AI革命と産業革命
AI革命はしばしばホワイトカラーの大量失業を引き起こすと懸念される。しかし歴史的視点、特に18~19世紀の産業革命の経験に照らすと、技術革新は短期的な職種の変化や再編を引き起こしつつも、長期的には経済規模の拡大と雇用創出を伴ってきた。産業革命が肉体労働の生産性を劇的に向上させたように、AI革命は認知労働の生産性を拡張することで、経済全体を押し上げる潜在力を持つ。言い換えれば、産業革命とAI革命により、ようやく人間の仕事の一部を機械が担うようになるとも考えられる。
この現象は、今年のノーベル経済学賞を受賞したモキイア教授の「産業的啓蒙」とアギヨン教授の「創造的破壊に基づく成長理論」を組合わせることでも説明できる。
・モキイア氏は、産業革命の核心は蒸気機関や工場制そのものではなく、科学知識が制度化・共有化され、社会全体で活用可能な状態になった点にあると指摘する。これにより、人々は単に仕事を奪われたのではなく、新技術を学び、活用し、より付加価値の高い職種へ移動することが可能になった。産業革命で「技術を持つ職人」が、「技術を使える労働者」へ拡張されたのである。AI革命もこれと同様に、ホワイトカラーを排除するのではなく、AIを使いこなす能力を獲得することで労働者を補強し、生産性向上と新職種創出の基盤になると考えられる。
・アギヨン氏の成長モデルでは、技術革新により既存産業が衰退しても、新たな産業・市場・職種が生まれ、経済全体はより高い生産性の均衡へと移動する。産業革命でも、優れた製品や生産方式をもつ企業が台頭する一方、旧来型企業は競争に敗れ退出した。しかし、この「破壊」こそが成長を維持するメカニズムだった。AI革命においても「仕事がなくなる」のではなく、仕事の性質が変化し、より高付加価値な雇用と経済成長が生まれると考えられる。
歴史的に見ても、ラッダイト運動のように技術革新を拒否した企業の発展は遅れた。今回も、AI革命は社会不安や格差の拡大ではなく、モキイア氏が指摘した知識共有の基盤整備と、アギヨン氏の創造的破壊を可能とする柔軟な制度設計を受け入れ両立させることで、新しい知識産業社会における持続的成長のエンジンとなりうる。企業は産業革命後100年かけて労働を効率化し、収益力を格段に上昇させており、グーグルなどホワイトカラー職が大半を占める企業も誕生した。近年はそのようなハイテク企業を中心に積極的なAI活用が進む。効率化による人件費削減は企業収益を押し上げ、株価は上昇した。一方で、新入社員などが担う比較的難易度の低い仕事はAIが代替しつつあり、米テック業界では若年層ホワイトカラーの失業率は上昇中である。短期的には、ホワイトカラー失業による消費減と、企業の人兼費減による業績拡大が、世界経済に対して拮抗する局面が続くと予測される。ただし中長期的に見れば、企業のマネージャーの役割は、多数のAIに対し能力や特性に応じた業務を割り振ることへと変化する可能性が高い。また、AIはマネジメント業務の一部も代替するため、最終的に企業には少数の取締役のみが残る形態になるかもしれない。一方、優秀な個人は、現代のように高賃金で優秀な社員を採用するのではなく、多くのAIエージェントを活用することで容易に起業できるようになる。つまり、イーロン・マスク氏のように多くの企業のCEOを掛け持ちするハードルも低下する。企業効率化による莫大な利益は、多数の経営者と株主が享受することになるが、その過程ではAIやその上司となる経営陣への課税が強化され、失業者への所得補償としてベーシックインカム制度が導入される可能性もあろう。