vol.173 「幕府の謎」について③
さて、引っ張りに引っ張った「幕末の謎」の種明かしを、ついにする時が来たようだ。かれこれ9ヶ月前に張った伏線を、満を持してようやく回収しようではないか。しかしながら、あまりに引っ張りすぎたせいで自分でも「伏線って何だったっけ?」状態なので、まずは過去記事をおさらいしなくては。
vol.116「幕末の謎」について①
vol.118「幕末の謎」について②
● 本当の黒幕は誰だ?(古畑任三郎口調で)
えー、この事件コナン君には荷が重かったようですー。彼は「アーネスト・サトウ」に目を付けたようですが、サトウは真犯人なんかじゃありません。この事件を解決するためには「日本に戦争を焚き付けて得するのは誰か?」を考える必要があります。
戦争が起きれば「トーマス・グラバー」のような武器商人は儲かるでしょう。ですが、イギリス自体は、それより交易をスタートさせた方が良いのだから、内乱はさっさと終わってほしい立場であると「ハモンド外務次官」が証言しています。フランスもまた然り。どちらも幕府を支援しながら早期の開港を待ち望んでいたんですから。
確かに、アーネスト・サトウには、留学生エージェントを育てるなど怪しい点があるにはあります。けれど、やはり彼はイギリスの手先であることに変わりありません。貿易がしたいイギリスを欺いて日本を大内乱に導くメリットもなければ、理由もない。むしろ日本を刺激すれば自分の命すら狙われかねない立ち位置ですからねー。
そう、日本にいた外国人はいつ攘夷派に切り殺されるか分からない状況だったんです。それなのに「もっと争え」と仕向ける命知らずな人がいるわけない。つまり、、真犯人は日本の中にはいない。安全な外の世界にいながら日本で戦争が起きると得をする人間こそが、本当の黒幕なんです。さて、それは誰なのか。。
このあと解決編です。古畑任三郎でした。(チャチャチャチャ〜♫)
完全犯罪の仕掛け人(古畑解決編)
いやー、私いろいろ調べてたら面白い事実を見つけましてねー。西園寺クンあれ持って来て。はい、ありがと。これですこれー。ちょっとこの記録を見ていただけますか。1863年3月にイギリス資本の外資系銀行「セントラル・バンク」が横浜に日本で初めて設立された、とあります。この年は銀行開店ラッシュだったようで、4月には「マーカンタイル銀行」が、10月には「コマーシャルバンク」が後を追うように横浜支店を開設しています。そして翌年8月には、当時<東洋最強の銀行>と言われたロンドンに本店を持つオリエンタル・バンクこと「東洋銀行」がやって来きています。
これって妙じゃありませんか? 銀行開店ラッシュが始まった1863年と言えば、萩藩が5月に外国船を無差別砲撃し、7月には薩英戦争が勃発した年、ですよ。よりにもよってこーんな政情不安の危険極まりない時に、なぜ外資系銀行は次々と横浜支店を開設したんでしょう。戦争となれば外国人居住地のある横浜が狙われる可能性だって大いにある。タイミングとしては、最悪中の最悪です。
そもそも1863年は、孝明天皇が攘夷の実行を幕府に迫った年。萩藩が外国船に無差別発砲したのは、天皇の勅令を忠実に実行したからであり、勅令は幕府を通じて数カ月前から諸藩に回っていました。外資系商社や外国公使たちが、その情報を摑んでいない、わけがない。この年の3月4月に続けて出店したセントラルバンクとマーカンタイル銀行が、日本はまさに戦争前夜だと知らずにやって来たなんてことは、、考えられませーん。
しかも、しかもですよ、10月のコマーシャルバンクと翌年8月の東洋銀行に至っては、完全に戦争になってからやって来てます。特に東洋銀行は、四カ国連合艦隊が萩藩を砲撃した(8月)後に来た。いくら局地的かつ短期間で終わった戦争であっても、いつ再び、内戦が起きるか分からない国に支店を作るなんて、普通に考えれば狂気の沙汰です。ところが、、現実は、この時を狙っていたかのように、次々と外資系銀行はできている。これは一体どういうことか?
