逗子 Y邸
当時、クライアントと初めてお会いしたとき、敷地には長い年月を過ごした古家が佇んでいた。
この建物を活かしてリフォームするか、それとも新しく建て直すか計画はその選択から静かに始まった。
リフォームと新築、それぞれが持つ可能性と限界を丁寧にすり合わせていき、最終的には新築として新しい住まいを形づくることになった。
新築に向けてクライアントからいただいた要望は、とてもシンプルで明快な2つ。
「とにかく広いリビング」
「L字のキッチン」
ただ、そのシンプルさゆえに、空間としてどう豊かに昇華させていくか、時間をかけてじっくりと検討した。
そしてもう一つ、この計画の核となる存在が「椰子の木」だった。
古家とともに約30年、この土地を静かに見守ってきた一本の椰子。
力強く根を張り、堂々とした存在感を放つこの木を、どのように建築に取り込み、どのような関係性を結ばせるか。それが計画の最重要テーマとなった。
まずは椰子を中心に、建物の配置と動線の検討を始めた。
さまざまな可能性を探る中で、最終的には「室内からその姿を眺められること」
そして「建物への出入りの際に椰子の下をくぐる」という体験をつくることを目標に据えた。
“くぐる”という身体的な動作を通じて、見るだけではない、より近しい距離感で椰子の存在を感じられるようにしたかった。
椰子の位置を起点に逆算して空間構成を考えていくと、自然と椰子の葉が広がる高さにある2階をパブリックスペースとする案に辿り着いた。
そこから外へと続くようにデッキを連ね、反対側の壁にはあえて窓をほとんど設けない。
空間に明確なメリハリを与えることで、視線の抜けと集中をつくり、実際以上の広がりを感じられるよう意図している。
そして、デッキのその先に佇むのが、あの椰子の木である。
この土地を見守り続けてきた木が、これからは新しい住まいの象徴となり、静かな守り神のように寄り添ってくれることを願いながら設計を進め形になった住まいです。
竣工 :2020年
用途 :専用住宅
構造 :木造枠組 2階建
設計 :スターホーム株式会社 在籍時担当作品 < 担当 / 松野 >
構造設計 :ー
施工 :スターホーム株式会社
写真 :東涌宏和