サンセット、サンライズ
秋から習慣化している、近くの市民ホールで開かれている名画鑑賞会に通うこと。今回もF子ちゃんに付き合ってもらって、『サンセット・サンライズ』を観てきました。
クドカン脚本、菅田将暉主演で、面白そうだ~と期待大でしたが、もちろん裏切られることなく、2時間以上の上映時間をスクリーンに惹きつけられたまま過ごしました。
物語の中心にあるのは、「都会から来た男」と「地方の町」。 そして背景には3.11とコロナ、都会と地方・・・主人公は釣りをきっかけに、その土地で暮らす人々と少しずつ関係を築いていきます。 最初は噛み合わない会話や距離感が、そのままの温度で描かれているのが印象的でした。 無理に分かり合おうとしない、でも離れもしない。 その微妙な関係性が、静かなリアリティを持って積み重なっていきます。
『ごめんね青春!』とか『監獄のお姫様』、『ゆとりですがなにか』・・ 宮藤官九郎脚本のドラマは大好きで、なんというのか、何気ないさりげない日常のエピソードのなかに、惚けたような笑いやぐっとくるような悲しみも滲んだりして・・・クスッと笑っているうちに、登場人物それぞれの孤独や迷いが、ふっと浮かび上がってくるような。 笑いと切なさのバランスが絶妙で、惹きこまれます。『少しだけ居場所を失くしかけたひとたち』を、笑いで包みながらそっと掬い上げてくれる、そんな眼差しを感じます。
この映画で、お気に入りの小ネタとしては、冒頭のシーン、中村雅俊演じるアキオさんが釣り客に向かって言う、『アニエスベー』の件です。笑えました~
タイトルの『サンセット・サンライズ』が象徴するように、 この映画は「終わり」と「始まり」をはっきりと区切る作品ではありません。夕暮れのような曖昧な時間帯を丁寧に描いています。そうね、そんな曖昧に『混じる』とか『逢魔が時』なんてイメージは私の大好物でしたっけ(2012.05.30 04:50 境目) 。
人生は劇的に変わらなくても、少しずつ、確実に景色が変わっていく—— その過程を、観る側に委ねるような語り口が印象的でした。 そしてラスト。 何かがはっきりと解決するわけではないのに、 「この先も、この人たちは生きていくのだ」という確かな手応えだけが残る。 それは希望とも違い、安心とも違う、 けれど確かに前を向いている感触でした。 エンドロールが流れ始めても、気持ちはすぐに現実に戻れない。 登場人物たちのその後を、もう少し見ていたくなる。 サンセットのあとには、必ずサンライズが来る。 そう言い切らず、でも信じさせてくれるところに、この映画の強さがあるように思います。
ホールを出ると、外は夕刻。 私の街にも、静かなサンセットが広がっていました。 映画の中の夕暮れと、現実の風景が重なったその瞬間、 この作品はスクリーンの中だけの物語ではなくなった気がしました。 強い感動が押し寄せるというのではなく、じんわりと余韻が胸に拡がる、『サンセット・サンライズ』は、そんな映画でした。
来月もまた^^
No War Please