えー、実はここにこそ、幕末・明治の究極の答えが隠されていますー。つまり、彼らはこの時を狙ってやって来た確信犯だったんです。戦争勃発を彼らは安政年間の通商条約が結ばれた時から待ち望み、ついにその時を摑んで、横浜に上陸したんです。最悪のタイミングだなんて、とんでもない。外資系銀行にとっては、これ以上ないベストなタイミングだったんです。
では、なぜ銀行たちは戦争を狙ってやって来たのだと思いますか? 武器が売れるから? 確かに武器商売がらみの取引でも銀行は儲かりますが、彼らの狙いの本質は別にあります。彼らにとって一番大切なこととは、、必要なタイミングで必要な場所に外資系銀行があること。これがどういうことなのかが分かれば、明治維新の真の姿が見えてきますー。
彼らは、戦争が起きた国に外資系の銀行があれば、それで良いのです。なぜか? 答えは戦争が起きた瞬間、当事国の通貨が暴落するからですー。それは現在でも同じで、例えば、中国と日本が戦争になった瞬間、円と元は国際決済で信用されなくなります。中東で戦争が勃発すれば、現地通貨はもちろん米ドルにも影響が出てくる。それが国際社会における通貨というものです。その通貨の仕組みは1863年でも同じであり、日本でまさにそれが起きたのです。
この年の出来事で一番重要なことは、萩藩が外国船に向けて無差別テロを行ったことでも、薩摩とイギリスが戦争したことでもありません。これらの戦争行為によって、日本の通貨「両」及びイギリスの「ポンド」が事実上消えたこと。国際決済で使えなくなってしまったことこそが、特筆すべき出来事なんです。
当時国の通貨が使えなくなると、外資系銀行が貸し出す国際流通通貨を使用する以外に道はありません。当時で言えばメキシコドル。基本的にこれを使わなければ銃1丁も弾1発も買えない状況が訪れます。ところで皆様の中には、なぜ当時どの国もドルを使っていたのか、不思議に思っていた方もいらっしゃるのではないでしょうか。
えー、このブログでは、ややこしくなるので詳細は割愛されてますが、あの「生麦事件」の賠償金も「下関戦争」の賠償金も、実はすべてメキシコドルで支払われています。フランスにしてもイギリスにしても自国の通貨はフランであり、ポンドです。なんで、わざわざメキシコドルなのか?
理由は、この時期、欧米各国はずっと戦争を繰り返していたからなんです。クリミア戦争、普仏戦争、アメリカ独立戦争、フランス革命、南北戦争などなど、戦火が絶えることはほとんどありませんでした。よって、自国の通貨は国際決済には使用できない。そのため、メキシコドルが採用されたのです。
1863年の戦争勃発以来、幕府も反幕府勢力も武器を買うには必ず洋銀を用いるか、金銀を使用しなければなりませんが、しかし金銀の算出も無限ではありません。そこで俄然、存在感が高まるのが<外資系銀行による融資>です。幕府も反幕府勢力も借金をする場合は、国際流通通貨(メキシコドル)を使わなければならなくなり、戦争をするには、どうしても借金をするしかなかったのですから。
1860年代は、ロスチャイルド家を筆頭とする国際金融資本家たちがイギリス、フランス、そしてアメリカも含む各国で、通貨発行権を握り締めている時代でした。彼らは、通貨発行者であるため、融資を依頼されたら手形を振り出すだけ。しかし、その手形の威力は絶大で、どこの銀行でもどこの商社でも喜んで受け取る、現金以上に信用度の高いものでした。
その一方、通貨発行権者たちは、国際決済通貨を使うすべての人々から金利を取ることができます。まさに濡れ手で粟の商売が「通貨発行権を握る」ということなんです。だからこそ、彼らは国際流通通貨の使用国を広げていきたい。そのために最も効率の良いのが、戦争が起きることなんです。
はい、もうお分かりですね。これが、あのタイミングで外資系銀行が日本に上陸した本当の目的だったんです。日本で戦争が起きると最も得をするのは「国際金融家たち」であり、その意思は、早く現場で交易を無事に開始したいイギリス政府にもフランス政府にも属さない立場にある。そう、、彼らこそが真の黒幕だったんです。
事実、「長州ファイブ」も「薩摩スチューデント」も「幕府使節団」でさえも、みなイングランド銀行を見学し、銀行の価値を学んでいます。そして「五代友厚」も「渋沢栄一」も、日本での銀行設立に奮闘したのは有名ですね。「伊藤博文」に至っては、明治新政府の中でただひとり「金本位制」を採用するよう主張しました。当時、世界は「銀本位制」であり、「金本位制」なのはイギリスくらいだったのに、です。
そして結局、日本は金本位制を採用します。金本位制は、国債金融家が推進する制度で、通貨発行権をより評価できる仕組みです。んっふっふっふ、どうです。見事にすべて国際金融家が得するように物事が運んでいるじゃありませんか?
