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一号館一○一教室

ジョヴァンニ・ミラバッシ演奏『不屈の民』

2025.11.29 13:21

あまりにも美しい
革命歌が意味するものは


745時限目◎音楽



堀間ロクなな


 イタリア出身のジャズ・ピアニスト、ジョヴァンニ・ミラバッシが2001年、30歳のときに発表したアルバム『AVANTI!』は、世界の革命歌・反戦歌をピックアップしてソロ・ピアノで弾いたものだ。冒頭の『EL PUEBLO UNIDO JAMAS SERA VENCIDO』のあまりにも美しい演奏を聴いただけでも、そこに込められた確信犯的な意図を推し量ることができるような気がする。



 この曲は南米チリの革命歌で、長ったらしいタイトルはスペイン語で「団結した人民は決して打ち負かされない」を意味し、日本では『不屈の民』の題で知られている。チリ共産党員だったセルジオ・オルテガの作曲と、フォルクローレのグループ「キラパジュン」の作詞により、もともとサルバドール・アジェンデ大統領の人民連合を支持する賛歌だったが、その直後の1973年9月にアウグスト・ピノチェト将軍のクーデターが政権を奪取すると、アメリカ帝国主義と軍事独裁への抵抗を象徴する「ヌエバ・カシオン(新しい歌)」として世界的に有名になった。と同時に、南米のみならず、アジアやヨーロッパの各地の政治闘争の場においてさまざまな言語で愛唱され、日本でも東日本大震災後の脱原発運動に関連してうたわれた。また、アメリカの作曲家フレデリック・ジェフスキーは、そのメロディをもとに大がかりなピアノの変奏曲をつくって人気を博している。



 オリジナルの歌詞はこんな具合だ。



 団結した人民は決して打ち負かされない。

 さあ立ち上がってうたおう、われわれは勝利するのだ。

 団結の旗はすでに前進している。

 私とともに行進すれば、君たちの歌と旗が栄えるのを見るだろう。

 赤い夜明けの光は、来るべき未来を告げているのだ。

 ……



  いかにも大衆の闘争心を掻き立て、血を熱くたぎらせる内容というべきだろう。



 ところが、である。ミラバッシのピアノが奏でるジャズ・ヴァージョンのひたすらな美しさといったら! どう表現したらいいのだろう。玲瓏。まさに力強い打鍵から立ち上がるひとつひとつの音が澄み切って光り輝くようなのだ。果たして、こうした演奏が革命歌にふさわしいのかどうか。そこで、わたしは思い当たる。元来、革命という政治闘争は、新たな未来に向けての大衆のまじり気のない、まっすぐな希望と勇気を原動力としていよう。したがって、フランス革命の『ラ・マルセイエーズ』やロシア革命の『インターナショナル』はもとより、あらゆる革命歌にじっと耳を傾けてみれば、そこには人間精神の玲瓏としたあり方が聴き取れるはずなのだ。



 しかし、とさらにわたしは思い当たる。世界の隅々までインターネットが張り巡らされ、すべてゲームと化したかのような今日の高度情報化社会にあって、革命という政治闘争もまた、大衆の素朴な希望と勇気のもとで遂行されることは不可能となってしまった。21世紀が開幕した年にミラバッシが世に送りだしたアルバムは、かくして革命歌の終焉に捧げられたモニュメントだったのではないか。この『EL PUEBLO UNIDO JAMAS SERA VENCIDO』のあまりにも美しい演奏を聴くたびに、そんな感懐が込み上げてくるのである。