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2号、笑う

2025.11.26 00:01

 クローン人間の製造は世界的に禁止されていたが、裏社会では密かに需要があった。クロ-ン人間の作製については、同一の遺伝子を持った人間であっても、同一の人格が育つわけではないが、人間の尊厳に関わるものであり、人格権の侵害につながる。倫理・哲学・宗教・文化・法律等の人文社会的側面からクローン人間の作製は禁止すべきものと判断されていたが、限りなく自分に近い子孫を残したいという人間が少なからず居た。


 生まれたクローン「慎二」は、遺伝子は同じでも性格はまるで正反対であった。真面目で神経質な慎一に対し、慎二は陽気で皮肉屋、そして妙に人懐っこい。

二人は奇妙な共同生活を始めるが、やがて「人格権」と「人間の尊厳」をめぐる社会の圧力が二人を追い詰めていく。


 目的地は、古びた写真館――表向きは営業していないが、裏では違法なクローン製造を請け負っていると噂される場所だ。

扉を開けると、カビ臭い空気と、奥から漏れる白い光。

慎一は、胸ポケットからUSBを取り出した。

「これで……本当に、俺と同じ人間ができるんだな」

白衣の男は、まるでコンビニ店員のような軽い口調で答えた。

「同じ遺伝子だ。だが、同じ人格になる保証はない。そこが面白いところだ」

慎一は眉をひそめた。

面白い――その言葉は、彼にとって不吉な響きしかなかった。


 3か月後。

培養ポッドの中で眠る青年は、鏡の中の自分を見ているようだった。

白衣の男が肩を叩くと、青年は目を開け、にやりと笑った。

「やあ、兄さん。俺、2号って呼ばれてるらしい」

第一声から、慎一は違和感を覚えた。

声は同じなのに、抑揚が軽く、目つきも挑発的だ。

「……慎二だ。お前の名前は今日から佐伯慎二だ」

「いいね。じゃあ兄さんは1号か。よろしくな、1号」

 慎二は、慎一の狭いマンションに転がり込んだ。


朝から音楽を大音量で流し、冷蔵庫のプリンを勝手に食べ、近所の人とすぐ仲良くなる。

慎一は神経をすり減らした。

「お前は俺の代わりになるために作られたんだ。もっと落ち着け」

「代わり? 俺は俺だよ。兄さんのコピーじゃない」

慎二は笑いながらも、時折、窓の外をじっと見つめることがあった。

その横顔には、言葉にできない孤独が滲んでいた。


 ある日、二人の存在が近所に知られた。

「そっくりさん」では済まされない。

やがて役所から通知が届く。

皮肉なことに、「人格権の保護」という名目で、慎二は自由を奪われようとしていた。

ニュースでは、宗教家や倫理学者がクローン禁止の正当性を熱弁していた。

「人間の尊厳を守るため」――その言葉は、慎一には空虚に響いた。

二人は夜の街を転々とした。

ネットカフェ、カプセルホテル、友人の空き部屋。

電車内では、慎二が隣の席の老人と将棋談義を始め、降りる駅を逃すこともあった。


コンビニでは、慎二が「兄さん、これ買っていい?」とカゴに高級アイスを入れ、慎一がため息をつくのが日課になった。

慎二は明るく振る舞ったが、慎一は知っていた。

彼が笑うほど、胸の奥では不安が膨らんでいることを。


 ある夜、二人は安宿のテレビで討論番組を見た。

テーマは「クローン人間の是非」

宗教家は「魂は唯一無二であり、複製は神への冒涜」と語り、

法律家は「人格権保護のため隔離は必要」と主張した。

一方、若い哲学者は「遺伝子が同じでも人格は異なる。ならば彼らは新しい人間だ」と反論した。

慎二は画面を見ながら笑った。

「兄さん、俺って“新しい人間”らしいぞ」

「……そうだな」

慎一は、笑いながらも胸が締め付けられた。


ある夜、慎二は珍しく真剣な顔で言った。

「俺さ、生まれた瞬間から“お前はコピーだ”って言われるんだぜ。でも俺は、兄さんの人生をなぞるために生きてるわけじゃない。俺は俺の人生を歩きたい」

慎一は返す言葉を失った。

自分が望んだのは“代わり”だった。

だが目の前にいるのは、代わりではなく、一人の人間だった。


 役所の追跡は近づいていた。

慎一は決断した。

翌朝、職員が来たとき、部屋には慎一しかいなかった。

「もう一人は?」

「いませんよ。俺は一人暮らしです」

職員が去った後、クローゼットの中からくしゃみが聞こえた。

「兄さん、息苦しいんだけど」

「黙れ、2号」

二人は顔を見合わせ、こらえきれずに笑った。


 数か月後・・・慎一は車いす生活に入っていた。

 実は・・・佐伯慎一は、余命わずかな自分の代わりに「ほぼ自分」を残すため、違法クローン製造業者に依頼したのであった。 まだ20代後半の彼は難病ALS=筋萎縮性側索硬化症だったのだ・・・


慎一は地方の古い一軒家で暮らしていた。

庭先で洗濯物を干す慎二は、近所の子どもたちに囲まれて笑っている。

「兄さん、プリン買ってきたぞ!」

「……また勝手に」

慎一は呆れたふりをしながらも、その笑顔を見て思った。

この“おまけ”こそが、俺の人生の本編だったのかもしれない。