人暮らしです」
職員が去った後、クローゼットの中からくしゃみが聞こえた。
「兄さん、息苦しいんだけど」
「黙れ、2号」
二人は顔を見合わせ、こらえきれずに笑った。
数か月後・・・慎一は車いす生活に入っていた。
実は・・・佐伯慎一は、余命わずかな自分の代わりに「ほぼ自分」を残すため、違法クローン製造業者に依頼したのであった。 まだ20代後半の彼は難病ALS=筋萎縮性側索硬化症だったのだ・・・
慎一は地方の古い一軒家で暮らしていた。
庭先で洗濯物を干す慎二は、近所の子どもたちに囲まれて笑っている。
「兄さん、プリン買ってきたぞ!」
「……また勝手に」
慎一は呆れたふりをしながらも、その笑顔を見て思った。
この“おまけ”こそが、俺の人生の本編だったのかもしれない。