その後150年、日本はずっと戦争続きです。新政府が出来たばかりだと言うのに「征韓論」が高まって、その結果「西南戦争」と「日清戦争」に繋がりました。内政もまだしっかり固まっていない、この時期に、あえて半島を視野に入れる必要などなかったはずです。まだまだ内戦が続く日本で、新たな戦争の火種を国外に求めるなど、正気の沙汰とは思えません。
しかし、現実はその正気の沙汰とは思えない方に進んでゆくのです。一体なぜそんなことになってしまったのか? 実はその答えのヒントも幕末にありました。しかも、鍵はアーネスト・サトウが握っていたのです。
1866年、英国公使「ハリー・パークス」が薩摩を訪問したこの年、英国公使付き通訳官アーネスト・サトウは朝鮮語の勉強を始めています。それを見た勝海舟が理由を聞くと「フランスがいま朝鮮を狙っていて、彼らに対抗するために朝鮮語を学んでいる。たぶん私の次の赴任地は朝鮮になるだろう」と語ったと言います。
ちなみに、サトウの立ち位置ですが、私は限りなく国際金融家寄りだと想像してます。彼は常に薩長側、内戦勃発側に与して動いていたからです。そのサトウが維新が起きる2年も前から朝鮮に興味を持っていたことが、どうしてもひっかかります。
しかもー、この征韓論に反対する「大久保利通」をはじめとする総勢107人もが、なぜか急に「岩倉使節団」として約2年も欧米視察で日本を留守にしてしまうのです。新政府にとって立ち上げの重要な時期にトップ中のトップメンバーが居なくなるなんて考えられない事態です。
使節の目的としても別段なにがあったわけでもなく(条約改正の交渉という一応の大義名分はありましたが即却下されて)成果もなかった。では、一体なんのために外遊したのか、まことに不可解な動きでしたが、実はひとつだけ確かな成果が挙がってました。それはー、、この間に日本を征韓論に傾けたことですー。
そもそも107名を約2年も外遊させる金は、新政府にはありません。ということは、誰かが何らかのメリットを期待できると踏んで、大金を貸したということです。征韓論反対派が日本を留守にすれば、残された賛成派に染められるのは必然。貸した側は、征韓論が後の日清戦争や日露戦争への布石となれば、さらなる利益を享受できる、そうゆう算段です。
えー、実に見事な完全犯罪です。さすがの私もこれでは真犯人を逮捕することは不可能ですー。彼らは世界で戦争を煽ってはボロ儲けしていますが、直接手を汚してはいません。戦争で人が大量に死んでいるにも関わらず、彼らは安全圏で常に君臨し続けている。それが、この世界の仕組みなんです。
逆に、戦争に反対した人物は、ことごとく暗殺されてしまう。日本の「犬養毅」も、ガンジーも、キング牧師も、ジョンレノンも、反戦争を訴えるものは、みな消されてしまうんです。こんなことをつぶやいていたら、私の身も危なくなるかもしれませんので、これ以上は、、
ん? どうしたの今泉クン?
いま締めてんだから勝手に入って来ちゃダメでしょー、なにやってん、、
「古畑ー! 覚悟ーー!」 バキューンッ!!!
おしまいw