Indo Monolog 11 - SEA Games
SEA gamesが終わった。
アンダーの頃にカンボジアのバスケットボールについて卒論を書いていた時、
東南アジアにはSEA Gamesなるものがあると知った。
後に知るコモンウェルスゲームスの東南アジアverとでも呼ぶだろうか。
東アジア大会とは全然違ってやはり雰囲気が違う。
SEAの雰囲気はどちらかというとオリンピックに近いような雰囲気がある。
国と国がお祭りのように戦う祭りである。
ワールドカップにお祭りの要素はあまりないかもしれないが、
SEA gamesやオリンピックには国の威信をかけながらも
どこか隣国の同窓会のような「異国間交流」の趣が感じられた。
2年に1回しかないからこそなのかもしれない。
日本に住んでいると隣国が近くにないので、
地域で行う大規模の大会というのは大陸国ならではかもしれない。
(とはいえ東南アジアも島国がたくさんあるのだが。。。)
バスケットボールインドネシア代表は男女ともに3位。
見ていて十分楽しい試合だったので、
東南アジアと日本の差は昔ほどなくなってきているように感じた。
日本のプロリーグでもアジア枠ができたので、
今後は東南アジアからきっとたくさんの選手が日本にやってくる日も近いだろう。
SEA gamesの他に今回いくつか充実した日を過ごすことができた。
とあるバスケットボールの製造プロセスを見学できることができた。
「バスケットボール研究者なのにボールがどうやって作られているか知らないの?
見てきた方がいいよ絶対!!」
もっともなアドバイスをいただいて見学に行った。
圧巻の製造プロセスで、バスケットボールは芸術品以外の何者でもないと知った。
世界にバスケットボールを供給することはどれだけ大変なことか、
自分の普段使っているこのボールがどのような多くの人たちの手によって作られているか。
いつも値上がりばかり文句を言われているが、そのバックステージを知ると本当に緻密なオペレーションやマネジメントのもとあの価格で成立してるのだと、ただただ圧倒されるばかりだった。
消費者は供給する側の気持ちを知らない。
供給する側のバックステージを少しでも垣間見ることができれば、
他人はもっと今ある環境をリスペクトできるのかもしれない。
少なくとも子供のころからずっと使ってきたボールのバックステージを見ることができたことは、
私のバスケットボール研究にとってまた大きなブレイクスルーとなったような気がする。
最後にSEA Gamesに来たおかげで会うことができた人たちがいた。
モンゴルにいた時に国際大会のマネジメントを一緒に行った友達たち、
国際協力の今もフロントランナーを走っている同期、
イギリスの留学中に修論を手伝ってくれたNGOで働いてる友達、
私の博論をできるのを楽しみにしてくれている教育開発組織で働いている友達、
普段は会えないが一緒にインドネシアのバスケットボールを応援している仲間。
国際大会は「Interchange」する場として機能する。
普段会えなくても、大会があれば私たちは必ずその場で会えるのである。
このオンライン時代にオフラインでわざわざ会う必要があるのかという人もいるかもしれないが、
そこで顔を合わせてこそ初めて「あの時あそこで会ったよな?」と次回のreunionするときの記憶の道標になる。
最初はSEA gamesに来るか迷ったのだけども、本当に来てよかった。
特に今も国際協力の現場でずっと走っている仲間と会うことができて刺激をもらえた。
最近ずっと研究をサボりがちだったので、また任地で改めてしっかり研究にコミットしたいと思う。
明日で任地に来て2ヶ月を迎える。
もっともっと動かないといけない。
遊んでる暇など1秒もない。
もっともっと頑張ります。